薪と薪
彼にとって、人間は二種類に分けられる。
守るべき者と、そのために殺すべき者。
大切な者と、そうでないもの。
とある男の言葉を借りれば、薪と炎だ。
温かな幸せを守るために、薪をくべることを惜しまなかった。
不自由を強いる当時の王政を潰すために、当時のハイエストに取り入って王族を滅ぼして今の冒険者ギルドを形作り、運営してきた。
時に、ギルドの敵になりえるものを排除し、ギルドに所属する者達を守り、教え、育て、導いてきた。
家族を、友を、部下を、配下を守るために全力を尽くしてきた。
生まれた時からそうだった。
生きていくうえで、傷つき、苦しみ、それでも道を進み続けるうえで曲がらなかった彼の信念。
守りたいもののために、犠牲をどれだけ払おうと構わないと考える。
ある意味では、悪党の考え方であるし、彼自身は自分が正義だとは考えていない。
一つ、彼がほかの悪党とは違う部分もあった。
それは、彼の場合、彼自身もまたコストだと考えていることだった。
◇
「ぬおおおおおおお!」
レイドは、炎を、熱量を全身から噴出する。
それでも、クリュソスは止まらない。
もとよりオリハルコン製のゴーレムであり、更に〈魔王〉の保護によって守られている。
超級職並みの火力を持つ彼でも、壊すことは出来ないだろう。
おまけに、余熱で〈魔王〉を殺すこともできない。
どういう理屈か、彼は【龍覇気】を行使している。
【龍覇気】とは、ドラゴンにしか使えないスキルであり、スタミナを消費して特殊なオーラを放つ。
口から魔法攻撃を放つ【ブレス】がドラゴン最強の矛であるなら、あらゆる攻撃に耐性を持つ竜鱗と、それをさらに引き上げる【龍覇気】のコンボは至高の盾である。
彼の火力をもってしても、たやすく突破することは出来ない。
だが、そこにはいくつか欠点が、付け入る隙がある。
「ふうんっ!」
熱によって、影響を受けるのは何も生体や金属のような固体だけではない。
気体……彼等を取り巻く空気さえも影響を受ける。
熱量による空気の膨張で、無理やり の金属の五指をこじ開けて拘束を脱する。
走るのは、アランとは真逆の方向。
狙うは、避難所にいる無辜の市民たち。
ダガンやグレイは死んだと考えるべきであり、レヴィや今のラーシンは、彼の攻撃では殺せない。
ゆえに、この都市すべてを焼き尽くしても何ら問題はない。
何より、彼から距離を取ろうとすれば。
「クリュソス!拘束しろ!」
彼等の方から、距離を詰めてくる。
「アルギュロス!」
「承知ーー【ホーリーゾーン】」
ケージから出されたのは、首のない、盾を掲げた白づくめの天使。
種族としての名は、コマンダー・エンジェル。
個体としての名はアルギュロス。
彼女のスキルによって、レイドとアラン達との距離が縮まる。
【ホーリーゾーン】の効果は、展開した結界内部での距離をある程度操作できるというもの。
距離をとるための盾としても、間合いを詰めるための足としても使える。
そして距離が縮まれば、クリュソスの手が、再び彼に届く。
さらに、彼はもう一手を打つ。
「シデロス、ヒュドラル!」
彼の声とともに、二体のモンスターが現れる。
片方は、鉄色の鱗を生やし、強大な咢を開いた、蝙蝠の翼をもつドラゴン。
もう一方は、液体金属で体を構成した、スライム。
ドラゴンは、顎を開いて、口からブレスを放出する。
そして、スライムは自分の体の一部を触手に変えて、攻撃する。
捉えて、握り潰せればそれでよし。
潰せなくても、ブレスと触手で倒せればいい。
そこまで考えての、波状攻撃。
だが。
「隙を見せたなあ!」
炎鬼はまだ止まらない。
レイドは自身の足元から火を放ち、その衝撃で飛んでいく。
クリュソスを飛び越えて、そのすぐ後ろにいた、アルギュロスも超えて。
「【点火無双】!」
それは、〈火消〉系統上級職の奥義。
それは、触れた物を破壊するスキル。
対象は、生物非生物を問わず、強度や魔法への耐性も無視する。
発火点が、一定以上を下回ったものにのみスキルは機能する。
