元店長と元店員
「はあああああああああ!」
ピーターは右手に取り付けられた斧槍の刃を、裂帛の気合でラーシンへと振るう。
「ぬ、う!」
ラーシンは咄嗟に、三又の剣でピーターの刃を受け止める。
そのまま弾こうとして、はじききれないことに気付く。
先ほど打ち合った時は、たやすく弾き飛ばせたというのに。
理由はひとつしかない。
ピーターには今あって、ラーシンには今ないものがあるからだ。
それは、怒りと殺意。
目の前で、大切な人を攻撃されたことに対する怒り。
そして、そんな虐殺を為しておきながら何も感じておらず、ピーターに対しての疑問を吐露するラーシンの在り様を見て、彼に抱いた本心からの殺意。
先ほどまではあった彼を殺すことへのためらいが、今の光景を見て完全になくなっていた。
一方、先ほども、そして今もラーシンには殺意がない。
少しでも殺意があるならば、先ほど交戦した時すでに殺していただろう。
その差が、今の二人を互角にしていた。
ピーターは、足元の悪魔の頭部を踏みつけて、潰した。
もとより、足場のデーモン・アーティラリーは火力と遠距離砲撃に特化しており、速度と火力はともかく、耐久は並以下。
それゆえに、今のピーターなら足踏みだけで倒すことができる。
「ぬ」
ラーシンの方は問題ない。
悪魔と融合してしまえば彼は、問題なく蝙蝠のような翼を広げて飛ぶことができる。
だが、ピーターもまた止まらない。
彼に止まるという選択肢はない。
別のデーモン・アーティラリーを足場にして、再びラーシンに飛び掛かる。
そして左腕を伸ばして、彼の首を掴んで、絞めた。
「かっ」
「今、お前が攻撃した人たちは、昨日まで普通に生活していたんだぞ」
「ぐ、が」
「今日、辛いことがあって、理不尽な目にあわされて、それでも生き抜いて、各々のやるべきことをやってきた人達なんだよ」
「ご、ぐ」
「明日には祭りの後片付けをやって、明後日からは普通の日常に戻っていくはずなんだぞ」
「は、な」
ふらふらと、足場を失ったラーシンはまともに飛行できずに高度を落としていく。
酸素が頭に回らなくなり意識も、薄れかけている。
「答えろよ。今お前は、何で日常を生きる人達の邪魔をしてるんだよ!社会の中で生きる歯車なんだろ僕たちは、そういう風に生きるんだって、教えてくれただろ!」
彼の怒りの理由はそこだ。
ピーターにとって、ラーシンのとった行動は彼の信念と生き方の全否定である。
「舐めるなあ!」
シルクハットが、取れて、頭部が新たになる。
頭部には、五本の角と大きな火傷の跡が残っていた。
ピーターは知らなかった。
彼は一度たりとも、シルクハットを誰かの前で脱いだことは一度たりともなかったから。
「【魔人降臨】」
潰れかけた喉で、ラーシンはスキルを宣言。
悪魔と融合する〈拝魔師〉のスキルである。
それによって、ステータスは跳ねあがり、悪魔の保有していたスキルが使えるようになる。
今は、飛行能力と砲撃スキルを使えるデーモン・アーティラリーと融合している。
「君は、
「正義の話をしよう」
「正義……?」
ここで、何の話をしようとしているのか。
そうピーターは思った。
しかし、ピーターの意思とは関係なく、ラーシンはさらに悪魔を展開する。
そのまま物量の壁を展開して、距離を取りながら語る。
ピーターの表情には気づくことなく。
「この国は、腐っている。君もわかっているはずだ。ごく一部の職業が差別され、聖職者に生まれたものはそれだけで特権階級に座している。その現実を変えなければならない」
「そのために、虐殺をするのが正しいと?」
悪魔の壁を踏みつぶし、ピーターは跳びあがる。
その攻撃は、しかして飛び回るラーシンには届かない。
〈猟犬の牙〉の方をちらりと見るが、彼等も彼等で周囲に展開された悪魔の対処と避難所にいた者達の救出にかかりきりになっている。
ラーシンへの対応は、彼等に頼れない。
ピーター達が、やるしかない。
切り札は、まだある。
「ミク!」
ピーターが、ミクを【霊安室】から出し、彼女の両手の上に足を乗せる。
