生き方に対する師匠と弟子
「ぴーたー!えほんいっぱいあるよ!よんで!」
「ああ、わかったよ。読んでも大丈夫ですか?あ、大丈夫なんですね」
ラーシンがうなずいたのを確認してから、棚から一冊の絵本を取り出して、読み聞かせを始めた。
「五人の勇者たち」「〈死霊王〉と〈天騎士〉」「英雄と悪魔」などなどメジャーな絵本がいくつも受付の傍の本棚においてある。
正直に言って、あまり、ピーターは絵本が好きではない。
絵本のたいていは、英雄譚だ。
実在した英雄が、悪を討つ。
完全無欠の勧善懲悪。
誰もが喜ぶ。
誰もが喜ぶと思える幸せな、優しい世界。
だが、討たれる方にしてみれば、どうであろうか。
少なくとも、ピーターは素直には喜べない。
リタは、自分がアンデッドという自覚に乏しいが、ピーターは違う。
いつだって死霊使いや、彼の愛するアンデッドたちは悪役で、勇者や騎士に踏みにじられる側だ。
おとぎ話は現実のきれいなところ――上澄みだけを救った話だと誰かから聞いた。
都合の悪いことや、痛ましい話は、カットされて英雄譚に加工されているのだということも。
これで上澄みなら、これが上澄みであるがゆえに、救いようがない。
最も無害な上澄みさえもが、ピーターの心を傷つけるのだから。
◇◆◇
やがて、読み聞かせが終わって。
「すみません、今終わりました」
「ああ、このお菓子、良ければ、一緒に食べるかい?」
「たべるー!」
「お言葉に甘えさせていただきます」
こういうやり取りも、いつもの流れだ。
皿に入ったクッキーがテーブルに置かれる。
リタが口をつけはじめ,ピーターもそれに続いた。
「これもおいしいよ?」
「おいしいですね」
「ピーター君は、甘いものが苦手だからね。これなら君も食べられるだろう?」
「ありがとうございます」
「ありがとー!」
ピーターは甘いものを食べたいわけではない。
甘さが控えめであっても、リタが喜んでいるなら、それでよい。
なおかつ、リタが口を付けたものを自分で食べられれば、更にいい。
そう思っている。
「本当においしいですね。ラーシンさんが作ったんですか?」
「ああ、そうだね」
「すごーい!」
ラーシンの目が、あらぬ方向を向いているのを見た。
立てかけられた写真を見る。
少しだけ焦げ付いた写真は、ラーシンと、それと同じくらいの年齢の女性、それと小さな女の子。
「確か、もう十年でしたか」
「ああ、もうすぐそうなるね。ありがとうね、君たちぐらいだよ。わざわざ妻と娘の墓参りに行ってくれるのは……会ったこともないのにね」
「ラーシンさんは恩人ですから」
まだ駆け出し冒険者だったころ、当時戦闘の要のハルがいなかったため碌に依頼もこなせず、くいっぱぐれていたピーター。
そんな彼を、店番として雇ってくれていたのがラーシンである。
ハルと契約したことで戦力が向上し、その必要もなくなったことでもうすでにやめているが、未だに付き合いがある。
商品を持ち寄って買い取ってもらうほかにも、プライベートで会いに行くこともある。
ピーターにとって、彼はもはやギルドマスターと同等かそれ以上に恩人だった。
彼は家族を最優先事項とみなしているが、それ以外に大切なものがいないということではないのだ。
「旧墓地にアンデッドが出ているらしいね。冒険者ギルドは何かをするつもりかな?」
「ええ、今度私たちが、クエストとして、調査に行きます」
「そうか……。最近は、児童誘拐も多発しているらしいし、物騒だよね」
「そうなんですか……」
「りたもきをつける!」
『奥様は大丈夫ですよ』
「そうだね、僕が四六時中見張っているから大丈夫だよ」
どうやら自分がいない間に、色々と事情が変わっているらしい、と察する。
「そう言えば、引き取って欲しいものがあるんじゃないか?」
「あ、これですね」
ラーシンに言われて用件を思い出したピーターは、アイテムボックスから物体を取り出す。
それは端的に言えば、鎧の残骸だった。
まるで何かに砕かれたような――もといハルの攻撃で粉々にされたものである。