家屋などを崩して延焼を防ぐ〈火消〉という職業にはぴったりのスキルでもある。
さて、問題は〈魔王〉の熱への耐性があるのかどうかということだが、基本的に〈従魔師〉などの後衛職はステータスが低い。
そしてVITが低いということは、強度や熱への耐性も低いということになる。
覆っている【龍覇気】もバリアも意味はない。
素手だからこそ、熱を防ぐためのバリアが通る。
そう、手で触れさえすれば、全てが終わる。
はずだった。
「ごふっ!」
レイドは、吹き飛ばされていた。
吹き飛んだのは、レイドの方だった。
家屋の壁に衝突したのを、背中で感じる。
(何をされた?触れる前に、やる前に何かをされた)
脳震盪で飛びかけた意識を戻し、レイドは相手の方を見据えた。
彼は、ただこぶしを握り締めている。
その姿は、幾分か変わっている。
事前情報にあった、ウルフと融合しているのだろう。
だが、そこではない。
狙って、カウンターを打ったことが問題だった。
彼の腕は無事だ。
焼けても、焦げてもいない。
つまり、ほんの一瞬で的確に突きを放ったことがわかる。
「俺の動きに合わせて、カウンターを?なぜおれの狙いが分かった?」
それは、ありえない。
なぜならば、彼が接近してくることなど予測できたはずがない。
遠距離主体にしかみえないだろう。
なのに、どうしてこちらの願いが読めたというのか。
「なぜって、お前どう見ても近接戦闘型だろ?動きとか筋肉のつき方とか見ればわかる」
「は……?」
レイドは、驚愕した。
彼は、自分の格好を見る。
彼の熱に耐えられる装備などそうはなく、彼の格好はほとんど全裸に近い状態だった。
それはもちろん、筋肉のつき方ははっきりと見えているだろう。
だが、見えていたところで、それだけで分析できていること自体が異常極まる。
「まあ、それが仕事なんでな」
ギルドマスターとは、そういうもの。
すべての冒険者ギルドに所属する冒険者や職員を見て、把握して、何かトラブルがあれば対処する。
すべてを肉眼で把握しているわけではないが、少なくともアルティオスにいるものについては掌握している。
ピーター・ハンバートのように、トラブルに巻き込まれやすいものに対しては、関わることが多い。
が、トラブルに巻き込まれたものが誰であったとしても、それが冒険者ギルドに所属するものであれば全力で守る。
彼の生き方が、そのために培ってきたものが、彼の命を救っていた。
それは、奪うだけのものには決して得られない強さであった。
「くそ、ふざけるな、薪共風情が。俺の強さのための糧に――」
悪態をつきながら、レイドは立ち上がろうとして、そこまでだった。
音より速く、【魔王権限】で強化された肉体で移動してきたアランの拳が、顔面にめり込んで。
「ふざけてるのは、お前だろ」
「ごっ」
音より速い突きを喰らって、意識が飛びかける。
どうにか意識をつなぎとめて炎をだそうとして、出す前に攻撃を喰らって意識がまた一瞬飛ぶ。
殴られる、意識が飛ぶ。
意思と、鬼としての回復力で意識を戻す。
殴られる、意識が飛ぶ。
復活する。
殴られる、意識が飛ぶ。
復活する。
殴られる。
殴られる。
殴られる。
殴られる。
殴られて。
「お前程度のクズが、俺の部下を殺して、その上でまだ殺そうだなんてふざけるんじゃねえ」
「アラン様」
ドラゴンのシデロスに声をかけられて、ふと我に返る。
気がつけば、彼の殴ったところには、クレーターができていた。
そして、レイドだったものが転がっていた。
首から下は、砕けて崩れて消失していた。
生死は明らかである。
「あ、やべえ。〈神祖〉と同じ感覚で殴ってたわ」
数十年前、”邪神戦争”において、殴っても殴っても殺しきれなかった彼女のことを思い返しながら、ぼやく。
ふと、思い返して彼は呟く。
「薪だったな、お前も俺も」
彼はそういって、その場を立ち去った。
このテロを引き起こした首魁ーー〈神祖〉を討つために。
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