大地よ掴め、明日を掴むため
「ピ、ピーター」
「さっさと逃げたほうがいい。ここは危険だ、ここから少し離れた場所に、別の避難所があるからそっちに」
家族だったものに、指示を出しながらピーターは、なんとなく彼らの事情を察していた。
避難所を目指してここまで逃げてきたのか、あるいは先ほどまでいた避難所が壊滅したか。
そういう理由で逃げてきたのだろう。
ならば、戦うためにこの場に留まるピーターと関わる必要などどこにもない。
だから、関わらない。それでいい。
かつての家族と再会し、ピーターは動揺を抱えながらも、その目と体はラーシンの方を向いていた。
ラーシンは、まだ傷はいえていない。
そも、悪魔は治癒能力はさほど高くない。
だが、体勢は今のピーターが無駄にした時間で立て直した。
「よもや、その程度の理想だなんて、がっかりだよピーター君」
ラーシンは、悪魔と融合した顔を少しだけ歪めた。
彼は、自分同様の理想を抱くに足る存在だとピーターを評価していた。
「僕に、理想だなんてたいそうなものはないですよ」
「だろうね……。愚かしいにも程があるよ」
「少なくとも、僕には不要なものですから」
「……そうか」
今のラーシンの理想は、娘と妻を失ったことに起因する。
家族を失ってなどいない彼に、その理想は必要ない。
当然の話ではあった。
(殺す、しかないかな)
もう、会話でどうにかなる領域はとうに過ぎている。
いや、とっくのとうに過ぎていた。
それでも、彼が今まで殺そうとしなかったのは。
仲間にしようという打算があったからか。
あるいは、情があったからか。
それを考える意味はない。
「解除。【魔人降臨】」
ラーシンは、アーティラリーとの融合を解除して、デーモン・ファイターと融合する。
火力は減るが、近接戦闘においては、こちらの方が優位だ。
何より、一度融合を解除すれば、融合中に追った怪我は基本的にリセットされる。
だから、クールタイムが空ける前に倒すか、あるいはコストが尽きるまで殺し続けることが求められる。
コストが尽きることは、まずない。
十年以上かけて蓄積してきたものだから。
そして、ピーターにはもう持久戦はできない。
この【降霊憑依】が尽きれば、もう戦闘行動はできなくなる。
まして、装甲の大半をピーターは失ったのだから。
「じゃあ、こっちもだ」
ピーターもまた、己の姿を変える。
より戦闘に適した状態にするために。
頭部から、足から、あちこちから煙が上がり、肉が露出した彼の体を作り変える。
「その姿は……」
ラーシンは、嘆息する。
一言で言い表すならば、肉と骨の異形。
頭部は、竜骨の髑髏が覆っている。
そして、先ほど外骨格を皮ごとにも攻撃用に残していた右腕の刃を構えていた。
あとは、僅かばかり、足や関節部分などの重要な箇所のみ外骨格が修復している。
速度と攻撃力を維持しつつ、そのために防御力を捨てた形だ。
(自己修復を、全身ではなく、重要な部位のみにほどこし、修復速度を大幅に引き上げている。そこまで改変術式を使いこなせるのか)
彼が、アンデッドにとってありふれた【自己修復】というスキルを改変術式して使いこなせる理由。
それは、修行の成果というのもあるが、何よりも上級職への転職が理由だった。
ピーター自身がアンデッドのスキルを使いこなせる時間は、【降霊憑依】でアンデッドと融合している時間だけ。
体に反動を伴うスキルゆえに、乱発できず、修行に組み込むのも困難だった。
しかし、格上との戦闘でレベルが上がったことで、【降霊憑依】の反動が小さくなり、結果として複数回使うことも可能になっていた。
シュエマイとの一件の後、それを見て取った、シルキー・ロードウェルはこう考えた。
「アンタ、とりあえず【降霊憑依】中での改変術式も修行に組み込むわよ」
