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ネームドモンスター

「なんで、どうして?」



 ミクが、茫然自失状態だった。

 シュエマイが生きていることもそうだが、それがいつの間にか巨大キョンシーとなり果てていること。

 そして、アンデッドがネームドモンスターに認定されてしまったことも。

 すべてが想定外、ミクの頭の処理能力を上回っている。


 ピーターにとってもまた、想定外。

 ネームドモンスターというあまりにも埒外の存在。

 かつて得た知識を、ピーターは思い返していた。



 ◇



 それは、ピーターがアルティオスを出る直前のことだった。

 諸注意として、いろいろ言われていたことの中にそれはあった。



「モンスターには、階級がある」

「はい」

「戦力別に、決闘級、分隊級、師団級、旅団級ってところだ。一般的なくくりで表せない二つを除けば、概ねそれで表せる」

「確か、決闘級は下級職一人でぎりぎり撃破できるかどうか、という程度で、一つランクが上がるごとに必要な人数が六倍になるんでしたか?」

「そうだな。お前の配下は間違いなく分隊級だ。それを持ってるのは、〈従魔師〉系列にもほとんどいない」

「つまり上から下級職一人、下級職六人、上級職六人、上級職三十六人って目安だ」

「ちなみに、超級職は?」

「相性とかストック次第だが、まあ旅団級くらいなら余裕だな」

「…………」



 流石、超級職。

一般的なくくりではかることは出来ない超人である。

 最低でも、戦闘系下級職200人分。

 さらに、レベルに上限がないということを踏まえれば、文字通り一騎当千の実力者たちだ。



「あの、もう一つあるっていうのは?」



 アラン曰く、一般的なくくりで表せないのは二つあったはずだ。

 片方が超級職ならば、もう一つは一体何なのか。



「ネームドモンスターだ」

「ネームド?」

「わかりやすく言えば、超級職のモンスター版(・・・・・・・・・)だ。モンスターにもレベルがあるのは知っているよな?」

「ええ」



 人が下級職で五十レベル、上級職で百レベルまでレベルを上げられるように、モンスターにもレベルの上限というものがある。

 レベルの上限はモンスターの種族などにも左右されるが、最大レベルが原則百というのは同じである。

 また、レベルの上がり方にも差がある。

 人が、職業に対応した経験を積み、経験値を得ることによってレベルを上げるのに対して、モンスターは成長することでレベルが上がる。

 もう少しだけわかりやすく言えば、モンスターは、何もしなくてもただ生きているだけでレベルが上がる。

 また、アンデッドや悪魔などは成長しない代わりに生まれた時点ですでにある程度のレベルに達している。

 とはいえ、レベルに上限があるのが救いではあるが……。



「もしかしてですが、ネームドモンスターは、レベル上限は……」

「察しがいいな。その通り、ネームドモンスターにレベル上限は存在しない。ただ生きてるだけで無限にレベルが上がり続ける化け物だな」

「…………」



 それはもう、災害でしかない。

 もとより、モンスターは人を脅かす脅威。

 それが無限に強くなると考えれば、どれほどか。



「以前、このアルティオスを襲った奴を知ってるか?」

「町が半壊したという、あの?」

「そうだ」



 それは、ピーターも聞いている。

 彼が、アルティオスに来る前の、十年以上前の事件だったはず。

 アランの妻や、ラーシンの家族もなくなっているはずだ。

 冒険者、そうでない人も合わせての合計は百を超えているという。

 それほどまでに痛ましい事件だった。



「もしかして、それが?」

「ああ、やったのはただ一体の、ネームドモンスターだ」

「そんな……」

「俺たちは、俺と、〈双剣王〉と、部下共は必至で戦ったさ。戦って……撃退するのが精いっぱいだった」



 彼は、悔しそうな表情を隠さない。

 先ほども言ったが、超級職は一騎当千の英雄。

 それが、複数いれば万の軍勢にも対応できる。

 それで大勢犠牲を出して、やっと撃退するのが精いっぱい。

 それこそ、国家レベルの武力を一体で有しているのと同義だ。



「部下は何人も死んで、俺も家族を、〈双剣王〉は片腕を失って、それでようやく撃退した。それほどの怪物だ」

「超級職複数でも、それほどなのですか?」

「ああ、順当に勝とうと思ったら超級職が三人はいるだろうな」

「そんなに……」

「はっきり言っとく。もしお前が、ネームドモンスターのうわさを聞いたら、そこから逃げろ。戦おうなんて一ミリも考えるな。さもなければ」

「さもなければ?」



 リタが問い返す。