ミクは、そのまま腕を持ち上げる。
STRと、彼女自身の肉体と触れたものに作用する【尸廻旋】による念動力によって一瞬でラーシンに肉薄する。
「【ハルバード・スラッシュ】!」
「【ヘルブレイズ・ブレスト】!」
ピーターは、斬撃の威力を増すスキルを使い、攻撃する。
一方、ラーシンもまた口から魔力砲撃を放ち応戦する。
砲撃で、突進の威力が殺されてしまい、ピーターの斬撃は空を切る。
が、それでは止まらない。
爆炎で身が焦げる苦痛をものともせず、突き進む。
「ははは、大したものだな。そう、それだよ」
「はあ?」
「君は今、恐れを捨てて飛び込み、私に傷をつけた。格上の私に対しても、ね」
「何かを為すには犠牲が必要なんだよ」
「……まさか、必要な犠牲だというつもりですか」
「その通りだよ。教会勢力、聖職者共における今の選民思想を打ち砕くには、彼等が街を守れず無様に死ぬという画が必要なんだ。そのためなら〈神祖〉の力だって借りるさ」
へし折りたいのは、この国の構図と、聖職者に対する信仰らしい。
確かに、ここで聖職者や騎士側が〈神祖〉からこの都市を守れなければ、確かにこの国における聖職者への権威は地に落ちる。
あるいは、それでピーターやラーシンといったごく一部への職業への差別も幾分かマシになるかもしれない。
というか、ハイエンドが落ちればこの国は麻痺する。
そうなれば、もう差別以前に滅びまっしぐらだ。
いま世界は平和だが、この都市が落ちれば力がないと判断され、他の国に攻め込まれるかもしれない。
そうすれば、ハイエスト独自の文化などそう遠くないうちに消えてしまうはずだ。
だが。
「どうして、そこまでする」
「……どうして、とは」
「何の罪もない人の生活を脅かしてまで、それでもなおのことこんな非道をやるのは何でですか?」
重要なのは、差別をなくすという考えそのものではなく、それによって生じる結果だ。
それを、今ここに生きる人を犠牲にしてまでやるべきなのか、という話である。
「私は、君を殺さなかったのはね、君が私の仲間になってくれるんじゃないかなと思ったからだよ」
「……あ?」
ピーターは、外骨格の裏側にある顔の皮膚が引きつるのが分かった。
何を言っているのか。
ふざけるなと、そう言ってやりたかった。
だが、ピーターが怒りを込めて斬撃を繰り出しても、ラーシンは冷静だった。
「君にも、私と同じ理想はあるはずだよ。わかり切っている」
「同じ、理想……?」
ピーターは心当たりというものが特になかった。
無論、家族と主にありたいという思いはある。
けれど、彼と同じでは決してないはずだ。
なぜなら、彼の家族は既にいないのだから。
「愚民救済だよ」
「……?」
「弱い立場にある人を助けたい。そう思ったことはないかな?」
ピーターは、言われて心当たりがあった。
「傷つけられている人を見て、貶められているものを見て、自分と重なって見えることはないかな?」
「……それは」
確かにある。
マギウヌスという国において、アンダーホールという区域がある。
それを見て、彼は心を痛めていた。
ミクを見た時もそうだ。
かつて虐げられていたときの自分と、重ねてみていた。
家族に粗略に扱われていた彼女を、かつて父親に暴力を振るわれたときの己と同一視していた。
一度、そういう風に見てしまったら、もう単なる他人としては見れなかった。
ピーターは、あれからも度々アンダーホールに通っていた。
何ができるわけでもなく、もちろん何をするでもない。
ただ、何もしないという選択肢は取れなかった。
「何、いきなりわかってもらえるとは、思っていないさ」
「当たり前だろ……」
「君に話そう、私の過去を。君が、私の思想に賛同してくれるように」
悪魔使いは語り始めた。
彼が、どうして今の彼になったのかを。
感想、評価☆☆☆☆☆、ブックマーク、いいね、お気に入りユーザー登録、レビューなどよろしくお願いします。
感想は「うぽつ」などお気軽にどうぞ。




