10)
月曜日に提出するレポートを仕上げてしまうからって、ゆっきーが部屋に引っ込んだ後、暁と2人で、リビングのソファに並んで、お酒を飲んでいた。……っていっても、あたしが焼酎を2杯空ける間に、暁はワインをグラス半分減らす程度だけど。
「こうして飲むのも、久しぶりだな」
「そうだね〜。……だってぇ、あきちんってば、ゆっきーばっかりで全然あたしに構ってくれないんだもん」
そう言って拗ねて見せたら、まだ酔ってない暁が、『阿呆』って笑う。
その照れた顔が、前より一段と彼女をきれいに見せていて、女のあたしでさえドキッとさせられる。
それもこれも、ゆっきーのおかげ?
「うまくいってるみたいだね」
あんなこと言ったくせに、たぶん気を使ってくれたんだろう彼の、部屋をちらっと見て暁に言えば、暁がほんのりと顔を赤くして、コクッとうなずく。
「……うん。麻由のおかげだ。ありがとう」
あらまぁ、こんなかわいい顔、どこででもされたんじゃ、ゆっきーも苦労しそうね……。
「なぁに?あたし、何かしたっけ?…………あ。もしかして、酔っ払った暁をゆっきーに預けたこと?」
そう意地悪く聞けば、暁の顔が今度は真っ赤になる。
酔っ払った暁の悪癖。それは、人恋しくなって、自分の気に入った相手を無意識に誘っちゃうこと。
これがまた、とんでもなくかわいくて、色っぽいのなんのって!
暁の中では、ただ誰かに一緒に寝て欲しいだけらしくて、あたしも誘われちゃったことあったんだけど、あたしが男だったら、間違いなく寝るだけじゃすまなかったと思う。
それわかってて、あの日、あたしはゆっきーに暁を預けたわけだけど……。
「ちがっ……。や、あ、あれも……感謝するべき?なの、か……??」
案の定、ゆっきーを誘っちゃって、しっかり頂かれちゃった本人が、『いや、だけど……』とかブツブツ言いながら、顔を赤くしたまま首を傾げてる。
まぁ、あれがいいきっかけになったのは、確かみたいだし?
「私が言いたかったのは、いっぱい背中を押してもらったからということで……!」
「わかってるってば。もう、暁って、いちいち反応がおもしろすぎ」
暁のうろたえ方が楽しくて、クスクスと笑いが止まらない。
「むぅ……」
からかわれたと気づいてうなる暁にさらに笑ってから、グラスに新しい焼酎の水割りを作る。
「……でも、本当によかったね。あたし、暁には幸せになって欲しいって思ってるから。暁が幸せそうでうれしいんだ」
自分のグラスを暁のに軽く当てれば、チンッて軽い音がした。
暁がふわって柔らかく笑う。
「ありがとう……。あ、でも、私だって麻由には幸せになって欲しいって思っているんだぞ?私が幸紀君と出会えたように、麻由にもきっと、絶対、そういう人がいる!」
そう力説した暁に苦笑する。
暁が幸せになるのは当たり前。あたしは、暁みたいにかわいくないからなぁ……。
自分を否定されるようなことがあっても、ただまっすぐでいた暁と、偽物を作り出して自分を隠してるあたし。
あたしたちは似てるけど、そこが違うから……。
「だといいけどね。……あ〜あ、どっかにいい男、落ちてないかなぁ〜」
そんな馬鹿みたいなことを言って、甘えるように暁の肩にもたれかかる。
暁は暖かくて、いい匂いがする。すごく落ち着く……。
「……なぁ、麻由?」
暁のためらいがちな声が、体に響いてくすぐったい。
「ん〜?」
「ずっと気になっていたんだけれど……」
「なによ?」
「もしかして…………城ケ崎さんのこと、忘れられないのか?」
「!」
暁の口から出たその名前に、無意識に体がピクッて反応した。
「……や、やだなぁ〜、そんなわけないじゃない。すっかりさっぱり忘れ去ったわよ、あんな男」
慌ててごまかしたけど、自分でも情けないくらいその声はあたしの意思を裏切ってて……。
「嘘つき」
「…………」
