店長と店員
声をかけてきたのは、ピーターがよく知っている人物だった。
腰の曲がった、目力の強い老婆と、褐色で小柄の少女。
「メーアさん、ヴァッサーさんも」
メーアとヴァッサーは、アルティオスにあるポーション屋を家族で営んでいる。
回復魔法の一切効かないピーターにとっては、傷をいやせる唯一の手段であるポーションは生命線であり彼は最大のお得意様でもあった。
ここ一年、手紙のやり取りこそしていたものの、会ってはいなかった。
アルティオスにいるはずの彼等が、どうしてここにいるのか。
「どうしてふたりがここにいるの?」
「ああ、親戚がこっちにいてね。呼ばれたから来たのさ。まあ、こんなことに巻き込まれるとは思っていなかったけどさ」
「ちなみに、その親戚の方々は……」
「幸い、全員無事です。今はここに避難しています」
「それは良かったです」
リタが理由を尋ねると、ヴァッサーが答える。
彼が奥を見ると、彼女たちの親せきらしき人達がこちらの様子をうかがっていた。
ピーターは、ふたりを観察しているが、彼女たちにしても特にこれと言って異常はなさそうだ。
とりあえず、ピーターは安堵した。
「さて、ピーター、外に行くって言ってたけど、ちょっと賛成できないね?」
「それは、僕が決めることで」
「馬鹿言いなさんな、アンタもそうだけれど、アンタの仲間がボロボロじゃないか。そんな状態で挑むってのかい?」
ピーターははっとした。
ミクもハルも、本調子には程遠い。
すでに一度回復魔法をかけているが、それでも直りきったとは言い難い。
少し考えれば分かることだ。
万全の状態でなくては、戦場に踏み出すことは自殺行為に等しい。
ラーシンのことで、頭がいっぱいになっていた。
本来、誰よりなにより家族を優先しなくてはいけないのに。
「すみません……」
「謝るなら、リタちゃんたちに、だよ」
「……ごめん」
ピーターは、彼女らに頭を下げる。
ついでに、再び【ネクロ・ヒール】をかける。
そんな彼に、ふわりと浮かんだリタが割り込んできて問いかける。
「ぴーたー」
「リタ」
「どう、それでもいきたい?」
「……行きたいよ。理解したい。間違いなく恩人だから」
「そっか。わたしは、ぴーたーがかぞくをふだんたいせつにしてくれるから、ぴーたーがすき」
「うん……」
「だからね、ぴーたーがやりたいことがあるなら、わたしたちもそれをたいせつにしてあげたいの。かぞくだから」
「リタ……」
リタの傍で、ハルとミクも同意を示してうなずく。
ピーターが彼等を愛し、望みをかなえようとしていることは、彼等にも伝わっている。
高頻度で、菓子類を買い、本を読み聞かせたり。
麻雀をやったり、マーボードーフを毎日購入したり、読み聞かせをしたり。
逐一ラーファに連絡を取り、ドラゴンの近況や成長をしたためた観察日記を送ってもらい、様子を伝えていた。
だから、そんな彼の望みを、家族として、彼がしてくれたように叶えたいのだと彼らは言う。
いくらか休んで、彼等があらかた回復して、出発することにした。
◇
まだ本調子ではないピーターに、ヴァッサーがアイテムボックスから一つのものを取り出した。
それは、液体の入っている瓶だった。
「ピーター、これ持っていきな」
「これは……?」
「新作ポーションさ。体への負担が比較的少ない代物で、今のアンタにもある程度は効くと思うよ」
「……そんなの、貰ってもいいんですか?」
ピーターは、恐る恐るといった手つきで、受け取ったポーションに視線を送る。
よくはわからないが、普段使っているポーションか、それより上の上級ポーションより値段が張るはずだ。
「いいんだよ、これくらいしかできないからね。結構な人に配ってるものだし」
「そういうことなら……」
ただでもらうのは気が引けるが、誰にでも配っているのであれば罪悪感も薄い。
なにより、これからのことを考えれば非常に有用だ。
ピーターは、瓶を開けると中身を飲み干した。
じわりじわりと、疲労感と傷がいえていく感覚がある。
それだけではなく、MPもじわりじわりと回復していた。
「持続回復効果のポーションさ。苦労したねえ」
「……すげえな」
「すみませんね、毎回迷惑かけて」
「迷惑だなんて何を言ってるんだい、個人じゃ一番のお得意様を迷惑だなんて誰が思うんだい?」
「そうですよ、私なんてピーターさんに直接助けられたんですから。本当に感謝してるんですよ?」
「……ありがとうございます」
ピーターは、久しぶりに友達に、知り合いに会えたことを、彼女等が見送ってくれたことが嬉しかった。
◇
「では、行ってきます」
「ええ、行ってきてください」
「気張るんだよ、ピーター、リタちゃん、あとアンタらもね」
ヴァッサーとメーアに見送られて、ピーター達は避難所を出た。
そう、ピーター達だけではなく、〈猟犬の牙〉も避難所を出て戦闘に向かった。
「ルークさんたち、本当に行くんですか?」
「ええまあ、まだできることがあるっすから」
「というカ、おまえは休まなくて平気なのかヨ?顔色わるいゼ」
「あはは、まあ大丈夫ですよ」
「ピーターさん」
メーアが、彼の方を見て一言。
「絶対に、帰ってきてくださいね」
「はい。わかっています」
ピーターはにっこり笑って、彼女に微笑みかける。
メーアも、それで安心したのか、それ以上は何も言わなかった。
一度礼をして、ピーターは聖堂を立ち去り、一度だけ振り返って。
彼女たちがまだ、手を振っていて。
その時、避難所の聖堂が、爆発した。
屋根が、壁が、建物が。
どこかからやってきた爆炎に飲み込まれてしまっていた。
「ーー!」
建物が崩落する。
土煙が立ち込める。
メーアたちの安否はわからない。
ルークたちが、がれきの方に駆け出す中、一人だけが違うところを見ていた。
「ぴーたー?」
「お兄様?」
「…………」
崩れたのは、屋根が先だった。
つまるところ、この攻撃は、上空からということ。
建物の陰に隠れて見えなかった。
騒音に紛れて、羽音が聴こえなかった。
何より、戦場にありながら、気が緩んでいた。
「……なんで」
だから、気づけなかった。
彼のいる位置とは反対側に、悪魔の軍団が迫ってきているということには。
悪魔は、先ほどピーターが見たものとは少し姿が異なっていた。
蝙蝠の翼と、貧弱な足が大きすぎる頭部から生えた異形。
その頭部の大半を、一つの目と炎を吹くための口が占めていた。
その悪魔の名は、デーモン・アーティラリー。
魔術砲撃に特化した悪魔である。
彼らが一斉に、火を放ち、避難所を崩して回っていたのだ。
間抜けなことに、それが着弾して初めて、彼はそのことに気付くことができたのだ。
避難所が、崩壊して初めて、見えた。
その向こう側にいた悪魔と、もう一人を見ることができた。
シルクハットをかぶり、モノクルを付けた一人の壮年を。
「ラーシン、さん」
「……君は、ピーター君?なぜここに?」
「なぜ?」
体が、動いていた。
反射的に、ハルの体に触れる。
口が動いていた。
彼は、怒っていたから。
なぜだと、訊きたいのはこっちの方だと思っていたから。
「何やってんだ、お前はああああああああああ!【降霊憑依】!」
最もステータスに勝るハルと融合し、脚力のままに跳躍する。
床と、建物の壁を使って、飛行する悪魔の上に立っているラーシンにとびかかる。
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