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壊れた歯車

150話目です。

ついにここまで来ました。

これからも頑張ります。

 あの日、迷宮都市アルティオスにネームドモンスターが現れるまでは。



 本当なら。

 彼は、今でも家族とともに店を切り盛りしていたはずだ。

 妻が手伝ってくれて。

 娘は、手伝ってくれているかもしれないし、独立していたかもしれない。

 あるいは、誰かの元に嫁いでいたかもしれない。

 それでも妻は横にいて、ふたりで老いていって。

 いつしか孫が生まれて。

 そんな日があったかもしれない。

 きっと来ると、信じていた。 



 ◇



「そんな、そんな」



 ネームドモンスター、〈大罪憤怒〉。

 魔法系超級職をはるかに上回っている火力を誇っている奴を前にして、街の大半が炎に包まれた。

 〈大罪憤怒〉が襲来した時、ちょうど彼は外出していた。

 しかし、ネームドモンスターによってモンスターから身を守る結界が破壊され、彼は異常事態であると察し、全速力で戻っていた。

 悪魔を一応配しているが、詳細はわからない。

 〈拝魔師〉が召喚する悪魔は、パーティメンバーではない。

 そもそも、仲間ではないし従属の対象でもない。

 むしろ、特定の命令を聞く様にコストを糧に作られた存在である。

 何が言いたいか。

 臨機応変に、動かせるような存在ではなく、パーティに入っていないため詳細も確認できていない。



「無事でいてくれ……」



 移動に秀でた悪魔に乗りながら、彼はただまっすぐに家を目指した。

 


「あ、あ」



 彼は家を見た。

 家が燃えているのを、見てしまった。



「ーー!」



 家の傍で、炎に包まれている何かを見た。

 転がっているのは、妻と、妻に抱きかかえられた娘だった。

 近寄って、布ではたいて炎を消す。炎の一部が彼の頭部をも焦がすが、どうでもいい。

 今は、妻と娘の安否が先だ。

 二人とも、大きな火傷を負っていた。

 娘の方が、妻に抱きかかえられていたからか、火傷の範囲が狭い。

 二人に、聖水をありったけ振りかけていた時、妻が口を開いた。

 喉は無事だったのだ。

 


「が、い」

「え?」

「を、おえがい」

「ーー」



 妻は、ラーシンの目の前で「娘をお願い」と言い残してこと切れた。

 死者を蘇生できる聖職者は、この都市にはいない。

 だから、彼は妻をおいて、娘を抱えて教会へと向かった。

 教会には、すでにたくさんの人がいた。



「娘を、娘をお願いします」

「それは無理です。もう帰ったほうがいい」

「どうして?どうしてですか?待ってください!待って!」

「どうしても何もありません。その子の治療は不可能です」



 回復魔法は、傷を負った状態から時間経過で効力が落ちていく。

 そして、重度の怪我であればあるほど、効力が落ちていく。

 つまるところ、もう間に合わなかったのだ。

 それでもなお食い下がった。

 だって、もうラーシンには彼女しかいないから。

 妻を失い、家を燃やされ、娘を失えば、彼にはもう何も残らない。



「頼むよ、頼むよ、お願いします……」

「ええい、離れてください!」



 しがみついて、取りすがるも、振り払われる。

 そしてそのまま、その聖職者は彼に言い放った。



「お前に構っている暇はない!この悪魔め!」



 それは、もう無駄であるということを理解できない彼に対する言葉。

 さっさと出て行けという意味を込めた言葉。

 つまるところ、人の命を救わんとする聖職者たちにはもう余裕がなかったがゆえに、悪魔に乗ってやってきた彼を揶揄する言葉。

 それは、彼にとって致命傷だった。


 

 もう、娘を救う方法はない。

 ポーションも、聖水も惜しみなく使っても届かない。

 回復魔法は、誰もかけてくれない。



 それからしばらくして、娘は息を引き取った。

 一言も発することはなく。

 腕の中で、いつしか冷たくなっていた娘を抱えたまま、ラーシンはしばし呆然としていた。



「信じていたんだ、かつての私は、社会の枠組みの一員になれたと思っていた」

「ともに助け合って、補い合って生きる、そんなあり方ができるのではないかと信じていたんだ」

「私は、何も見ていなかった。何もみえていなかった」



 彼と、彼の周囲で嚙み合って回る歯車だけを考えていてはいけない。

 むしろ、その外側を見るべきだった。

 遠方から何かにつけて嫌がらせをしてくる実家。

 少ないながらも、こちらに敵意を向けてきたアルティオス内部の聖職者。

 王都にいる聖職者や騎士たち。

 何よりも、王国全体を取り巻く環境。



「穏やかな暮らしを望む前に、まずは外敵を、害虫を滅ぼさなければならないんだ」


 

