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誰のために

 刺さった左腕を引き抜くと、ラーシンの胸からは血が噴き出した。

 当然だ。

 彼の左腕は、ラーシンの胸部を完全に貫通している。

 鬼ゆえに、生命力は強いはずだが、これほどの傷を負っては、もはや長くは持たない。

 まだ生きていることが奇跡だ。



「貴方の、負けですね」

「…………」




 向き合った状態で、ピーターは宣言する。

 もはや勝敗は決した。

 すでに、ピーターはリタとミクを【霊安室】へと収納する。

 ゆえに、ラーシンももはや動いていない。

 動く力が残っていないだけかもしれないが。



「間違っていたと思うのか?」

「はい?」



 ラーシンは、言葉を紡ぐ。

 口から血を、実際にまき散らしながら、それでも言いたいことがあると残り少ないであろう命を削って。

 もう、ピーターと言葉を交わすことは叶わなくなるから。



「私は、私達は生きてはいけなかったのか?こうやって、死ぬべき存在だったと生まれながらにきまっていたというのか?」

「……」

「私たちは、この世に生まれてはいけなかったのか?」



 それは、ラーシンの本音だった。

 悪魔と呼ばれ、差別を受け続けた。

 その中で得ようとした小さい幸せを踏みつけられた。

ならば、彼は生まれるべきではなかったのだろうかと思った。



「僕は、貴方が生まれてよかったと思っています」

「え?」

「僕は今、人は、意外と悪いものではないと思っているんです。もちろん、攻撃をしたりもします。殺されかけたことも、一度や二度じゃありません」



 ピーターは、目をラーシンからそらさなかった。

 けれど、意識は少しだけ別方向に向いていた。

 それは、後ろで心配そうに見守っている三人の元兄であり、自分の手を見て、「一体何をしているんだ」という顔をしていた元父である。

 あるいは、今この瞬間も戦いを続けているであろう、とある一人の〈聖騎士〉である。

 たとえ、一度、或いは何度も殺されかけたとしても。

 きっと、人はそれだけでは判断できない。



「それを教えてくれたのは、貴方だったんですよ」

「……!」



 友を得た。

 恩人に助けられた。

 師匠に教えられた。

 学友とともに学んだ。

 けれど、最初に出会った人は。

 初めて救ってくれた人は。

 目の前にいる、男だった。



「僕は、僕を殺されかけたところで、人に絶望しようとは思いません」

「……そうかい」

「貴方も、そうだったんでしょうけど」

「……そうだったね」



 



「……あなたは、他人をちゃんと見ていましたか?」

「…………」

「ラーシンさん。僕は、貴方の奥さんと娘さんの墓参りに行ったことがあるんです」

「あそこは、危険なので、普通は何度もいけません。まあ僕は、ハルがいたので大丈夫でしたが」

「……?」



 ラーシンは、何を言おうとしているのか、わからなかった。



「そんなだから、誰も墓参りには行っていなかったんでしょうね。草むしりは全部僕がやっていました」

「……それは、ありがとう」

「でも、それは貴方でもできたはずだ」

「ーー!」



 ラーシンが、ピーターの方を向く。

 実際に、墓参りに行くことはラーシンでもできた。

 今回のテロのために用意した蓄積を、墓参りに使っていれば良かったはずである。

 


「貴方がするべきだったのは、人殺しの手伝いじゃなくて、草むしりだったんじゃないですか?」

「…………そんな下らないことのために、理想を捨てろと?」

「くだらない?本当にそうでしょうか」



 ピーターは、じっと見つめる。

 その目から、どろりと赤い血が流れ出すが、それには取り合わずにピーターは続ける。




「家族を失った悲しみと憎しみの八つ当たりで虐殺に加担するより、家族を思って静かに生きることの方が、きっと苦しくて、でも遥かに、尊いことだったのではないかと僕は思います」

