人の作戦と騎士の懸念
メーア・メディシンマンが何者かによって攫われた。
という情報をピーターが得たのは、冒険者ギルドにて。
情報源は……半狂乱になったヴァッサー・メディシンマンだった。
「だから!聞いておくれよ!孫娘が!メーアが!」
「ヴァッサーさん、どうされたんですか?落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるもんかね!メーアが、さらわれて!」
「……メーアさんが、さらわれた?」
「そうだよ、私らの目の前で!」
さらわれているのは子供、年若い人物だった。メーアもまだ十二歳。
当然、彼女も含まれるだろう。
「ラーファさん、その時の状況はわかりますか?」
ヴァッサーにつかみかかられていた、ギルド職員であるラーファに問いかける。
「二番街で、フードを隠した何者かが、メーアさんとヴァッサーさんがいたところ襲撃したらしいです」
「白昼堂々仕掛けてきたんですか?」
誰か知らないが、これをやっている男は相当頭が悪いらしい。
そんな状況で犯罪など、正気の沙汰ではない。
人目を忍んで行うのがセオリーだ。
「何者かと、たまたま見回っていた冒険者たちが交戦、そのままメーアさんと、負傷した冒険者を攫い逃亡した様ですわ」
騎士団の指示で、冒険者ギルドは見回りの規模をお幅に縮小したものの、見張りは行い、なおかつばれないように隠蔽に秀でた冒険者が
「ヴァッサーさん」
「いいから、あの子が攫われたんだよ!早くどうにか……」
「ヴァッサーさん、助けます」
「……え?」
「…………本当にかい?」
「絶対、助けます。あの子のことを、絶対に」
ピーターは真っすぐ、ヴァッサーの目を見る。
「だから、落ち着いてください。そして、あの子を出迎える準備をしてあげてください」
「……わかったよ、ありがとうね、ピーターちゃん」
不満はあったかもしれないが、とりあえずヴァッサーは、引き下がった。
「どうしたものですかね……」
冒険者ギルドの、ギルドマスターの部屋。
そこには、三人が集まっていた。
ラーファ・ホルダー。
アラン・ホルダー。
そして、ピーター・ハンバート。
この三人が、何故か集まって会議をしている。
ピーターはなぜ呼ばれたのがわからないが、呼ばれてしまったので仕方がないと割り切っている。
「結果論ではありますが、見回りの数を減らしたことが裏目に出てしまいましたわね」
「そうなりますねえ」
「そうなんだよなあ……」
とはいえ、ギルドマスターもよく頑張っている。
結局、見回りを無くすという騎士団側の要求はのまず、大幅に削減するにとどまっている。
さらに、隠蔽にも秀でた冒険者たちを使ってバレないように見回りを行わせていた。
報酬の大半は、アランのポケットマネーから出ている。
冒険者の町で、治安の悪化を阻止するためなら何でもやる、というのがアランの主張である。
「あの、何で僕がここにいるんですか?」
「まあ、信頼できる奴はそんなにいないんだよな。お前は口が硬いからなあ」
「なるほど」
「それに、ピーターさんは頭の回転が速いですから、何か思いつくかと思いまして」
「……ありがとうございます?」
疑問を感じつつ、とりあえず話に参加することにした。
「しっかし妙なんだよな……」
「何がですか?」
「どこにさらわれた奴らを隠しているのかが不明なんだよな、生物はアイテムボックスにはしまえんし」
「え、それは単にモンスターケージでは?」
「…………」
彼らは、固まってしまう。
あれ、何を間違えたのだろうか、とピーターは思った。
「あの、ピーターさん、人間はケージにはしまえません。あれはモンスターを収納するためのものなので」
「え、あ、そうなんですか」
「仮にもモンスターを使うジョブなら、それぐらい知っとけよ」
「すいません、完全に勘違いしてました」
モンスターケージ、というのはアイテムボックスのモンスター版だ。
アイテムボックスが非生物のみを収納できるのに対して、ケージは、モンスターのみを収納する。
人間はどちらも収納できない。
ピーターは、普段ケージを使わないから、知らないのである。
【霊安室】という、アンデッドを収納するための亜空間のみで事足りてしまう【降霊術師】の特殊性ゆえである。
