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今回、怪獣は日本に出現した。
しかし居合わせた怪異対策部隊と鈴木他称戦士隊、そしてコロムラの活躍によって被害は最小限に抑えられた。
だれも死ななかった、という都合のいい話は無い。
だがそれでも、多くの人々が救助されたことは事実だった。
物的にも被害は収まっており、奇跡的な状況だったと言えるだろう。
そのこともあって、世界は大いに議論を紛糾させることになる。
※
「あえて……あえて、です。今回振るわれた二つの力、人間に従う怪獣の力について……今後は使用を許可されるべきではない、という意見を出させていただきます。あの二人が扱う怪獣の力は、どちらも人類を滅ぼせます。環境操作は言うまでもなく、強制的な情報の配信も持続し続ければ日常生活もままならなくなります。トラウマとなる情報を出すことも可能でしょう。そのように危険な力を一個人が持つなどありえない。それこそ怪獣自身も言っていましたが、危険極まりない! 彼らが日常生活で嫌なことがあって、破滅願望に走ればそれだけで人類の危機になってしまうのですよ? ダメでしょう!」
「おっしゃりたいことはわかります。しかし同時に、毎年現れる怪獣が人類の危機であり続けていることも事実。そう……怪獣と戦うのであれば、怪獣の力は必要です。被害者、犠牲者が大いに減るのならば、その危険は釣り合うのでは? そもそも危険性について言及すれば、全てのヒロイン、スーパーヒロインもまた危険ということになります。それ以上の力を持つからと言って、封印というのはいかがなものか。怪獣を倒すために全人類の力を結集させるべきというのは、これまでの百年で続いてきた、人類史の奇跡。それは維持されるべきかと」
「ぬるい! よいですか? 現在人類は、怪獣以外にも大きな問題を抱えています! 地球全体の問題、環境問題です! あの怪獣の力を使えば、地球全体の抱える問題を直接的に解決できるのですよ? それも、何度も何度も修正が可能です! もちろん大きく環境を変えれば問題も生じるでしょうが、AI技術や観測衛星を使用し、少しずつ調整していけば……十年以内にすべての環境問題が解決できます!」
「ごほん! 紛糾しているところ、申し訳ないが……力の影響範囲が地球全体に及ぶ以上、議論が長引くのは仕方ない。迂闊に環境を調整した結果、海水面が一気に上昇して国家ごと水没というケースもありえるのだからな。よって、議論をここで終えるべきではない。むしろ始めるべきでもない。怪獣の出現は早くても一年後、猶予はある。だからこそあえて申し上げるが……神産みの力で、各国にスーパーヒロイン級の戦力を供給するというのはどうかな? 悪い話ではないと思うのだが」
※
ネット上でも国際会議上でも、そのような話が紛糾していた。
無理もない話である。
ーーーフィクションにおいて、地球環境を直接管理できる機構、というお宝の争奪戦は良くある話だ。
この力を使って人類を粛清しようとか、この力で環境問題を解決しようとか、この力は今の人類には早すぎるので封印するとか。
その手の話は結構ある。
今回の場合、それはすでに個人が所有していて、しかも公的機関に所属している。
にもかかわらず話し合いで解決しようという状況なのだから、全人類が理性的と言えるだろう。
仮に裏でとんでもない利権争いが起きていたり、暗殺合戦が発生していたとしても、大戦争が起きるよりはマシである。
とまあこのように、李広をどう扱うかは、『スポンサー』をしてどうにもならない状況に達してしまっていた。
もちろん各国の怪異対策部隊も口出しできなくなっていた。
そのような人間社会の動きとは無関係に……。
今回の怪獣退治の結果が、どのようなものだったのかが検証されることになる。
※
日本、怪異対策部隊本部、人工島。
最奥にある総司令官室にて。
森々天子と現役スーパーヒロイン四人は、今回の怪獣退治の結果発表を周知することになった。
これはすでにわかっていたことを、データ上で明確にしたものである。
「ごほん……皆さんもご承知の通り、あの戦いからもう一か月が経過しました」
幻想的状態異常の合併症により、うごめく化け物と化している彼女なのだが、今は比較的上機嫌な顔をしていた。
それに対して、鹿島と近藤は恨みがましい顔で見ている。
「言うまでもありませんが……怪獣退治を終えた後、怪物の出現が激減しました。とはいえ根絶されたわけではありません。実際、つい先日に怪物が出現し、ヒロインが出動しましたからね。まだサンプル数が少ないので断言はできませんが……このまま徐々に怪物の出現数が戻っていくでしょう。それでも意味のある情報です」
怪獣を退治した後に、怪物の出現数が減っていた。
これは今まではなかった現象である。
すべての根源であるとされる怪獣が、普段以上に痛めつけられ倒された。
怪獣が普段以上に弱った結果、怪物の出現も減っている……という推論がある。
これが本当なら、怪物の出現数が減ったというだけではない。
怪獣の出現が一年後ではなく、もっと先になる可能性がある。
怪獣の出現する間隔があけば、その分被害も減る。
人類にとって吉報と言わざるを得ない。
「怪異対策部隊への予算が減る可能性もありますが、完全になくならない以上、最低限は保障されます。出動回数が減るので、結果として黒字になるかも知れませんしね」
「それはそれとして総司令官! 本題を置いて確認したいのですが! なぜ新しい神であるアメノイワト君を抱きしめておいでなのですか!?」
「そーですよ! ずるいですよ!」
アメノイワト。
怪異対策部隊との雇用契約によって産まれた神。
能力は鎧への変身。
装着した人間にスーパーヒロイン級の白兵戦能力を授けることができる。
鎧であるため、防御力は非常に高い。