「……はっ」



 ラーシンは苦笑した。

 「まあ僕も、家族の敵討ち自体は否定しませんけど」とピーターは補足した。

 ラーシンは苦笑していた。

 自分がかつて考えて、妻とともに作り上げたかつての理想。

 妻と娘の死で、完全に否定されたと思っていたそれが、まだ続いていたことに気付いたからだ。

 


 ピーターは、こんな自分を慕ってくれていた。

 ラーシンが復讐に燃えていることに、憎悪に振り回されて、虐殺に加担していることには気づかないまま。

 けれど、ピーターは彼に感謝し、頻繁に店を訪れ、墓参りにまで来てくれた。

 家族を失った後で、出会った。

 唯一、自分を愛してくれる人。

 そんな人とのつながりを、きっと大事にすべきだったのだ。

 そして、もう一つ気づく。



「君が、私を殺す決心をしたのは、家族を傷つけられた(・・・・・・・・・)からだね?」

「はい」



 ピーターは、一度目の交戦の時は殺すつもりは全くなかった。

 ダメージを与えて制圧できればそれでよしと思っていたから。

 だが、ラーシンは一度目の交戦でミクとリタを傷つけた。

 逆に言えば、ピーターにとって、自身が傷つけられたことは、何とも思っていなかったのだ。

 「殺してやる」という憎しみではない、ただ「家族の敵は殺さなければならない」という使命感が、彼を動かしていた。

 無論、虐殺や誘拐事件などの悪時に加担していたことへの怒りはあっただろう。

 が、ピーターの根底は、家族である。

 怒りに振り回されず、冷静に為すべきことを為していた。

 その結果が、格上であるはずのラーシンへの勝利である。



(結局、私は自分のために戦ってきたんだな)



 家族がいた時はそうではなかったかもしれない。

 自分が認められることを願いつつも、家族の幸せも叶えたいと思っていた。

 けれど、失ってからは明らかに変わった。

 子供を我欲のために殺すクズや、人の死をゲーム感覚で楽しんでいる下衆に与し、誘拐事件に加担した。

 社会をよくしたいと思っているならば、社会のために生きているのならば、それをするべきではなかった。

 そして今回、十年の蓄積を用いて、王都にいる|百万の住民を根絶やしにする《・・・・・・・・・・・・・》計画に参加している。

 ただ、自分が社会に認められていなかったことが、許せなかったから。



「ピーター君」

「はい」

「私が言うことでもないかもしれないが、共同墓地に一度足を運んでくれないかな?私はもういけないから」

「はい」

「家族を、大切にね。自分の命も、大事にするように」

「はい」

「霧を防ぎなさい、君ならできる」

「……?はい」

「ピーター君」

「……はい」

「殺すべきものを殺したなら、誇りなさい。社会の一員でいたいのなら」

「…………」



 ――殺してくれて、ありがとう。

 最後に。

 そう言われた気がした。



 ◇



 死んだ直後、彼の体は破裂した。

 内臓が、肉が、皮膚片が、そして何より血をまき散らしていた。



「ピーターさん!」

「近寄らないでください!」

「〈吸血鬼〉やその眷属の血は毒なんですよ。だから、貴方たちも近づいたらダメです。巻き込まれます」



 それを教えるように、彼の目や鼻から血が噴き出す。

 毒が、半ばアンデッドであるピーターの体を侵しているのだ。

 すぐさま、彼は【降霊憑依】を解除した。

 【降霊憑依】が解除されさえすれば、肉体へのダメージや状態異常はすべてリセットされる。

 体にたまった毒でさえも、リセットできる。

 とはいえ、そもそも【降霊憑依】のダメージも大きい。

 口から、毒によるもの以外の血がまき散らされる。



「ぴーたー!」



 リタが、あわてて【霊安室】から出てくる。



「ピーター、もう休もう?」

「いや、まだやらなきゃいけないことがあるよ。僕にしか、できないことが」

 

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