第二十二話 復讐のラバーマッチ
男子ウェルター級の準決勝の第一試合。
神凪拳人と御子柴圭司の三度目の戦い―ラバーマッチが行われようとしていた。
レフェリーが両者をリング中央に呼んで、試合前の注意をする。
御子柴が軽く睨んできたが、拳人は涼しい顔でスルーした。
両者がグローブを合わせて、自分のコーナーに戻ると、試合開始のゴングが鳴った。
試合開始早々、御子柴が凄い勢いでコーナーから飛び出した。
そして閃光のようにワンツーを放ったが、拳人はそれを丁寧にブロックする。
そこから御子柴が左フックを打った。 拳人は右腕で左フックを防いだ。
だが御子柴は間髪入れず、左フックを拳人のボディ、右即頭部に叩き込んだ。
電光石火の左のトリプルパンチに観客もどっと湧いた。
「左のトリプル! なんて速さなの!?」と、観客席の美鶴も目を瞬かせる。
今の一撃で軽くふらつく拳人、そして更に御子柴がパンチの連打を浴びせた。
拳人は速い左ジャブを放った。 御子柴は軽々と左ジャブを外し、身体を内側に回して左ストレートを拳人の顎の先端に叩き込んだ。 拳人は身体をぐらつかせながらも、左フックで御子柴の右即頭部を強打。 だが御子柴は、すぐさま左右のフックを凄まじい勢いで振り回した。
激しい攻防戦が繰り広げられ観客席がざわめき、拳人はじわりじわりとニュートラルコーナーに追い詰められる。 そこから御子柴は左ボディアッパー、ボディフック、左フックの三連打を打ち込んだ。 拳人はそれを右脇腹、右即頭部にもろに喰らって、一瞬棒立ちになった。
そこでレフェリーは「ストップ!」と声を掛けて、スタンティングダウンを取った。
拳人は余力を振り絞り、ファイティングポーズを取って双眸を細めて、レフェリーを見た。 するとレフェリーが「ボックス!」と言って、試合が再開される。
そこで第一ラウンド終了のゴングが鳴った。
コーナーに戻る拳人の足取りは重かった。
対する御子柴は自信満々の表情で椅子に腰掛ける。
「これは勝負にならんな」と、遠巻きに試合を観ていた松島がぼそりと呟いた。
「ええ、完全に押し込まれてますね。 相手は前に二度対戦した大阪の選手ですよね?
見る限りかなり成長したようですね。 さっきの左のトリプルは本当に凄かった」
松島は南条の言葉に「ああ」と頷き、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「奴には西の名伯楽がついてるからな。 これはもう勝負がついたな」
「西の名伯楽?」と、聞き返す南条。
「……とにかく今の拳人じゃ御子柴に勝てないだろう」
「まあそう決めつけるのは、早いですよ。 とりあえず試合を観ましょうよ」
「……ああ」と、低い声で頷く松島。
拳人は椅子に腰掛けたまま、呼吸を乱していた。
柴木監督が何か指示を出してるが、拳人は曖昧に頷いていた。
「セコンドアウト」というアナウンスと共に柴木監督がリングから降りる。
そしてゴングが鳴って、第二ラウンドが開始。 拳人はゆっくりとコーナーから出るが、
対する御子柴は余裕たっぷりの表情で、素早くリング中央へと進んだ。
リング中央で睨み合う両者。 そして先に手を出したのは拳人であった。
速くて鋭い左ジャブが御子柴を襲う。 しかし御子柴は慌てることなくパーリングやウィービングで左ジャブを回避。 逆に右ボディアッパーで拳人のボディを強打する御子柴。 拳人は身体を曲げて、軽く身震いするが、御子柴は容赦をかけず、ガード越しにパンチを連打する。
パンチが命中する度に拳人の身体が右に左に揺れた。
「神凪~! 足を使って距離を取りなさい!」
「か、神凪くん! 一度離れて落ち着こう」
帝陣東の応援席で美鶴と千里がそう叫ぶが、リング上の拳人にはその声を聞く余裕はなかった。 だが拳人も意地を見せる。 御子柴の左ジャブに合わせて、右のクロスカウンターを打った。 拳人の右拳が御子柴の顔面を捉えた。
しかし御子柴は間髪入れず、左ボディフックで拳人のリバーを叩いた。
それと同時に拳人の腰ががくんと落ちて、キャンバスに尻もちをついた。
レフェリーがダウンを取ると、大皇寺学園高校の応援団が歓声を上げた。
レフェリーがカウント8を数える間に、ファイティングポーズを取る拳人。
そしてレフェリーはボックスと言って試合を再開させた。
「駄目だな、勇。俺はもう帰る。こんな試合観るだけ時間の無駄だ」
と、リングに背を向ける松島。
「確かにもう拳人に勝ち目はないですね。 でもまさかここまで力の差が出るとは……」
「漠然と練習する奴と目的を明確に持って練習する奴の差だ。 とにかく今の拳人は小手先の技術で、相手をかわしてるだけだ。 だが本物相手ならこんなにも脆く崩れる。 要するにアイツはメンタルが弱いんだ!」
「かもしれませんね。 俺も奴にはがっかりしました。 松島さん、俺も帰ります」
「ああ、帰って明日の練習に備えよう。 こんな試合を観ているより、よっぽど有意義だ」
そう言って二人は会場から出て行った。
だがリング上の拳人は気力を振り絞り、ウィービングしながら左ジャブを前方に出した。
その左ジャブをブロックされると距離を詰め、ありったけの力を込めて、右ストレートを放った。 御子柴のガードをこじあけて、威力ある拳人の得意パンチである右ストレートが御子柴の頬を捉えた。 御子柴は思わず顔を歪めて後方に下がった。
御子柴はパンチの打ち終わりを狙って、鋭く速い右ストレートを放った。
――ここだ、これに左のクロスを合わせてカウンターを取る!
拳人は余力を振り絞って左フックをクロスさせた。
それがカウンターとなり、御子柴の頬を取られようとしたが、その瞬間、御子柴の右肩が上がり、肩でその左クロスを受け止めた。 そこから左フックを放ち拳人の顎を捉える。
拳人の身体がぐらぐらと揺れ動いた。
そこから御子柴の五月雨のような左右のフックの連打が繰り出された。
意識が朦朧とする中、拳人は両腕のガードを固めてその連打を正面から受ける。
御子柴は一呼吸を置くかのように、後方にバックステップする。 距離をおいて呼吸と冷静さを取り戻そうとしてた。 身体をふらつかせながらも、コーナーから脱出するべく拳人が前へ進んだ。 拳人は余力を振り絞り、全身をしならせて右腕を伸ばした。
御子柴の顔面へ目掛けて、その右拳が伸びて行く。 体重とスピードは充分すぎるほど乗りきっていた。 拳人の右ストレートが御子柴を捉えたかに見えた。だが次の瞬間、マットに沈んだのは拳人のほうであった。 拳人の右ストレートが伸びたその瞬間に、御子柴はダッキングして躱し、逆にカウンター気味にライトクロスを拳人の顎の先端に叩きこんだ。
すると拳人は背中から、もんどりうって青いキャンバスに倒れ込んだ。
レフェリーが両者の間に入って「ストップ」と叫んだ。
衝撃的な展開に沸く大皇学園の応援席、対する帝陣東の応援席からは、悲鳴に似た落胆の声が上がった。 その間も拳人は虚ろな表情でマットの上に長々と横たわっていた。
2R2分56秒。
それは拳人がボクシングを始めて、公式戦で初めて負けた正確なタイムであった。




