それが、彼の旅路だから
レヴィを格納した、幽人体はまっすぐ上へと昇っていった。
高く、高く昇り、結界を突破した。
直後、結界の外で格納したレヴィを吐き出した。
「……私を、結界の外に出したね。なるほど、これが狙いか」
レヴィは、自分の状況を確認して結論を出した。
「これで、もう霧は使えないぞ」
ピーターはわかっていた。
自分では、彼女を倒すことは出来ないと。
それは、結界内に残っている戦力がすべて集まっても、どうしようもないのだろうとも彼は予測していた。
そうでなければ、すでにほかの誰かが彼女を制圧していたはずだからだ。
この街には、先ほどまで彼女と交戦し、禍々しい呪具を展開する、超級職らしい男もいた。
さらに、アルティオス最強と目される〈魔王〉アラン・ホルダーもいる。
だがしかし、それでも彼女を止めるには至らなかった。
彼らに無理である以上、ピーターや〈猟犬の牙〉程度では倒せるはずもない。
だから、こういう手段をとった。
虐殺を止めるための最善手だから。
そして、結界の上で【降霊憑依】が解除される。
ピーターは、浮遊能力を失って、透明な結界の上に放り出される。
幸い、結界があるゆえに落下死の心配はないが。
「ご、ごぼ、げほっ、ごぼぼぼぼっ」
「ぴーたー!」
ピーターが、血を吐き、目と鼻から血をまき散らしてその場に倒れ伏す。
もとより、今日だけで何度も【降霊憑依】を使用してきた身。
元々、レヴィとの戦闘以前から【降霊憑依】やハル抜きでは戦闘どころか移動すらままならない状態であった。
そこに、更にダメ押しの【降霊憑依】である。
彼の魂は、限界直前まで汚染されている。
立っていることさえもできず、もはや戦闘はできない。
意識を保っているだけ、奇跡と言える。
意識を保ったまま、顔にある七つの穴全てから血を流し、痙攣までしている。
呼吸も浅く、瀕死と言える状態だ。
「ぴーたー、ぴーたー。しっかりして!」
リタは、ピーターの隣で泣きながら叫んでいる。
彼女は、アイテムボックスを開けようとして、しかし霊体ゆえに叶わない。
本体をだせば叶うかもしれないが、しかして
言動が見た目相応に幼いリタだが、何も考えていないわけではない。
「愚かな、人間とは本当に愚かだよ」
吐き捨てるような声がした。
「誰が、【神千霧】|が結界の外では使えない《・・・・・・・・・・・》なんて言ったんだい?」
「え?」
リタは、その言葉の意味が理解できた。
ピーターは、レヴィと激突する直前に、考えをリタたちに説明していた。
霧を結界の外から使えるのなら、彼女が結界の中に入る理由はない。
眷属に血を撒かせるだけ撒かせて、霧による攻撃は結界の外から行えばいい。
それゆえに、ピーターは射程に限界があるという仮説を立て、その仮説を元にレヴィを待ち伏せした。
待ち伏せが成功した以上、彼の読みは間違ってはいなかった。
けれど、完全に当たっているわけでもない。
「【神千霧】は私が【鬼血創操】を改変して作った術式だ。結界外部からも操作可能なようにアレンジすればいいだけのことだよ」
「そ、ん、な」
リタは彼女の言葉の意味がわかった。
それゆえに、絶望した。
「まあ、少しだけ射程が縮んでしまうからね、一割くらいは生き残っちゃうかなあ?」
そんなことを言いながら、彼女は、集中を高めて【神千霧】を使おうとして。
ピーターの手が、彼女の足首を掴んでいた。
「邪魔だなあ、君」
彼女の中では、すでにもうピーターはいないものとして扱われている。
人は、死ねばいないのと同じ。
瀕死であってもいないのと同じ。
それが、彼女の価値観だった。
そのまま、足を振るって彼の手を振りほどく。
「ぴーたー!」
「……無様な」
「なんで、ぴーたーがぎせいにならなくちゃいけないの?どうしてぴーたーがきずつかないといけないの?ぴーたー、なにもわるくないのに!」