 それが、彼の見出した理想。

 人を差別し、徒に傷つける社会悪を殲滅する。

 その「愚者滅尽」こそが、彼の決めた歩むべき道だった。



 ◇



 それから先は、早かった。

 妻と娘の葬儀を行った後、すぐに行動を開始した。

 もとより商人。

 あちこちの情勢には気を配る必要があった。

 それをさらに徹底した。

 時に情報戦に秀でた悪魔を使うなどして、来るべき時に備えて情報収集とコスト集めに励んだのである。

 何やらよからぬことをしている〈聖騎士〉グレゴリー・ゴレイムの尻尾を掴み、その背後に何者かがいることを察した。

 そしてグレゴリーに取り入った。

 彼にしても、あらゆる犯罪の証拠を消せる彼の存在を有用だと判断したらしく、ラーシンはあっさりとゴレイムの信用を得ることができた。

 結果として、裏にいた〈神祖〉に接触することができた。

 〈神祖〉は、かつての”邪神戦争”の生き残り。

 聖職者や騎士たちと激しく争った人物でもある。

 彼女の勢力に与することに、躊躇いはなかった。

 


「結局のところ、全て殺さなければいけないんだよ」



 彼女は、口癖のようにそう言っていた。

 今回の計画にしても、彼女の立案であり、そこには彼女の信条がはっきりと浮き出ている。

 ラーシンもまた、彼の思想と彼女の思惑が矛盾していないと判断していた。

 そして、【眷属化】のスキルによって新たな力を手にしながら、彼女のバックアップを受けて莫大なコストを獲得することに成功していた。

 それこそ、コストを惜しみなく使えば超級職とも渡り合えるほどに。



 ◇



 ぱちぱち、と火が燃えている。

 血の匂いで、あたりが充満している。

 〈拝魔師〉のスキルによって召喚される悪魔は、複雑な命令を解せない。

 償還時に設定した命令のままに動くだけだ。

 今回であれば、「内部にいる生物の殺害」である。

 王城で待機していた生物は、人間は基本的に全滅したはずだ。

 王族貴族は殻の中にいるだろうが、王城を警護していた騎士や聖職者たちは全滅していた。

 無論、彼等も鍛え上げられた精鋭だったが……一万(・・)程度の悪魔を送り込んだら、静かになった。

 ラーシンの目的は、宝物庫の破壊と、内部にある宝物の収奪である。

 中身は、一握りで一生遊んで暮らせるレアアイテムや、国家レベルでしか扱えないマジックアイテム、世に出せない呪具など様々だ。

 同時に、利用法もさまざま。

 軍資金を得られるというのもあるし、装備として使ってもいい。

 そうでなくても、ここを壊されるということは国全体の権威が失墜することを示す。

 建物の中にある窓ガラスをたたき割り、ラーシンは悪魔に乗って脱出する。

 避難所を壊し、ハイエンドにいる民衆を殺し尽くすために。



「変えなくてはならない。この世界を」



 そういって、彼は眼下の景色を睨みつける。

 家屋が倒壊し、あちこちで炎が燃え、血と死と悲鳴が充満しているこの街を見て。

 彼は一言こぼした。



「まだ足りない」



 聖職者が、そうでないもの、邪悪なるものによって完全に打倒されたという構図を作るには、これだけでは全く足りていないと考えていた。

 これでは、彼等が去った後この都市は復興してしまう。

 それは、都合が悪い。



「この都市に生きとし生ける人間を全て滅ぼす(・・・・・)――それが今回の『百万滅尽』計画」



 そこまでやらなくては、この国を、世界を変えられない。

 聖職者が、騎士が、王都を完全に、無様に潰されたという実績が必要なのだ。



「本来ならば、他の連中が行くはずだったというのに……。まあ、仕方がないか」



 彼が見ているのは、街のあちこちにある避難所だ。

 そこには、多くの人が……生存者のほぼすべてがいるはずだ。

 〈神祖〉による最後の罠(・・・・)を考えれば、まず間違いなくほぼすべての避難者はこれから死ぬ。

 だが、念には念を入れておくべきだ。

 ラーシンは悪魔を動かし、避難所を襲撃し始めた。



 安全地帯に逃がしたはずの、とある青年と邂逅するとは、夢にも思わずに。

 

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[一言] 150話おめでとうございます! これからも応援していきます!
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