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結界の力、女王の信念

 空高く、雲の上で両者は向かい合う。

 かたや、〈精霊姫〉シルキー・ロードウェル。

 精霊と融合し、緑のドレスを着こみ、扇を装備した状態であり、冷気をまき散らしている。

 かたや、〈神界師〉マルクス・ホライゾン。

 杖を装備して、彼を囲う結界を展開して、炎熱の竜巻を出現させる。

 


「ふむ、そういえば忘れていたわね」



 シルキーは、下を見て、左手の人差し指を下に伸ばし、右手の人差し指を上にあげる。

 〈神界師〉マルクス・ホライゾンがつられて下を見れば、先ほどまで下を覆っていたはずの炎が凍結(・・)している。

 結界を覆っていた炎は、炎鬼によるものだ。

 炎熱の耐性に特化した職業に、【眷属化】によって得た鬼の力が加わって、恐るべきシナジーを得ている。

 それすらも、今の彼女にとっては指一つで封じれる、線香の火を吹き消すに等しい。



 それこそが、【戴冠式】の効果。

 精霊のうち一体と融合し、適性をその精霊に合わせて融合体を作り変えるスキル。

 一つの種類の魔法しか使えなくなる代わりに、その一つの魔法の出力を何十倍にも引き上げるスキル。

 今の彼女は、冷気に特化した存在である。

 炎熱魔法に特化した超級職であり、〈炎姫〉フレア・ブレイズライトをもってしても、単純な競り合いではシルキーには勝てない。

 まして、それに迫るほどの、迫る程度(・・)の炎鬼では相手にもなっていない。

 仕留めるには至らなかったが、あとはアラン達に任せればどうとでもなるだろう。

 状況証拠から考えて、裏切り者は〈神界師〉のみ。

 ゆえに、彼を片付けるのが彼女の役割だ。

 だが。



「そうやすやすと、突破させるわけがないでしょう」

「炎熱の竜巻と、結界の盾、か」



 竜巻は出力が低く、彼女のダメージを与えることはない。

 炎熱と結界で、シルキーの攻撃もまた通らない。



(わかってはいたけど、結構固いわね。押し切れない)



 【戴冠式】は四パターンあるが、短時間しか使えない都合上、ほとんどが攻めに秀でている。

 だが、全員がそれのみに特化しているわけではない。

 ラピスラズリであれば、守備力と防御力に特化している。

 ペリドットとの融合体は冷気による制圧力と、機動力に秀でている。

 だが逆に、相手は守りに特化している。

 炎の竜巻で勢いを弱めたうえで、対冷気に特化した結界を展開されれば、突破は困難である。

 本当の意味で特化していない彼女では倒しきれない。

 雷撃と純粋な攻撃力に特化したアンバーとの融合体であれば、押し切れたかもしれないが、せんなきことだ。

 どのみち、アンバーやガーネットとの融合体は火力過剰であり、防衛戦には向いていない。

 このままでは、やがてマルクスが勝つかに思えたが……。



「むう」



 彼が展開した、対冷気結界。

 それを、白氷が覆っていく。

 結界は、冷気を寄せ付けないが、逆に結界の周りを氷で固めて封印すればよい。

 


「時間切れです」

「……!」

「これが、私の【熱伝導妨害結界】です。これでもう、冷気はここでは使えません」



 マルクスが、勝利の確信に満ちた笑顔を浮かべた。

 シルキーは、氷の弾丸を飛ばそうとするも、それができないことに気付く。

 魔杖ロードウェルは使用できない。

 なぜなら、あれには制限が、致命的な制限がある。

 ロードウェルは、月に三度しか使えない(・・・・・・・・・・)

 今日、【無刻結界】と、街を覆う結界の破壊ですでに二度消費している。

 最後の一回は、〈神祖〉を異空間に封印しなくてはならないのでここでは使えない。

 制圧に長けた〈夜天騎士〉などもいるが、万が一ということもある。

 だが、今の彼女に、抗うすべはない。

 ただ、攻撃で削られるだけだ。



「この結界の中でなら、私は強者でいられる」



 マルクスは、炎熱の竜巻を展開していた杖を放り出して、アイテムボックスから別の杖を取り出す。

 そして、十発の攻性邪属性結界を展開する。

 ただし、今度は数に特化した低威力のものではない。

 MPに余裕ができたため、より威力の高い――シルキーであっても、ただでは済まない程のダメージを受ける弾丸である。

 ペリドットは、AGIに秀でたステータスをしており、融合したシルキーもまた速度に秀でている。



 避けきれずに被弾するが、多くは何とか回避できる。

 【戴冠式】で冷気の扱いの身に特化した彼女には、障壁を張って防ぐことも、雷撃で弾き飛ばすこともできない。

 そして、熱の移動を封じられた以上、冷気を操ることもできない。

 ペリドットは、冷気をつかさどる精霊であり、熱の移動を封じられれば、風一つ作れない。

 ゆえに、シルキーにできることは、結界の中を逃げ回ることか、〈神界師〉を直接殴りつけることだけだ。

 だが、それは結界によって防がれる。

 


