結界の超越者
「これ、どうすればいいんだよ……」
一撃で、人を灰も残らず焼き尽くせるほどの炎をまき散らす鬼を見ながら、ルークはぼやいた。
「……【鑑定】によれば、やつは〈大火消〉という職業についているな」
『〈火消〉は玉ノ国などで稀に見られる職業ですね。耐久力が高いほか、【耐火】や【防火】といった炎熱を防ぐスキルを習得できます』
「ミク、意識が戻ったの?」
ピーターは、【霊安室】の中にいたミクからの念話を受け取り、驚いた。
手足をラーシンによってバラバラにされた彼女は、相当修復に時間がかかると踏んでいたのだが。
ミクが、すぐに【霊安室】から出てきて、彼の代わりに杖を握った。
「はい、もう十分回復しました。私も戦います」
「ありがとう……」
このような状況で、ピーター達が逃げない理由は二つ。
一つは、目的である
もう一つは、シンプルな理由。
逃げられないからだ。
ピーター達は、今二つの壁に囲われている。
背後には、〈神祖〉の作った血の防壁。
前方には、炎鬼の作った炎熱のカーテン。
彼の鬼としての能力は、肉体の発火。
〈大罪憤怒〉のように、自分の体をコストに超高温の炎をまき散らす。
本来であれば、自身の炎で骨も残さず焼けてしまうはずだが、それも〈火消〉系統のスキルで防ぐことができる。
火力だけで言えば、炎熱に特化した超級職の〈炎姫〉にも匹敵する。
火を噴き散らし、炎の弾丸や壁を出すこともできる。
それは、元々この〈神祖〉が作った殻に、破れそうな実力者を近づけない、あるいは焼き尽くすためのものだった。
だが、彼のコントロールが雑であったがために、ピーターと〈猟犬の牙〉を含めて幾人かは直撃を免れていた。
フレンの魔法と、ピーターが持つ杖の障壁による防御で余熱を防いで入るが、もう限界が近い。
特にピーターは、このような事態を想定しておらず、別のことにMPを割いてしまっていたので、ポーションでの回復を加味してももう心もとない。
炎熱の壁を地下や壁の上を乗り越えて逃げるのも、無理。
地下を通るのはピーター達以外生き残れない。
ルークたちを見殺しにする結果ということになる。
それは、許容できない。
そして、壁の上を飛び越えるのはもっとだめだ。
現状、炎鬼にはまだ見つかっていないが、見られてしまえば、死ぬまで炎で焼き尽くされてしまうだろう。
彼らは、既に詰んでいると言えた。
「お兄様、提案があります」
「提案?」
「シルキー様を、呼んでください」
「…………!」
意味不明なことを言われたから、ではない。
意味が分かっているから、その考えが頭の中にはあったからこそ、彼は戸惑った。
それが、何を意味するか分かっているから。
既に、そのためのチャージは移動中に終えている。
けれど、それを使えなかった理由は単純である。
ここに、ルークたちを残していくことになるから。
「行ってくださいよ、ピーターさん」
「ルークさん」
「行って来いよ、ピーター、ここはオレ達が食い止めてやるヨ」
「でも……」
「仕方ありませんね」
「私たちも、一緒に戦いますよ」
ハルと、【霊安室】から飛び出してきたミクがピーターの前に出てきた。
「だめだ、また僕のせいで……」
「それは違いますよ、主様」
「ええ、違いますね」
先ほど、己の独断で無為に家族を傷つけたことをピーターは思い起こしていた。
ルークに対して逃げないかといったように、今のピーターはそれもあって臆病になっていたのだ。
「私は、我々は主様に救われました。貴方の、貴方による、貴方のための決断で」
「私も同じです。お兄様が、私に生きて欲しいと思ってくれた。人であると、人として扱いたいと願ってくれた。貴方の意思と願いが、私を生かしてくれたんです」
彼らの背中が告げている。
己のやりたいことをやれ、と。
「ありがとう。すぐ戻る」
「待ってるっすよ」
ピーターは、そういって、家族と仲間と敵に背を向ける。
家族と仲間が生き延びると信じているから。
敵を討つには、これが最善だとわかっているから。
そして、彼の隣にはーー最愛の少女がいる。
「リタ!」
「おっけー!」
ピーターが、隣にいる彼女に、心の支えを求めて手を差し出し、彼女がその手に己の手を添える。
その小さな手こそが、彼にとっては何より誰より心強い。
これから行く先に遺憾なる困難があったとしてもなお、彼女がいればきっと乗り越えられる。
「【降霊憑依】!」
直後、ふたりの体が融合する。
青い瞳、黒い髪、白い肌、煉瓦を連想させるような奇妙なコート。
ふわりと浮いて、透き通った肉体。
黒い殻に足を踏み出した。
◇
黒い殻に入って、わかったことは思っていたより分厚い殻であるということ。
おそらく、一メートル以上はある。
しかし、それは無理もないことだ。
この街にいる何百何千もの武装した人間が大挙しても問題がないように、相当堅牢に作っているはずだ。
ましてや、内部にはあのアランやシルキーをはじめとした超級職が何人もいたのだから。
そうして、潜り抜けると。
そこには、人々がいた。
シルキーがいた、アランがいた、王族や貴族がいた。
そんな彼らは、静止していた。
シルキーなど、何かしらの魔術を放とうとした状態で、彼女を囲む精霊たちとともに静止している。
おそらくは、あの殻を壊そうとしているのだろう。
だがしかし、何かの事情で止まっている、まるで凍り付いたように固まっている。
声も出さず、念話を送ってくることもない。
殻の方を見ると、白い光が黒い殻の上を覆っている。
「おやあ、なぜこの【無刻結界】の中で私以外にも動ける人が?」
声がしたので、ピーターはそちらを向いた。
そこには、一人の老人がいた。
白い、聖職者然とした格好をした男である。
白いひげと、髪を蓄えた好々爺然とした、穏やかの雰囲気を纏っていた。
だが、それでいて、油断ができない雰囲気があった。
そもそも、シルキーなどが動いていないのにもかかわらず、なぜ彼だけは動いているのか。
「お前は、誰だ?」
「私は、〈神界師〉」
老人は、飄々とした顔で、名乗りを上げる。
それは、結界を極めた超越者を示す職業。
「人は私を”王国の盾”と呼んでいます」
ピーターは、彼を知っている。
ユリアやシルキーから、聞いていたから。
この国の結界システムを開発し、掌握しているもの。
そもそも、前から違和感があった。
それこそ、この事件が起きる前から、妙だと思っていた。
「ひとつ訊きたいことが、ある」
「なんでしょうか?」
「お前は、〈神祖〉の仲間なのか?」
「ありえませんね」
断言されてしまった。
一瞬、ピーターは違ったのかと思いかけて。
「あの方に、様を付けないだなんて。不敬にも、程があるでしょう」
「…………!」
だから、そう言われて、反応が追いつかなかった。
一瞬遅れて、ピーターは悟る。
このテロを引き起こした、裏切り者が、そこにいた。
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