「骨も残らねえぞ」



 ◇



 そして今、ピーターはその問題のネームドモンスターと相対していた。



 あの無機質なアナウンスは、世界の声。

 この世界を支えるシステムからのアナウンスであり、スキルを獲得したり、パーティを組む際に聞こえる。

 また、転職条件を満たした場合も、だ。

 そして、それは一体のモンスターがネームドモンスターとして認められて場合も同様らしい。

 〈継炎肉像〉といったか。

 燃え盛る百メートル超の巨像は、足場を失ってもなお上空に浮いている。



 ピーターは今までさまざまな強敵と相対してきた。

 その中には運良く勝てただけあるいは、認めてもらえただけとはいえ、超級職も二人ほどいた。

 だがわかる。

 わかってしまう。

 その中の誰と比較してもなお、眼前の怪物ははるかに強い。

 地団太一つで島を潰せるほどのパワー。

 他のステータスも同程度とすれば、それこそ超級職でさえ比較にならない。



「シュオオオオオオオオオオオオオオオ!」



 加えて、ステータスだけではない。

 ただ燃えている、わけではない。

 先ほどから、警吏が魔法で飛び回り、魔法攻撃を仕掛けている。

 だが、それがすべて炎で防がれている。

 炎が、雷撃が、氷弾がすべて防がれている。

 百を超える、おそらくは上級魔法職の攻撃がまるで届いていない。



「【ライトニング・ジャベリン】」



 シルキーのスキル宣言とともに、彼女の手から巨木ほどの雷槍が五本放たれる。

 それは、炎すら貫通して、肉をえぐった。

 が、それだけでは足りない。

 炎を突破してたどり着いた攻撃も、アンデッドの修復能力によって、じわじわと修復する。



「炎を、コントロールしてるのか?」

「……そうみたいですね。でも、どうやって」



 ピーターは、松明を連想した。

 そもそも、魔法自体が魔力を燃料として何かしらの現象を起こすもの。

 燃料を供給するモンスターが、その炎の制御権を奪ったとしても不思議ではない。

 その認識は正しい。

 〈継炎肉像(チャンシー)〉のスキルは三つ。

 アンデッドとしての、スキルである【自己修復】。

 キョンシーがある程度持っている浮遊能力。

 そして、自身を燃やす聖なる炎をある程度御する【聖火継承】。

 身にまとった聖なる炎を、自在に操る力。

 その炎は、矛であり盾。

 同時に、自身を焼き焦がし続ける諸刃の剣でもある。

 


「シュ、オ」



 白い炎が、腕に集まっていく。

 そして、その炎が球状に固まり、白銀色の炎の砲弾が形成されている。

 あれはまずい、とピーターは思った。



「どきなさい!」



 先人に立っていた、シルキーが叫んで、青い障壁を展開。

 炎弾を受け止める。

 そして、受け止めきれずに、本島まで吹き飛ばされる。



「師匠!」

「シルキー様!」



「心配無用。女王無敗」



 ペリドットが、言葉を発する。



「たった今、念話でシルキー様のご命令がありました。『よくやった。あとは私に任せて、貴方たちは、ペリドットとともに待機していなさい』とのことです」

「いやでも、任せろも何も、〈精霊姫〉は……」

「ミク」



 ピーターが静止する。



「師匠を信じよう」

「……わかりました」

 

 

 ミクは、躊躇したが、とりあえずうなずいた。



「アンバーさん、師匠は無事なんですね?」

「ええ、問題ありません」

「了解しました。撤退しよう、どのみち、できることはほぼないし」

「りょーかい!」



 ピーターは、ペリドットとともに本島まで離脱した。

 最も、〈継炎肉像〉のことを思えば、それでも安心はできない。

 ただしそれはあくまで、〈継炎肉像〉が生存すればの話だ。



 ◇



『シルキー様、ご無事ですか?』

「大丈夫よ、弟子は十分仕事をしてくれた。もう、チャージも終わってる。アンタもさっさと来なさい」



 本島に、自身を覆った球状の障壁ごと吹き飛ばされたシルキーは呟く。

 防御に特化したラピスラズリのクッションもあって、彼女自身のダメージは軽微。

 加えて、そのダメージも、回復効果のあるアイテムで回復できる。

 何よりも。



「この私がーー負けるわけないでしょう」


 

 それは、宣言でもない、単なる断言。

 なぜなら、彼女は人生で一度も負けたことはない。

 それこそ、超級職を相手にしても。

 


「”妖精女王”の全力、見せてあげるわ。感謝なさいーー腐れ外道」



 マギウヌス最強の魔術師が、ネームドモンスターを見下ろしていた。

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