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”邪神”の人格

「んっんー。似ているねえ」



 戦闘開始からわずか三秒。

 彼女の感想がそれだった。

 


「似ている?」



 ピーターとしては、相手の間隙をつくことが必要であったがゆえに、彼女の言葉に口をはさんだ。

 会話で彼女の意識をそげればいい、と考えていた。

 隙をつかないと、彼の策は通じないと考えられるから。




「私はね、かつて仕えていた方がいたんだ」

「”邪神”か」

「なんだ、知っていたのなら話が早い」



 むしろ、知らない方がおかしいだろう。

 かつて、世界を滅ぼさんとした最悪の災厄。

 ”邪神”不死王。

 そして彼女は、その部下として、殺戮を繰り返してきた大罪人の一人である。

 


「”邪神”、”邪神”ね……」



 ピーターは知っている。

 彼の師匠が教えてくれたこと。

 彼は、”邪神”とは違うといってくれた。

 だが、一方で〈神祖〉は似ているという。

 どちらの意見も、似ているといわれても、似ていないといわれても、今の彼には理解できた。



「それで、どこがその”邪神”に似ているんだ?」



 会話をしているが、それだけではない。

 壁を貫け、床を貫け、家屋を貫け、空を飛び回り三百六十度あらゆる角度から攻撃を仕掛ける。

 この、物理的な障害も、結界も全てをすり抜けることによってなしえる三次元起動こそが、【降霊憑依】ーー幽人体の最大の長所である。

 さらに、透過能力によって、武器や防具などもすり抜けて直接殴りつけることができる。



「そうだねえ、君、思い出したよ。昨日会ったでしょ?」

「そうだな……」

「つまり、あのギフトーー【邪神の衣】は今君が持っているってことだ」

「……どうかな」



 彼は、自身の手札が割れていることに動揺しつつも、言葉を返す。

 だが、内心で冷や汗をかいていた。

 無論、昨日のことを彼女が覚えていれば、人払い用の認識阻害結界を無効化したピーターが、【邪神の衣】を持っていることを看破するのも道理だ。

 それを見抜かれたこと自体は、どうでもいい。

 だが、彼が【邪神の衣】を持っていることを知られたということは、彼の策を見抜かれる恐れがあるということ。

 【邪神の衣】と、【降霊憑依】と、あと一つ(・・・・)

 最後の札を読まれているかどうかで、彼の策がはまるかどうかが決まる。

 会話をしながら、攻撃を繰り出しながら、彼は極めて冷静だったが。



「能力や、バトルスタイルはあの人に近い。とはいえ、人を捨てていないから下位互換かな?」

「それはどうも」



 〈降霊術師〉系統上級職には、二通りある。

 一つは、ピーターが選んだ人間としてアンデッドを御する〈冥導師〉。

 もう一つは、〈僵尸〉のようにアンデッドと化すことでより攻撃的になる〈不死導師〉。

 ”邪神”こと〈不死王〉は、後者であり、そういう意味でピーターと彼はあり方が異なっている。

 そんなわかり切ったことを、彼女は言っているのかと思いながら、攻撃の手を緩めない。

 〈神祖〉もまた同じこと、手から血を流して発条(・・)を錬成。

 そのまま、自身を弾き飛ばしてピーターとは全く違う手法での立体機動を成し遂げている。

 そんなこともできるのか、とピーターは思いながら、先回りして触れようとする。

 互いにわかっている。

 レヴィに触れれば、ピーターの勝ち。

 触れずに振り切られてしまえば、レヴィの勝ちである。



「そうそう」



 ゆえに、冷静さを保ったままピーターは、攻め続けようとして。



「ごっこ遊びーー家族ごっこが好きなところが、あの人と同じだね」

「ーーあ?」



 彼女のその言葉に、初めて冷静さを失った。

 ラーシンの言葉を、思い出したから。

 ――借り物の家族で満足している奴に!