「ひえっ」
そして彼は地獄のごとき……治癒限界すれすれの修業を経て、応用が可能になったのである。
ピーターも、ラーシンも、それぞれに積み上げてきたものがある。
だからきっと、もう。
「言葉はいらないでしょう」
「そうだね……必要ない。大事なのは、理想と、それにそぐわない敵を排除する……力だけだ」
二人は、どちらからはわからない。
お互いに白兵戦を望むがゆえに、飛び出していき。
ラーシンが、先に足を止めた。
いや、止められた。
「な……?」
「隙ができましたお兄様!」
「よくやった!」
ラーシンは気づく。
彼の体を、固定している存在に。
彼の足を掴む両手に。
地中から、ミクが足を掴んでいた。
「あし、を」
【死後硬直】で、両手を硬化。
そして、【ハルバード・スマッシュ】によって石畳を破壊、最初の穴をあけた。
その穴に、【尸廻旋】を使用して地中を潜り、なおかつ【死後硬直】で強度の上がった両手をドリルのように体ごと回転させながら移動していった。
そして今、彼女はピーターの指示を受け、地上に出てラーシンの足を掴んだ。
ピーターの全力の一撃を、当てさせるため。
さらに、もう一手。
「リタ!」
「はーい」
幻覚やドレイン効果は、悪魔と融合した彼にはさほど影響を与えない。
だが、問題はそこではなく、そもそも彼は収納されていない。
リタの本体は、ラーシンの頭上に出現している。
それが落下すれば、
それを受け止めるため、左手はふさがれた。
「まだあ!」
ラーシンは剣を振るい、両手首を切り飛ばさんとする。
もとより、この剣は、刃に触れた者の強度を無視して切り裂く剣。
ゆえに、強度など関係ない。
左手首を切り落とし、地面にめり込み、右手首を切り落とそうとして。
「あ……?」
地面にめり込んだ剣が、固まった。
まるで、セメントが固まってしまったみたいに、柔らかかった地面が急に硬くなった。
刃以外の部分を固められては、防御不能の剣も無意味。
それは、「地面の性質を変える」という〈農家〉系統のスキル。
ラーシンは、視界の端に三人の青年と、一人の中年を見て取った。
【鑑定】するまでもなく、彼等が〈農家〉であることはは明らかだった。
非戦闘職である彼等には、戦闘の速度に追いつくことなどできない。
ただ、動きが止まった何秒かの隙をついて、スキルを行使することは可能だ。
「ーー」
ピーターの目には、何の感情も読み取れない。
何を考えているのか、何も感じていないのか。
そもそも、気づいているのだろうか。
家族だったものと割り切り、彼が切り捨てたはずのもの。
それでいて切り捨てきれなかったものたちが、彼を助けようとしたことを。
だが、その二択に意味はない。
気づこうが、気づいてなかろうが。
何を思っていようと、思っていまいと。
彼の緑眼は、まっすぐにラーシンだけを見つめているから。
「く、そ」
「貴方に、仲間がいれば負けてましたよ」
ピーターは、右腕をーー彼の最大威力の一撃を。
全身全霊を込めて、振るう。
「【ハルバード・ブレイク】」
その一撃は、彼のすべてを乗せた、ラーシンを凌駕する一撃。
ましてや、今の隙だらけのラーシンが耐えられるわけがない。
彼の融合体が、破壊されて。
人間の体に、ラーシンが戻って。
「まだーー」
「さようなら、ラーシンさん」
ピーターの左腕が、ラーシンの胸部を貫いていた。
それで、決着だった。
・〈農家〉
才無き者でもつける職業。
【土壌改良】などのスキルを持つ。
また、モンスター除けのスキルもある。
基本的に、戦闘には向かない。
〈農家〉の本質は、『人を救うこと』だから。
感想、評価☆☆☆☆☆、ブックマーク、いいね、お気に入りユーザー登録、レビューなどよろしくお願いします。
感想は「うぽつ」などお気軽にどうぞ。