「素晴らしいですね。この結界を揺らすとは、流石に超級職と、レベルカンストの精霊というだけのことはある」



 レベルをカンストしたモンスターは、ネームドモンスターを除けば最強格だ。

 その戦闘力は超級職に迫ると言われている。

 ゆえに、ステータスを込め、なおかつ技術的にも練磨された突きが、結界に罅を入れたとしても不思議ではない。

 だがそれだけだ。



「くうっ」



 攻性結界が、シルキーに命中する。



「やってくれるわね」



 シルキーは、鳥羽のついた仮面の下から獰猛な笑みを見せる。

 それは肉食獣を思わせる笑みだったが、マルクスの余裕は崩れない。



「私はね、この王都で生まれました。一人の聖職者としてね」

「……いきなり昔語り?随分と余裕があるのね」

「ええ、貴方と違ってね。さて、私はあまり強くはなかったのですよ。あまり才能にも恵まれていませんでしたし、特に回復魔法は苦手でした」



 同じ職業に生まれても、個々人によって才能の差は生じる。

 適性の差というのは残酷なもので、職業への適性が高いものほどレベルアップへの必要経験値が低くなっている。

 つまり、才能があればあるほど上級職ないし超級職に転職しやすいというわけだ。



「あまりにも才能がなさ過ぎて、家族には見放され、同期からはいじめにあっていましたよ。でも、あの方はこんな私を救ってくださいました」

「〈神祖〉、ね」



 失伝したものも多い転職条件。

 それを多数抱えている彼女は、限りなく厄介な存在だ。



「まあ、先ほども言いましたが才能がなかったために、時間はかかりましたがね。結局私が超級職に至ったのは五十を過ぎてからです」

「何が言いたいの?」



 シルキーは、問いかける。

 時間を稼ぎながら。

 その時が来るのを、待ちながら。



「私は、思うのですよ」

「何を?」

「もしも、信念ある雑魚と、信念はない強者。どちらが優れているのだろうかと」



 それは問いではない。

 彼の中では、決まりきった答えの確認でしかない。



「力こそが、強さこそがすべてなのだと。ゆえに、力さえあれば何をしてもいいのだと、私はそう思っています」

「虐殺の正当化のつもりかしら?」

「いいえ。正当なものを、正当化する意味がありませんから」

「…………」

「ああ、最後に何か言い残すことはありますか?」



 彼はもはや、勝ちを確信して



「ーーそうね、言いたいことはあるけど、とりあえず上を見なさいな」

「う、え?」



 マルクスは、上を見上げて、気づく。

 頭上に、巨大な氷塊(・・)があることを。

 その氷塊ーー【凶兆星(ブルー・ダイヤ)】と呼ばれる魔術が落ちてきていることを。

 


「なんだ、それは?なんで」

「さあ、何ででしょうね」



 マルクスは、気づかなかった。

 彼女が、下の炎を凍結させるのと同時に、彼女らの頭上に魔術を使っていたことを。

 マルクスが、氷結を封じるための結界を張ってくるのは予想していたということ。

 シルキーが使ったのは、あるアレンジを加えた魔術。

 時間差で発動するように、術式を組んでいた。

 彼女の魔術が、マルクスによって封じられるだろうと確信して。



「熱の移動を封じることに特化した結界、だったかしら」

「…………」



 冷気を、封じることができる結界。

 それは、シルキーにとっては天敵中の天敵であり、相手に合わせて常に天敵を生み出せる〈神界師〉は間違いなく最強の一つの形。

 だが、最強の形はひとつではない。

 彼女もまた、最強だから。



「解除!」



 このままでは、結界と共に二人とも潰される。

 ゆえに、彼は結界を解除して距離をとる。



「まるで、弱者のような小細工を!」

「そうね、最近自分より弱いくせに、搦手と折れない心(・・・・・)で挑んでくるやつと一緒に過ごしてたから、そのせいかもしれないわね」

「……?」

「ひとつ言っとく。信念があるけど弱い奴と、力があるけど碌な信念もない付和雷同。どっちが強いかなんて、わかり切ってる」

「何を……!」



 彼女は、右手を広げる。

 魔術とは、イメージだ。

 理想をイメージし、魔力を制御し、世界に改変をもたらす。

 だからこそ、彼女は思う。

 理想なき力など、虚しいだけだと。

 彼女が、誰よりも分かっているから。

 

 


「【|理想に伸ばす無慈悲なアイシクル・スカルプチャ】」



 それは、氷の竜巻でできた腕。

 五本の指全てが、嵐であり、精緻な制御の果ての産物。

 傷一つつけることなく、対象を掴み。



「ひっ」

「舌嚙んでも知らないわよ」



 ーー放り投げた。

 冷気の耐性も、意味がない。

 ただ、地面にたたきつけられる衝撃の前には。

 


「く、お」



 飛んでいく。

 飛んでいく。

 マルクスは氷の玉に入ったまま飛んでいく。



「まだだ!」



 結界を展開して、物理的な衝撃を耐えればいい。

 だが、彼が結界を構築する前に。

 時間が、来た。



「ごおぶっ!」



 街の数キロ先、切り立った山肌に、たたきつけられていた。

 内臓はつぶれ、手足は折れている。

 もはや、何もできない。



「アンタ、私の弟子より弱かったわね」



 山にめり込んだ、氷塊を見ながら、シルキーはそんなことを言った。

 

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