下界の牧場
魔術史では、近代の歴史や、魔術の発展などについて学んだ。
他のも、面白い分野の学問はあった。
魔力の制御について学ぶ魔力操作は、シルキーに教わったものと大差なかったが、同級生と切磋琢磨しながら行うという違いは、確実に成果を出していた。
また、すでに完成し、極まったシルキーと違い、マルグリットやジークはほぼ同格である。
また違った視点から、得るものがあったのである。
どういう部分で躓くのか、ということをかなり理解しており、ピーターにとっては非常にわかりやすい。
シルキーは、天才ゆえに「どうして躓くのか」が理解できないのである。
そうして、授業をいくつも受けて、ある日、校外学習をやると通達があった。
場所は、アンダーホール。
オーバカレッジがある、本島の真下である。
◇
「今日は、アンダーホールの見学に行くのね」
「そうらしいですね」
「あんた、あそこについてどういう場所か知ってる?」
「知ってますよ。元々、陸地だった場所でしょう?」
マギウヌスは二種類に分類される。
一つは、浮遊島。
シルキーの所有するこの小島もふくめて大小さまざまな浮遊島が存在する。
それがこの国の特色。
もう一つが、地下街。
陸地であったはずの土を浮かしてできたことにより発生した海抜ゼロメートル以下の土地。
一度諸外国の侵攻を警戒して放棄されたが、現在ではこの国の土地として活用されていると聞いている。
そこに何があるのかは知らないが、どういう生活なのか興味は尽きない。
そこには、たくさんの人がいるのだろう。
そこ特有の暮らしがあるのだろう。
どんなものか、ピーターは楽しみにしていた。
とりあえず、日照権の問題は解決済みなのだろうか。
「……そうね」
「あの、どうかしたんですか?」
どこか浮かない顔つきに見える。
加えて、怒っているのではない。
それなりに日々を過ごしてきたこともあって、ピーターはシルキーの表情に敏感になっていた。
むしろ、心配しているように、ピーターには見える。
どうして、そんな顔をするのかはわからなかったが。
「はじめまして。今日の授業は、私が担当する」
今日の見学は、上級魔法職の講師が付き添う形だ。
オーバーカレッジにおいては、授業というものは上級職の講師と、超級職の教授によって運営されている。
魔法史や、それに類する今回の見学のような専門知識や技術を問われない授業は、基本的に行使が担当する。
今回に限っては護衛も兼ねているのか、引率の講師以外のも複数の魔法職がいた。
「君は、魔法職の
そこには、たくさんの人がいた。
年寄り、子供、男、女。
様々な人物がいた。
しかし、彼等は同じ目をしていた。
濁り切った、諦めたような目を。
「え……」
「何、これ」
「は?」
「……嘘でしょう」
「?」
「どうかしたの?」
彼らを見た時の反応は分かれた。
混乱するものと、困惑する者に。
アンダーホールの人々を初めてみて、衝撃を受けた者たちと。
アンダーホールの実情を知っていたがゆえに、「どうして彼らが混乱するのかわからない」と、学友の様子に戸惑う者たちである。
前者は、ピーターのように外部からの留学生であり、後者はマルグリットやジークのような元々マギウヌス出身の者達である。
彼等は、一様に黒い首輪をつけられていた。
ピーターは、魔法史の授業で、聞いたことを思い出す。
かつて、魔法職はこの地で奴隷のような扱いを受けていたこと。
そして、圧倒的な力を持つ彼らを自由にさせないために、呪具で自由を奪っていたこと。
その呪具は……黒い首輪であったこと。
つまり。
アンダーホールにはたくさんの人がいる。
彼らは、全て奴隷である。
「先生、これは何ですか?」
その場にいた講師に、尋ねた。
答えがわかっていて、彼等がどういう存在なのかわかっていて、それでもなお訊かずにはいられなかった。
「何と言われても……ここは、無能空間アンダーホールだよ。無能を、非魔法職の連中を管理している」
だが、彼の回答は何を勘違いしたのか、彼の質問への答えになっていなかった。
