とある栄光の結末
鎧の崩壊を見届けた直後、ピーターは倒れた。
気力体力、ともに限界だったためである。
「ピーターさん!」
「ピーター!」
「これは、HPが最大値の半分を切って……っ」
【鑑定】したニーナは、異常を悟る。
それがスキル使用後のデメリット。
【降霊術】の使用時間に応じて、生命力が大幅に削られる。
それはスキル使用の反動、デメリットであり、自然の摂理。
穢れたアンデッドと融合すれば、当然人間の肉体と魂が耐えられない。
このようなスキルを行使するがゆえに、〈降霊術師〉のHPはMPと同様に高いのである。
削れたHPに加えて、出血の状態異常で少しづつHPが減っている。
「くそっ、なんで治らない?」
「まずいゾ、このままじゃ死んじまウ!」
フレンとユリアが回復魔法をかけるが、【邪精霊の衣】の前では無意味だ。
そもそも、それが訊くならグレゴリーにも勝てていない。
「ふれん!ゆりあ!そのポーションはきかないよ!」
「主様の服の内にあるポーションをお使いください」
「わかった!ありがとう」
「ありました。これですね」
ピーターがあらかじめ自分のために所有していたのは、聖属性を含んでいない、純粋な薬効のみのポーション。
スキル使用の反動でHPが削れることを懸念して、すぐ使えるようにあらかじめアイテムボックスから取り出してローブの内側にしまっていた。
ダメージが大きすぎて、使う前に彼自身が気絶してしまっているが。
それからほどなくして、彼は意識を取り戻した。
「ありがとう。もう大丈夫です」
「なぜ……ここへ来たの」
「そうしたいと望んだからです。そうしないことが、嫌だったからです」
負けるリスクがあって、体への負担があって。
ましてや、彼には回復魔法が効かないのだ。体の傷だって、完全には治り切らない。
それでも、彼女がもし、死んでしまったら。それは、嫌だったから。
「ふざけるなよ……」
怨嗟に満ちた声がした。
背中から血を流し、身にまとっていた鎧は崩壊してしまい、顔と下着が露出している。
「やっぱり、背部にコアがありましたか……」
ゴーレムなどの、たいていのモンスターにはコアがある。
それが当然のこと。
怨念で構築されている鎧にも、コアがあるのではないかとピーターは予想した。
そして、背部には亀の甲羅のようなものが積まれていた。
ここにコアがあると察して、破壊したのだ。
ゴーレムが、ピーターを睨んでいた。
「よくも、俺の鎧をクソガキがあ!」
「【シールドロック】」
光の盾によって突撃が阻まれる。
展開したのは、〈聖騎士〉たちだ。
彼の強さは、鎧の強さ。
それ故に、それが壊れればもうどうしようもない。
「くそっ」
「「「「あ」」」」
咄嗟、誰も反応できなかった。
ゴーレムは後ろを向いて脱兎のごとく走り出し、見えなくなった。
「逃げましたね」
「大丈夫ですよ」
「でもぴーたー、にげられたらだめなんじゃないの?」
「そうだよ」
疲れ果てて、今は眠りたい気分だった。
きっと、大丈夫だと思うから。
「逃げられたら、まずいけどね。逃げられないと思うよ」
この場にはいない、偉大な人の顔を思い浮かべて、ピーターは再び意識を手放した。
◇◆◇
「クソ、クソクソクソオ!」
逃げながら、ゴーレムは愚痴を辺りにまき散らしていた。
あの鎧の政策こそが条件達成の最後の壁だったのに!
許せない、許されない。
あと一歩で栄光の座につけるはずだったのに。
〈天騎士〉でも、〈夜天騎士〉でもない第三の可能性。
【千死の鎧】が破壊されてしまった時点で、条件はまた未達成になってしまう。
あれを作るのに、一体どれだけの労力がかかったことだろうか。
いつかあのクソガキにはしかるべき報いを。
だが、それは後だ。
とりあえずはここを離れなくてはならない。
そしてまた、時間をかけて超級職を目指す。
ここら一帯にまだ私の傀儡はたくさんいる。
騎士団ではない協力者だっているのだ。
そいつらに連絡をと考えて、通信機を取り出して、使おうとして。
しかし、ゴーレムは通信機を使えなかった。
「あ?」
思わず、驚きの声が口から洩れる。
なぜ使えなかったのか、何に驚いたかは非常にシンプルだ。
アイテムボックスから取り出して、使おうとして。そして。
腕が、無い。持っていたはずの通信機ごと消えている。
通信機を取り出したはずの右腕がない。
獣に食われたかのように、半ばで消失している。
いつの間にか、消えていた。
「あああああ、があっ!」
痛みに呻きながら、思うことは単純。
これはまずい。
どうして。
「無駄だぜ」
無情にも、宣告される。
ゴーレムの後ろに、それはいた。
紅い狼と、その近くにいる筋骨隆々の男。
「〈魔王〉」
「あ、あああああああああああ!」
理解した。
先ほどの攻撃は、狼によるもの。早すぎて見えなかっただけだ。
「クソオオオオオオ!」
やけくそになりながら、ゴーレムは突貫する。
「【ダーク・クルセイド】!」
スキル宣言とともに、黒い光の本流で構成された、十字の刃が顕現する。
〈暗黒騎士〉の奥義、【ダーク・クルセイド】。
邪属性魔法攻撃に分類されるその一撃は、決まれば、ステータスの低い従魔師系統の超級職など一撃で殺せる。
決まれば、当たれば。
だが、そうはならない。
「さっさとくたばりな。クソ騎士――【魔王権限】」
「ウオオオオオウ」
「ま、まって魔お」
最後にゴーレムの意識は、狼と融合した体ごと、粉々に砕かれて永遠に消滅した。
「あー、やっべえな。ぐちゃぐちゃだ」
戦闘が終わり【魔王権限】を解除した、アランの足元、そこにはゴーレムだったものが散らばっている。
似たものを上げるとすれば、ザクロを全力で地面に投げつけた姿だろうか。
もはや、人間どころか、死体にすら見えない。
「しっかし軽く小突いただけでこれかよ。やっぱ力加減は苦手だわ」
限られたものを除けば、最強でクラスである上級職をカンストしたゴーレム。
しかし、それさえも〈魔王〉の前では勝負にさえならない。
たったの一撃で粉砕される。
「ウオウ」
どこか呆れたように、彼の傍らにいる狼は、加えていた右腕を放ってよこす。
「んー、これ解析してもらって何とか他の連中も捕まえねえとな。まあサブマスに任せるか、こういう細かいの俺は向いてねえし」
「ウオウ」
「いや、しょうがないじゃん。実際問題そういうの苦手なんだから。お前らもそれぞれ得手不得手ってもんがあるでしょ?」
「ウオウオオウ」
「いやまあ、ちゃんと責任は果たすって。わかってるよそんぐらい」
それから、三日と立たずして誘拐に加担していた騎士団員や教会の聖職者たちはすべて冒険者たちによって殺されるか、捕縛された。
通信機を逆探知することで、特定するに至ったのである。
もとより冒険者ギルドは斥候色も多く、そういった探知などに優れた人材も多い。
この程度はたやすいのである。
捕縛されたものも、一人残らず極刑が適用されている。
わずかに生き残った子供たちは親元に返され、死亡が確定したあまりに多くの子供たちの葬儀が執り行われた。
そして当然それ以降誘拐の類は起きていない。
それが、ハイエスト聖王国を、迷宮都市アルティオスを震撼させた誘拐事件の結末である。
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