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小さな望みを

 ビンセントと戦った翌日、ピーターはまた冒険者ギルドのカフェにいた。

 リタのこともあり、ここは彼にとって行きつけの場所なのである。

 なお、リタの霊体は復活した。

 彼女の分体は、一度破壊されても、その後時間をかけて再構成される。

 およそ丸一日の時間を必要とするが、その代わりに消費はほとんどない。

 


「良かった。良かった、リタ、よかったあ……」

「ぴーたー、だいじょうぶ?ないてるの?」

「大丈夫だよ、だいじょうぶだから」



 ピーターは安堵しながら、テーブルの上に座ったリタに縋り付いて、泣いていた。

 ピーターにとって、リタの存在は大きい。

 すべてを失って、改めて手にした生きる意味。

 それゆえに、ピーターはリタを心のよりどころとし、依存していた。

 それこそ、たかが分体が破損した程度で恐慌状態になる程度には。

 彼女にたいして変態的に執着するのもそれ故だ。


 ビンセントを、寿命を削ってまで殺したのもそれがおおもとの理由。

 大切なものを傷つける敵を、生かしておくことができない。

 リタたちを脅かすものが、生きていることが、許容できない、許せない。

 自分の肉体が傷ついても、心が傷つくよりはましだから。



 リタは、記憶を保つことができない。

 それは、一部には本人の性質もあるだろうが〈降霊術師〉のスキルである【霊安室】に原因がある。

 基本的にアンデッドたちを格納し、アンデッドに忌避感を持つ者達との衝突を開けるだけではなく、移動できないリタの本体を動かそうと思えば、それを使うしかないという事情もある。

 しかし、【霊安室】の機能は格納時のみにはとどまらない。

 常に周囲を漂う怨念や邪気に汚染されないように、契約下にあるアンデッドを保護する効果もある。

 そうでなければ、周囲の怨念を取り込んで暴走する危険性もある。

 しかしながら、怨念を取り込むことができないのというのはメリットだけではない。



 怨念を取り込めるアンデッドとは違い、レベルアップはほとんどなくなってしまうこと。

 もう一つは、怨念を取り除くフィルターであるという事実そのもの。

 怨念は、周囲にあるものだけではない。

 彼女自身の中で生まれた怨念も浄化してしまう。

 怨念とは、怒りや苦しみ、悲しみといった負の感情を抱くことによって生ずるもの。



 彼女の中にある怨念まで干渉するというのは、彼女の精神、感情にジョブスキルが干渉するということを意味する。

 例えば、怨念に汚染されないように、彼女からいやな記憶は抜けていってしまう。

 そうなるくらいに辛いことが多かったという事情もある。

 それ故に彼女は嫌な記憶……今ではよくない記憶がすべて消えてしまっている。

 例えば、人をはじめとした生き物を殺傷した衝撃であったり。

 大切な家族が傷ついた記憶であったり。

 その他の、特にとりとめのない膨大な興味のない事柄の蓄積であったり。

 彼は、忘れられたくないのだ。

 最近、リタは前世のことを――アンデッドになる前のことをおぼろげにしか覚えていない。

 それこそ、両親のこと以外はもはや何も覚えておらず、村の住民の記憶はおろか自分の苗字さえもあいまいだ。

 現在進行形でも、今記憶があいまいになっている。

 彼女の核となっているであろう、家族の記憶は……本当の家族との記憶はこれからも残るだろう。

 だが、彼の、ピーターと重ねた日々はどうなる。

 月日がたてば、いずれピーターのことも記憶に紛れて消えてしまうのではないか。

 つまるところ、ピーターは、リタに忘れられたくはないのだ。

 アランたちのように、いつか自分もその他大勢の一人として忘れられてしまうかもしれないから。

 共に死ねないことが、ともにありたいと思った人から忘れられてしまうのが。

 大切な人に捨てられてしまうのが。

 ピーターにとっては何よりも恐ろしいことなのだ。



 ◇◆◇



 結論から言えば、メーアたちは無事救出できていた。

 あの後修復が完了したハルに乗せて運んだのち、たまたま他の冒険者と出会い、出口まで運んだ。

 後は、聖職者などに頼んだ。

 メーアを含めた、さらわれた少年少女たちは、毒物で「昏睡」させられていた。

 なお、毒物に関しても既に回復魔法やポーションで解毒済みである。

 


「ありがとうございます、ピーターさん」

「いえ」



 結果的にそうなっただけだから、特に感謝されることは何もないと考えている。

 しかし、彼女はそう考えていないらしい。



「あたしからもお礼を言わせておくれよ」

「ヴァッサーさん」



 後ろから、店主のヴァッサーが歩いてきた。



「ありがとね。ピーター、それにリタちゃんも」



 笑って、ピーターとリタの頭をなでる。



「~♪」



 リタの頭に触れることはできないので、頭のあたりで手を動かすだけだが、リタはどこか幸せそうだった。

 あまり、ピーターは礼を言われたことはない。

 アンデッドを連れ歩いている時点でそもそも人からは煙たがられる。

 ごく一部の例外はあるが、それでも九分九厘の人は、ピーターをアンデッド使いの不審な人物としか見ていない。


「メーアさん、そんなの……僕は、クエストを受けたに過ぎないので」

「それはお互いさまってもんだよ」

「わたしたちは、仕事をすることで、結果として人を助けています。自分のために頑張って、結果として誰かが救われてるんです。だから、これも同じことですよ」



 ありがとう。

 そういわれて、そんな風に言ってもらえて、どうしようもないほど、ピーターは嬉しかった。



「いいんだろうか」

「はい」

「ぴーたー、だいじょうぶ?」

「大丈夫だよ、うれしいだけだから」



 この人達はピーターに良くしてくれた人たちだ。おとくい様だというのが正直なところだろうが、それでもきちんとできた数少ない貴重なつながりだ。

 良いものはそのままでいてほしい。良いものをきれいなまま保っておきたい。

 停滞したままでいてほしい。

 変わらないでほしい。

 変わりたくない。

 そんなことを願ってもいいのだろうか。

 自分は、生まれたことさえ罪とされるような存在で。

 石を投げられ、侮蔑され、誰からも愛されなくて当然の存在で。

 それでも、家族といえる存在が、よりどころがあって。

 いつしか、受け入れてくれる人もできて。

 それが幸せで。

 ただ、それをずっとそのままにしておきたくて。

 そんな傲慢な青年の望みが、報われてもいいのだろうかと、ピーターは考えた。

 


 報われたことが、嬉しかった。

 


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