李広の認識において、怪異対策部隊に所属したことによる強いイメージが『アーマー』だったからだと思われる。
なお、顔は総司令官によく似ている。(重要)
性格としては、スーパーヒーロー時代の李広に酷似している。
流されやすく穏やかで、なかなか強く嫌と言えない性格であった。
現在のアメノイワトは、総司令官に抱きしめられている。
精神年齢的にはかなり成熟しているため、彼女を母と呼びつつも恥ずかしく思っているようすだ。
「あの、お母様。他のヒロインの方も見ていらっしゃいますから、放していただきたいのですが」
「そうしてあげたいけどね~~。放したら、鹿島さんと近藤さんにしがみつかれちゃうわよ?」
「……そうですね。それではこのままで」
ぐぬぬ、と悔しがる二人。
狙っていた男が自分たちの上司との間に子供を作れば嫌な気分になって当然だ。
総司令官も子供を切望していたわけではないが、自分によく似た顔で、信頼している部下が作った子供が慕ってくれば悪い気はしなかった。
あまり表に出せない神ということもあって、一緒に過ごし、かわいがっている。
「それはそれとして。李の奴はどうしたんだ? 俺のライブ動画に出演して、俺の活躍ぶりを全世界に配信する予定になってんだけど」
「私もです。弟に私が頑張ったことを伝える約束が……」
「残った鈴木他称戦士隊のメンバーがいたから、彼らのもつ根幹神器とやらで連絡がついたのよ。ただ……」
伝説の樹ユグドラシルの代理人である鈴木他称戦士隊は、情報伝達を得意とする関係上、やろうと思えば根幹神器をテレビ電話のように使うこともできる。
それによって、向こう側に行った鈴木無花果を介して、李広と連絡が取れるようになっているのだが……。
「この国の政治家(怪異対策部隊を引退した先輩スーパーヒロイン)がね……いつでも戻ってこれるのなら、今は戻ってきてこないでって。話がある程度まとまるまで、そっちにいってって……」
本人は帰りたがっているようだが、世界はそれをやんわりと拒絶していた。
それが人類のためになると信じて……!
※
李広の実家にて。
あまりにも大きな事件が発生していたため、共働きである両親は一時的に在宅ワークに切り替えていた。(正しく言うと自宅待機である)
二人とも外に出ることはほとんどないが、それでも穏やかに日常を過ごしていた。
理由は単純。自分たちの息子が、とりあえず安全な状態になったからである。
鈴木他称戦士隊の一人が家の中に入り、テレビ電話代わりに根幹神器を置いて、両親と広を異世界間通話をさせていたのだ。
『こっちの大神官様たちは、アメノミハシラの力を知っているから、俺に出歩くなって言うんだ。っていうことで、今日もこっちはえらく暇だよ。仕事もないし……正直うんざりする。こうやって父さんや母さんと話すことぐらいしか、時間がつぶれなくてさあ』
画面の向こうには自分たちの弟か、という年齢の李広がいる。
退屈に飽き飽きしている、贅沢な悩みを切実に訴える男。
最初は正直面喰っていたが、今では慣れていた。
それに彼が退屈をしているというのは、両親にとって吉報である。
『須原や十石の奴は、仕事の報告だって言って、あちこちに行ってるんだぜ? 俺だけ連続殺人鬼と一緒にすし詰めだよ? 地球人類の意見、早くまとまってくんないかねえ……』
「そう簡単にはまとまらないさ。会議とはそういうものだろう」
「もうこの際、そっちに骨を埋めたらどう? 私たちとしては、こうやって連絡が取れるだけでもいいのだけど」
『俺は嫌だよ! あいつとの約束もあるし、ただぼけっと過ごしているだけなんて!』
こうやって連絡が取れるのならそれで充分。
そもそもこの息子が充実している時なんて、ろくなもんじゃないし。
『っていうか……そっちは大丈夫? 俺は相棒と四天王とかがいるから安全だけどさあ、父さんと母さんが拉致されたりしたら、周囲が何を言ったって帰るからね? イヤだけど鈴木共に協力させるからさ』
「大丈夫よ。ねえ?」
母親がくるっと後ろを向くと、そこには李広の私服を着ている神がいた。
アメノミハシラとの調伏契約によって産まれたヤタノカガミである。
皿を洗っていた彼は、母親の呼び声に応えていた。
「ん、父さんか。おばあちゃんとおじいちゃんは俺たちが守っているから、心配しなくていいんだぜ」
相棒と一緒に冒険していた時代の李広と同じ性格の彼は、とても緩く、父性や兄性を高く保った笑顔で答えている。
ある意味ではもっとも人間的に魅力が高かった時代であるために、両親も彼には心を許していた。
「そ~そ~! なにせオレもいる! オレの強さは、父さんもよく知ってるだろ? もう何があっても大丈夫だ!」
同じく、スキルツリーとの信徒契約に基づき産まれたヤサカニノマガタマ。
ソロヒーラー時代の李広を模した人格を持っており、傲慢不遜な態度を示しつつ、ごろっと横になりながら携帯ゲームで遊んでいた。
とてもではないが、頼りになる、という風には見えない。
一方で両親からすれば、やはり自分の息子そっくりの性格である。
ちょっと手がかかるくらいの息子が帰ってきた感があって、ちょっと気に入っていた。
「だから安心してそっちで骨を埋めてね」
「ああ、もう帰ってこなくていいぞ」
『孫がいればいいのかよ! そういうのは求めてないって言ってたくせに! ぐぬぬ……』
少し前まで必死で自分へ訴えていた親と同じ人物とは思えない。
ちょっと寂しくなる広であったが、それでもやはり心のどこかで安堵してもいた。
それはやはり顔に出ている。
もうこのままでいいのではないか。
いつでも帰れるという状態で、何時でも連絡が取れるのなら。
それは決して悲しいことではない。
そう、思っていた時である。
がしゃん、という音がした。
ガラスの窓ではなく、壁がぶち抜かれて何者かが入ってきた。
李広の両親を狙う何者かが現れたのか!?