アイテムボックス然り、特殊な亜空間は希少でもあり、ほぼない。
もう、思いつかない。
「あ」
いや、違う。
異空間はまだほかにある。
それも、生きた人間が入ることができる空間が。
「あの……」
「なんだ?」
「今思ったんですけど、ダンジョンの中じゃないですか?さらわれた人達がいるの」
「え?」
「…………」
ラーファが虚を突かれたらしく、固まる。
アランは対照的に、何か考えがあるようだった。
「ちょっと捜索隊を組んでくる」
そういって、足早に去っていった。
後には、ピーター達が残された。
「ねーねー、それで、いつ探しに行くの?」
リタは、いつも通りだった。
◇◆◇
話し合いの後、ピーターとリタは、いつも通り冒険者ギルドのカフェでたむろしていた。
今は、ピーターがリタの注文が確定するのを待っている。
ピーター自身は、サンドイッチと紅茶に決めているが、リタがどのお菓子を食べるかを悩んでいる。
メニューを見ながら、ふわふわと浮いているリタのスカート中や、太腿を凝視している。
「主様」
「何かな?」
「主様は、参加されるのですか?」
「捜索隊のこと?もちろんだよ」
ピーターは即答する。
彼は、アランの結成した捜索隊に参加するつもりだった。
捜索隊と言っても、冒険者ギルドの出したクエストの一つだ。
報酬も悪くない。
何より、ヴァッサーと約束したのだ。
「相手は手練れですよ、間違いなく」
「そうだね」
白昼堂々人さらいを敢行したぐらいだ。
よほど腕に自信があると見える。
「ーー死ぬかもしれませんよ」
ハルの言葉は、静かだ。
けれどもその言葉は厳しく、同時に正しく、優しかった。
「主様、あなたの願いは、家族とともにあることでしょう」
「…………」
「先日の戦闘、あなただけ逃げおおせていれば、あなたが手傷を負うことはなかった」
ルークたちとのクエスト。
その際、ピーターはフレンをかばい、結果としてけがを負った。
しかし、本来はあそこで逃げるはずだった。
それを、ハルはとがめている。
「手傷を負ったのも偶然にすぎません。あの場で致命傷を負っていた可能性もありました」
実際、ハルが相手ならピーターの耐久ではかすめただけで腕が飛ぶか、あるいは砕け散る。
ましてや奇襲されてふりになった以上、ピーターは何が何でも引かねばならなかった。
「それだけに限りません。先日、〈聖騎士〉に襲われたことや、村でリビングアーマーを討伐したこともそうです」
何を言いたいのか、ピーターにももうわかっていた。
リビングアーマーを討伐した時は、リビングアーマーの原因がそもそも〈降霊術師〉のピーターなのではと疑われ、罵声と襲撃を受けて逃げながら村から出た。
護衛の冒険者たちの身を案じた結果、護衛対象の聖職者に襲われた。
「主様、あなたの目的は、家族を守り、共に生きることでしょう?危険を冒す必要はないはずです。ここは、見捨てるべきではありませんか?」
口調は厳しく、発言内容は冷たい。
けれどもわかっていた。
それが、ピーターをおもんばかっているが故の、優しさに満ちているということが。
ピーターは、ちらりと自分の右腕の傷跡を見る。
先日、アンデッドにつけられた傷の跡――だけではない。
親に勘当された時、父に負わされた古傷。
〈降霊術師〉とアンデッドを毛嫌いする人間に、幾度となく石を投げられたときにできた傷。
罠にかかったときの傷。
右腕だけで六つ。
全身に何か所あるかは、彼自身も把握していない。
ポーションは治癒力を高めるだけで、回復魔法のように何事もなかったように治せる代物ではない。
治癒力をブーストさせているから、一定以上治癒すると、もう治らなくなる治癒限界という欠点もある。
回復魔法が効かない彼は、普通の人より遥かに傷つきやすく、死にやすい。
だから、彼女の心配は無理からぬものだ。
リタも、そう考えているのか、口を挟まずにふわふわと浮いている。
「正直に申し上げます。私は今回のクエスト参加は反対です」
さて、どうやって説得したものか、とピーターは考える。
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