「違う、よ、リタ」
ピーターは、言葉を紡ぐ。
か細い声で、それでも確かに意思を持って。
「僕は、誰かのせいで、傷ついてるとか犠牲になっているわけじゃない」
「みんなで、幸せになるためなんだ」
「僕は、ずっと誰かに支えられて生きてきた。いや、生かされてきた」
それは、うわごとか、あるいは彼の本音か。
少なくとも、彼の人となりを知らない〈神祖〉にはわからない。
けれど、リタには理解できた。
これが、彼の心からの言葉であることが。
「店長に、生かされた。ギルドマスターに、友達に、仲間に、そして家族にーー何よりリタに生かされた」
「社会の中で、大切な人共に生きる。それが、僕の歩む道だ、歩んできた旅路なんだ」
「だから、今回も、その道を歩むだけなんだ」
「そうでしょう、師匠」
彼の言葉は、誰に向けてのものか。
それに答える声はなく。
ただーー空間が凍り付いた。
「ピーター、よくやったわ」
その声は、すでに凍結して、コールドスリープ状態になっているピーターには届かない。
けれど、彼の顔はどこか満足げだった。
凍る直前、自分が凍っていくことを自覚したから。
そして、凍らせたのが誰であるかを理解していたから。
かつん、かつんと。
その人物は、障壁の足場を展開した状態で、悠然と歩いてきた。
その態度は、まさしく女王と呼ぶにふさわしい不遜で不穏で不動な態度。
それが王道であると、全身で表現していた。
近づいてくる、彼女の姿を〈神祖〉もリタも捉えていた。
そこにいるのがなんであるのかわかっていた。
彼女の傍には、蛾と、鴉と、河馬に似た姿の精霊が存在していた。
彼女は、五色の派手過ぎるドレスを身にまとっていた。
彼女の目は、目だけは怒りに燃えていた。
それは、この都市を滅ぼさんとしたことへの怒りではない。
ただひたすらに、己の最も大切な人間を傷つけてきたことに対する怒りだった。
彼女の弟子を踏みつけられたことに対する、正しい怒りに燃えていた。
「よくもやってくれたわね、〈神祖〉」
”妖精女王”が、魔杖ロードウェルを彼女に突き付けていた。
「ははっ」
〈神祖〉は気づく。
最初から、ピーターはこれが狙いだったのだと。
普通に考えて、ピーター達では手に負えない。
だから、せめて【神千霧】だけでも防ごうとしたのだろうと、思っていた。
違っていた、無欲や妥協の対極。
これしかないとわかっていたから、ピーターはそれを実行した。
今この場にいるもののうち魔杖ロードウェルが、シルキーだけがレヴィを倒せると判断して、託した。
そして今、その賭けにピーターは勝ち、王手をかけられている。
「やってやろうじゃないの!」
レヴィもまた、闘争心に目を輝かせる。
魔杖ロードウェルを前にして、逃げるのは得策ではなく、意味がない。
だから、戦おう。
彼女の全身全霊を込めて。
シルキーを倒して、障害を取り除き、『百万滅尽』を成功させるために。
レヴィは、掌を裂いて、夥しい量の血を流す。
そしてそれを全て武装へと変じていく。
シルキーもまた、魔力を体から発し、術式を展開する。
配下の精霊たちも同様だ。
「ははははははははははははは!」
「……はっ!」
心からゲームを楽しむ歓喜の声と、心底相手を疎ましく思うが故の吐き捨てるような声。
それを皮切りに、両者は激突した。
〈神祖〉レヴィ・マリーブラッドと、〈精霊姫〉シルキー・ロードウェル。
〈吸血鬼〉の支配者と、精霊の女王。
世界で最も不死身に近い者と、世界で最も戦闘能力の高い魔術師。
今夜、ハイエンドで、否。
今夜この世界で行われる、最も凄まじい戦いが、幕を開けた。
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