と緊張したのだが……。
そこにいたのは、アメノムラクモであった。
「うわあああああん! お母さんが虐める~~!」
音成りんぽのところにいたはずの剣神であるアメノムラクモ。
この性格は、幼少期の李広と一緒である。
音成りんぽと一緒に遊んでいた頃の彼は、りんぽがずるをしているといつも泣いていた。
そのときの人格そのままであるため、精神年齢はとても低い。
「あのね、おばあちゃん、おじいちゃん! お母さんがね、今度ね、試験を受けるんだって。でもね、僕を使ってくれないの! サーベルで戦うって言うの! 死んじゃうかもしれないのに、僕の力には頼らないって!」
『なんだと!? あいつが死ぬかもしれない!?』
「そうなの~~! お母さん、意地になっちゃって~~! 僕にどっか行けって言うの~~~!」
『ぐぬぬぬ』
(親子だ……)
李広とアメノムラクモは、こと音成りんぽ……殺村紫電に対して反応が同じである。
死んでしまうのは仕方ないができるなら助けたい。
近くにいても何ができるとは限らないが、困っているのならそばにいたいのだ。
『よし、わかった! もうこの際戻る! ちょうどお前が来たことで建物が壊れてるからな! そのことを口実にして戻る!』
「来てくれるの、お父さん!」
『ああ! 何ができるのかわからないが、とにかく戻る! 戻り次第、アイツがどこにいるのか教えてくれ!』
「うん!」
あれ、これヤバいんじゃないの?
と、両親がすっかり青ざめたとき……。
画面の向こうから女の子の声が聞こえてきた。
『帰るって本当ですか!? ヒロシさん!』
『相棒!? いや、その……うん、帰る!』
『帰らないでくださいって約束しましたよね!?』
『そんな約束はしてないだろ! それに……お前は大丈夫だけど、アイツは大丈夫じゃないんだ!』
『私だって……私だって、平気じゃありませんでした! 四天王の皆さんや大神官さんが助けてくれなかったら、私……』
『お前にはそういう頼りになる仲間がいるけど、アイツにはいないの! だから俺だけでもそばに……』
『相手はテロリストなんですよね!? 行かない方がいいですよ!』
『……そうなんだけどさあ、窮地って聞いたら駆けつけたくなるっていうか』
『私のところに駆けつけてくださいよ! あの時みたいに、そう、あの時みたいに!』
『候補が多くて絞り切れないな……』
『そう、何時だって駆けつけてくれたじゃないですか! 私のところに……私だけのところに! それなのに帰っちゃうし! ひどいですよ……ひどいですよ~~!』
どかん、ばこんと音がする。
画面の向こうでは痴話喧嘩が勃発していると思われる。
『よし、じゃあこうしよう! 俺は向こうに戻る! でも時々連絡する! そういう方向で行こう!』
『絶対ダメです~~! 私たちはずっと一緒なんです~~!』
『ワガママな奴だな~~! 相変わらず!』
『そう、私はワガママなんです! なのでこの勢いで押し倒しちゃうんです!』
「あ~~……鈴木君、通信切って」
このままだとテレビ電話が大人のビデオになりそうなので、通信を切ることにした両親。
やっぱり彼は、あのままあっちにいた方がいい。
再確認しつつ、穏やかな顔で……壊れた壁を直す手配を始めるのだった。
※
ちなみに殺村紫電は、自力で試験を突破したらしい。
それを聞いた李広が頑張った、感動したと連絡を入れるのだが……。
うざいとかキモイと言われてしまうのだった。
本作はここで終わらせていただきます。
お付き合いくださり、ありがとうございました。