無能空間、アンダーホール。
アンダーホールにいる奴隷達。
その多くが、パイプのようなものを加えて、煙を吹かしている。
「アンダーホールは、必要なものだからですよ」
「必要?」
「ええ、端的に言えば、この国の動力、魔力源ですね彼らは」
「……魔力源?」
いやな予感がしながら、嫌な想像が頭をめぐった状態で、ピーターは訊いた。
「君たちは、〈提供者〉というジョブを知っていますか?」
「いいえ」
「では説明しましょう」
職業は、下級職と上級職、超級職に分けられる。
その中でも、上級職には二種類ある。
一つは、上位職と呼ばれるもの。
下級職の上位互換。
下級職が、経験を積み上げた末にたどり着く文字通りの上位者。
〈冥導師〉、〈聖騎士〉、〈暗黒騎士〉、〈司祭〉系統上級職の〈司教〉など大半の上級職がこれに当たる。
これとは別に、もう一つある。
特化上級職。
下級職を持たない、特殊性に秀でた職業。
ドラゴン特効スキルなどを持っている、〈竜討士〉などがあげられる。
下級職に関係なく、「単独で竜または龍を討伐する」などといった条件を満たせばだれでも転職可能である。
そこまでは、ピーターも知っている。
だが、それ以上のことは知らない。
身近に、そういう職業についたものがいなかったのである。
ましてや知るはずもない。
特化上級職の中でもトップクラスに特殊な、〈提供者〉という職業のことなど。
〈提供者〉という職業は、特化上級職だ。
性能が尖っていることが多く、下位となる職業がいないため、マイナーになりやすい。
ステータスも、スキルもである。
上がるステータスはMPのみで、それ以外は一切上がらない。
そして、ジョブスキルを一切獲得できない。
せっかく上がったはずの魔力を活用できない。
魔力があるだけの、何もないジョブだ。
そして、〈提供者〉への転職条件は、魔法適正がないことと、他者の所有物になっていることだけである。
それゆえに、魔術を編み出して使用することもできない。
そんな説明を、ピーターは受けた。
そして、理解させられた。
「つまり……この国ではここの人たちを、国民を無理やり〈提供者〉に就かせて、魔力源にしていると?」
まるで、家畜から乳を搾り、チーズやバターを作るように。
畑から、穀物や野菜、果実を収穫するように。
人に対して、そんなことをしているのかと、問うた。
それは、悪逆非道ではないのかと。
「少し、訂正があるね」
淡々と、まるでそこが間違っているよと指摘する、ただそれだけの事務的な対応。
感情はこもっていない。
一片の悪意だってそこにはない。
あってくれない。
あるいは、彼等が悪意をもってそれを行っていたのであれば、ピーターも怒ることができたかもしれない。
だが、そうではないのだ。
「やつらは、この国では人間として定義されていない。失言は慎むように」
「…………」
ピーターは理解する。
彼らは、目の前にいる彼らは、悪人ではない。
悪逆非道などしていない。
彼らは、正しく、正義なのだ。
そして、ピーターはきっと間違っている。
この国でも……あの国でも。
ピーターは、とりあえず理解できたことはいったん置いておき、次の質問に映ることにした。
「ここでは、禁制の薬物が流行っているようでしたが?」
「確かに薬物ではあるが、禁制ではないよ。あれは魔薬といってね、依存性がある代わりに、魔力の回復速度を上げるのよ。それによって魔力の供給量にブーストをかけるの」
「副作用はないんですか?」
「平均寿命がかなり縮むね。健康被害はあちこちで報告されてるよ。今、依存性以外の副作用を抑える魔薬の開発が推し進められているところだ」
「……」
かみ合わない。
どこまでもかみ合わない。
それは、きっと、ピーターが正しくないが故だ。
この国には、この国のルールがある。
それは当然のことだ。
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アンダーホールからの魔力供給によって、エレベーターとか色々動いてます。