「ああ、これはリビングメイルの残骸かな?」
「はい」
リビングメイルとは、鎧のアンデッドである。
意思疎通ができない個体であったため(そもそも大半のアンデッドはそういうものなのだが)、ハルが物理攻撃で再生できなくなるまで粉砕して倒したのである。
先日、ピーターは配達クエストで、近隣の村まで荷物を届けた。
しかし、村の付近で、リビングメイルと遭遇。
ピーターの補助魔法とリタの妨害、そしてハルの捨て身の攻撃により、リビングメイルのコアを破壊。
どうにか、討伐に成功した。
直後、それがピーターによるものと誤解され、襲撃されてしまったのだが。
最も、何とか荷物だけは配達したので、結果的にはすべてよしである。
「一応、呪いがあるかもしれませんので、ラーシンさんに処分していただけないかと。……教会に浄化してもらうのも難しいので」
「うん。わかった、買い取るよ。……これくらいでいいかな?」
「構いません。というか、こちらとしては手放せればそれでいいので」
「そっか、じゃあこれはこっちで処分しておくよーー【供物変換】」
宣言と同時に、テーブルの上にあった鎧の残骸が、跡形もなく消滅した。
「ありがとうございます」
それは、ラーシンの、〈拝魔師〉としてのスキルである。
この「ラーシン雑貨店」のもう一つの顔。
それは、〈拝魔師〉としてのスキルを活用した不用品や危険物の回収業者であり、処分業者。
ラーシンのジョブは、拝魔師系統上級職の〈高位拝魔師〉という。
端的に言えば、アイテムなどといったコストをささげることで悪魔を召喚するジョブである。
店内にいる門番としての悪魔も、彼がコストを消費して呼び出したもの。
〈従魔師〉と違い、戦力を出すためにあらかじめコストを準備する必要性がある。
さて、彼等の代表的なスキルについて【供物変換】というものがある。
文字通り自身の所有するアイテムや生物をポイントに変換する。
先ほど、交渉の結果、鎧の破片が
ポイントの上下は、その供物の価値で変動するが、捧げるものの種類に制限はない。
例えば、装備したものに害をなす呪いの武器。
例えば、使い道のないガラクタ。
例えば年老いてもう満足に動くこともできなくなったモンスター。
そういったものを買い取り、引き取って処分するのが彼の仕事だ。(危険でない者は、雑貨屋で商品として売られることもある。骨董品の類はほぼすべてそういう不用品の類である)
「はい、これお代ね」
「ありがとうございます」
ピーターは彼を心から尊敬している。
そういった力の使い方ができる彼を。
彼は間違いなく、そのスキルを活かして世の中の役に立っている。
それこそ、彼の顧客には、聖職者は騎士もいる。
本来忌避されるはずのラーシンの店で、である。
自分と、自分の願いのためだけに動いている自分とは根本的に違う人間だ。
自分も、そうありたいと思う。
そういう風に思える人だから。
どうすれば、自分もそういう人になれるだろうか。
石を投げられ、聖属性魔法を撃たれるのが当たり前のピーターが、どれだけやれば。
「ラーシンさんは、すごいですね。僕は……」
「ピーター君」
ラーシンは、机をはさんで、ピーターの目をまっすぐ見る。
モノクル越しに、彼のまなざしが真剣なのだと伝わる。
「人には、役目がある。人それぞれの社会における役目が、ね」
商人として、ものを売る。
聖職者として、人をいやす。
冒険者として、人にあだなすモンスターを狩る。
それぞれの役目が、あると彼はいつも語る。
「私の役目と、君の役目は違う。……頼んだよ?」
「任せてください!」
「まっかせてー」
『承知しました』
心優しい、人生の師匠。
だから、ピーターは誓うのだった。
また、墓参りに行くと。
ラーシンを、墓参りに行かせると。
それが、彼の人としての役であるはずだから。
・旧墓地
元々、普通に使われていた庶民用の共同墓地。
しかし、普通に危険なので、最近では使う人はほとんどいない。
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