霧
「水は、霧に変じる」
ラーシンは、そんな伝言を残していた。
霧を防げとも言っていた。
霧。
本来は、視界を妨げるものでしかない。
仮に今、ハイエンド中を霧が覆ったとしても、大したことはないはずだ。
せいぜいで、あわてた人たちが転ぶくらいのものだろう。
だというのに、それを
「まずいわね……」
彼女の隣には、赤と緑の羽で体を構成された蛾がいた。
キラキラと輝く金属粉と、ゆらゆらと揺らめく炎で作られたような、不確かな四枚の羽。
それが結界に触れた傍から結界が蒸発している。
それこそは、彼女が扱う四体目の精霊、ガーネット。
火山灰をつかさどる精霊である。
彼女の所有する精霊の中で、最も火力に優れた精霊である。
その火力はすさまじい。
それこそ、今まで一度も彼女は実戦では使っていない。
〈教皇〉との戦闘でも、〈神界師〉マルクス相手でも、だ。
その理由は、火力が強すぎるからだ。
近くにいるものを巻き込みかねない。
〈教皇〉との戦闘では、ピーターや本島にいる住民が。
そして、マルクスとの戦いでは、結界に穴をあけてしまったので、そこから漏れ出した余熱で、ハイエンドを焼き尽くしかねなかった。
ゆえに、出すことができなかった。
シルキーは、結界の内部を見ている。
今この瞬間も、結界を壊そうとしているが、うまくいっていなかった。
いや、破壊は現在進行形で進んでいるが、壊れたそばから修復されている。
ゆえに、結界を破壊するには、蓄積された魔力を全て消費させる必要がある。
なので、一時間経ってもなお半分程度しか魔力を消費させることができるかできないか、という程度のペースでしかない。
逆に言えば、シルキーの主観では二時間もあれば、国家レベルで作られた結界を破壊できるということでもあった。
「急がないと……あれを使われたらすべてが終わる」
シルキーは、まっすぐに内部を見つめていた。
そこには、街があって、人がいて、そして鬼がいる。
彼女は、上部からただ一人の鬼を見ていた。
多くの攻撃をまともに受けながら、笑っている金髪赤眼の女。
血をまき散らし、配下の雑魚鬼を使い捨てながら、追跡者たちを煙に巻き続けている。
「本当に、相変わらず醜悪だわ」
心からの言葉を、彼女は吐いた。
「それで、どういうことなんですか?」
ピーターは、ハルに乗ったまま移動している。
一方、ルークたちはハルに乗っていない。
ルークが、ミーナをおぶって走り、一方でイスナがフレンを抱えている。
イスナとフレンが、ミーナを羨ましそうな顔つきで見ているが、ルークはまるで気づいていない。
閑話休題。
ルークたちがハルに乗らず、自らの足で移動しているのは、少しでも早く目的の人物のところに着くためだ。
「〈吸血鬼〉の血が毒なのは、解説しましたよね?」
「ええ……」
「結構、強い毒なんだロ?アンデッド化したピーターにも効くくらいだし」
「まあ、それについては少し事情があるらしいですよ。そもそも上位の吸血鬼ほど毒性が強いんです。ラーシンさんは、かなり上級だったので僕にも影響があったんです」
「そうだったんすね」
そうでなければ、そこらの吸血鬼の返り血を浴びた冒険者も毒にり患しているはずである。
「話を戻しましょう。彼女は、〈神祖〉レヴィ・マリーブラッドは流した血液を操れるというスキルを持っています」
それは間違いない、事実だ。
「問題は、どこまで操れるか、そして誰でも操れるのか、です」
「……?」
ルークたちは、全く分からない状態のまま、ピーターの話を聞いていた。
「今この街には、毒を含んだ血が、あちこちに散らばっています」
「〈神祖〉という職業は、〈吸血鬼〉の支配者です。力を与える代わりに、眷属や〈吸血鬼〉は彼女に逆らえません」
「そうだったんですか」
実際今この瞬間も、彼女の力で暴走させられた眷属たちが、街中で暴れまわっていた。
「支配できるのは、眷属の心だけではないとしたら?」
「え?」
「眷属の血も、支配できるとしたら?」
「まさか……」
「「「……っ!」」」
最初に、ミーナが気付き、少し遅れて他の三人も気づく。
なぜ、レヴィ・マリーブラッドが今回の騒動を起こしたのか。
もっと言えば、何をするつもりなのか理解したからだ。
ラーシンは、この街にいる人間がすべて滅びる前提だった。
おそらく、ピーターだけは逃がそうとしたのだろうが、それはいい。
問題なのは、虐殺を完遂するのは誰であるのか。
まず間違いなく、超級職たる〈神祖〉であると考えるべきだ。
では、彼女はどのように事を為すのか。
〈神祖〉の性格は、二つの要素を含む。
一つは、愉快犯。
人の命を何と思わず、躊躇なく弄ぶ外道。
もう一つは、策士。
大道芸人に紛れて部下を配置したり、認識阻害の結界を展開して人員を隠していたりと、意外にも準備を丁寧かつ巧妙に行う性格。
ピーターに、認識阻害結界を見破られていたが、あれは本来例外的だった。
それこそ、ピーターがあの時気づいてシルキーに報告できていれば、このようなことにはならなかったかもしれない。
誰も死なずに、すんだかもしれないのに。
「ピーターさん?」
「おい、大丈夫カ?」
「え、ああ大丈夫ですよ」
少し考えがそれたことを反省しながら、考えをまとめていく。
つまり彼女は計算高い愉快犯であり、何の計画もなく配下に血を流させるようなことはしないはずだ。
つまり、彼等の流した血には意味があるということ。
「〈神祖〉は、配下の血を材料に、毒霧を生成して、それを街全体にばらまく気なんだと思います」
「……そういうことっすか」
ここまで街が追い詰められている状況で、更に全域に毒霧をばらまかれたら、本当に全滅しかねない。
だから、止めなくてはならない。
「ルークさんたちとハル、ミクは、もしたどり着いたら、〈神祖〉の周りにいる配下たちを引き離してください」
『『了解』』
「……ピーターさんは、どうするんですか?」
「僕が、いえ」
ピーターは少し遠くを、【鬼血創操】を用いて上空を飛んでいる〈神祖〉を見ながら。
「僕と、リタで〈神祖〉に対処します」
無謀としか考えられない発言をした。
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