暁の声を無視して、ゴクッと水割りを喉に流し込んだら、小さなため息が聞こえてくる。
「あの日以来、男の人からの誘いも全部断っているんだろう?酒の量だって最近増えているんじゃないのか?」
「ちょっ…………」
持っていたグラスを暁に取り上げられて、抗議するように見上げたら、そこにあたしのことを心から心配してる顔があって。
「麻由?」
なんか、暁のそんな顔を見ていたら、体の力が、ストンって抜けて……。
「……うん」
うなずいて、暁の肩に、またもたれかかったら、彼女が盛大にため息をついた。
「やっぱり……。あぁ、もう、お前は、まったく……。城ケ崎さんから、連絡は?来てないのか?」
「……この前まであったけど、全部無視してたら、こなくなった」
「意地っ張り」
暁が呆れたように言う。
わかってるよ、そんなこと。
「……だって、あんまりイライラすることばっかり言うから、自分を隠せなくなっちゃって、被ってた猫も剥がしちゃったし、ひどいことも、たくさん言っちゃったんだもん。あんな城ケ崎さんはもう見たくないし、あっちだって、きっと、あたしの顔なんて見たくない……」
彼が好きだったのは、作り物のあたし。
本当のあたしを見て、きっと、騙されたって思ってるから……。
「あの後ね、電話があった時は、正直驚いたの。もしかしたら、まだ……って、ちょっと期待した。でも同時に、騙してたこと怒ってて、罵声を浴びせられたらどうしようって、怖くて……。別れる前のことを考えたら、そっちの方が可能性が高かったし。そうなったら、あたし、またひどいこと言っちゃいそうで……。これ以上、嫌いになりたくなくて……嫌いになって欲しくなくて……。メールも、内容読まずに全部削除しちゃった」
自分でそうしておいて、連絡が来なくなったら気持ちが荒れるなんて、あたしは相当バカだと思う。
でも、どうしたらいいのかなんて、わからなかった。
電話に出ても、出なくても、あたしたちの関係が元に戻ることだけは、もう二度とないから……。
「麻由……」
もたれかけてた頭を、暁が優しく撫でてくれる。
「……あたしがね、振ったのよ?独占欲強い自己チユー男なんてお断りだ、って」
「うん」
「本当にね、そう思ったし、今でもそれが正しかったって思うの」
もう一度同じ状況になっても、まったく同じことをする自信がある。
「うん」
「なのに……」
「うん」
「なのに、ね……」
すごく、苦しい。
あの人に、会いたくて……。
「うん。わかっているから……。麻由は、城ケ崎さんが好きだったんだよな?本当の…本当に……好きだったんだろう……っ?」
そう言った暁が、グスグスッと鼻をすする。
もたれかけた頭を上げて、隣を見れば、ボロボロと遠慮なく涙を流す彼女がいて……。
「もうっ……!なんで、暁が泣くのよぅ……」
「だ、だって……麻由、泣きそ…で……」
気がついたら、あれだけ出てくれなかった涙が、あたしの目からも溢れだしてた。
「だからって、暁がっ……泣くこと、ないでしょ……っ?」
「うん……だけど……」
「あ、暁が、泣くからっ……!つられちゃった……じゃない……っ」
「ん、ごめん……」
暁のせいにして泣き出したあたしに、彼女が泣き笑いの顔で謝る。
そのぐしゃぐしゃの顔が、優しくて。
「うぅ……あきらぁ……っ…」
「うん……」
全部わかってて、一緒に泣いてくれる暁の肩を借りて。
気が済むまで、泣いた。
……好きだった。
あたしを見る時に優しく細められる目が、『麻由さん』って呼ぶ時の心地いい低音が、スーツからかすかに香る煙草の匂いが……。
彼を形作る全てのものが愛しくて。
いつの間にか、こんなにも好きになってた。
あんなに腹が立ったことよりも、今は優しかった彼しか思い浮かばない。
二度と会いたくないって、二度と会うこともないって、そう言ったのはあたし。
だけど。
「会いたいな……」
叶わない願いを、小さくつぶやいた。