 彼は、そんなことを言っていた。

 偽物で満足しているものには何も口出しされたくはないと。

 最後、彼がどう思っていたのかは結局のところ分からない。

 けれど、それがラーシンの言葉であるというのもまた事実であった。



「あの人はねえ、アンデッドとともに生きていた。まるで家族のように配下のアンデッドを愛していたし、本当に大事に思っていた」

「…………」

「けどねえ、結局はまがい物なんだよ。人に拒絶されたから、人に愛してもらえなかったから、人の温かみを知らないから、妥協の産物としてアンデッドを愛でていたに過ぎないのさ。哀れなものだよ」



 

 それは、ピーターも同じだと、彼女は言う。

 リタも、ハルも、ミクも、全てが人の下位互換に過ぎないと、人の妥協に過ぎないのだと。

 何でも思わないように、あざ笑った。



「クソオオオオオオオオオオおおお!黙れええ!」

「はっ、青いねえ!」



 冷静さを失ったと判断し、彼女は反撃の構えをとる。

 左手で剣を錬成して、目に突き出す。

 が、その剣はすり抜ける。

 直後、右手(・・)に持った彼女の剣が、彼の体を切り裂いていた。



「あ、ぐ」

(やっぱり、オートじゃなくて透過は任意だね)



 剣で死角を作り出し、その隙に別の剣で切り裂く。

 彼女は、彼の手の内を見切っていた。

 けれどまだ、彼は止まらない。



「無駄で――」



 その時、わずかに彼女の体が揺らぐ。

 それは、遠距離からの攻撃。

 弓矢と魔法、投擲など、味方からの援護である。

 すでに、足止めは全滅していた。

 あとは、〈神祖〉のみである。



「ちいっ」

「ありがとうございます!」



 ピーターがコートを脱いで、そこにはいた。

 とっさに、手足による攻撃を回避しようとして反応が遅れた。



「無駄あ!」

「ーー格納」



 コートを脱ぐと、そこには黒い異空間が広がっていた。

 幽人体は、ゴーストハウスことリタとの融合。

 この幽人体の特性は二つ。

 一つは、ゴーストとしての透過能力。

 もう一つは、ハウスとしての特性、つまりは格納(・・)である。

 コートの内側にある、一部屋程度の広さの空間。

 それをもって、今レヴィを体内に封じていた。



「ふおっ!」

「格納、完了だ」

「く、出せ!」

「無駄だよ」



 幽人体は、リタとは違い異空間への格納。

 オリジナルより収納できる体積が減り、幻覚やドレインが使えなくなる代わり、内側から破壊されて脱出されることはない。

 元々、シルキーを助けるのもこちらを使う予定だった。


 

「さっきの、妥協がどうたらって、人の温かみがどうたらって話だけど」



 ピーターは、緑色の目で内部にいる彼女を見つめて。

 


「虐殺者が、人を語るなよ」

「うん?」

「人を殺して、生活を破壊して、人の屍を踏みつけにして何と思わない鬼畜外道が、よくもまあ人間らしく喚けたものだな、って言ったんだよ」

「……は?」

 


 わずか、ほんの僅かではあったが、暴れていたレヴィが固まる。

 ゲーム感覚であろうと、いやゲーム感覚であったからというべきか。

 棋士が、対局相手に恐れをなすことがあるように。

 ゲームであると、その盤面にある駒としてしか見ていなかったはずの彼を。

 初めて、レヴィは恐れた。

 それは、封印されているからか。

 あるいは、中に入ったことで、初めて人の感情に強く触れたからか。

 

 

「わかったよ。あんたのことが」

「わかった?」

「あんたは、どうでもいいんだろ。敵も、味方も、そして自分のことさえも」



 そもそも、この時点でおかしいのだ。

 なぜなら、この計画は〈神祖〉がいなければ破綻する。

 むろん、〈神祖〉本人が考えたものだから、彼女自身が関与するのは当然の話である。

 だが、計画した本人が実行犯になるのは、どう考えてもおかしい。

 封印などをされるリスクもあるし、本来そういうリスクは実行犯に追わせて、立案者は高みの見物をするべきなのだ。

 自分の実力に自信があるから、でもない。

 彼女と戦って分かったが、彼女はたいして強くはない。

 生存能力は高いが、戦闘能力は超級職の中では低い部類に入る。

 それは、彼女自身も理解していることである。

 それでも、このリスクを彼女は構わないと判断した。

 自分が最もリスクの高い部分を請け負わねばという高潔さではない。

 彼女自身さえも、どうでもいいと思っていたからだ。



 周りの、何の罪もない人達も。

 使い潰して血だまりに変えた、部下の眷属たちも。

 尊敬するべきかつてのボスも。

 そして、自分のことさえも。

 生きようが、死のうがどうでもよいのだ。

 ただ、全てを駒と考えて、ゲームをしているだけのこと。



「あんたは、やっぱり止めなきゃならない」

「ああ、うん。止まられるなら、止めてみなよ。私をもっと楽しませてくれ」



 追い詰められて、それでも彼女は不敵に笑う。

 その言葉を皮きりに、ピーターは上に飛翔する。

 彼女の虐殺を止めるために。 

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