精霊と人
ピーターは、アンバーと対峙する。
アンデッドは出さない、出せない。
アンバーは、人間は攻撃できない。
例外はあるのだろうが、かたくなに攻撃をしないことから察するに恐らくはシルキーの命令抜きには人間に攻撃できないと考えるべきだ。
「どうあっても、通さないつもりですか」
「左様。それがわが主、シルキー様のご命令であるが故に」
話にならない。
人と、他種族がやり取りするとき、その在り方の違いゆえに齟齬が起きることがある。
例えば、ピーターは食事をするし睡眠もとるが、アンデッドたちにはその必要性は一切ない。
しかし、食事をとったり、そのまねごとをする場合がある。
味覚が残っていれば、味を楽しむために。
心が残っていれば、食卓を囲んでいるという事実を楽しむために。
実際、野良のアンデッドが生前の習慣を繰り返すことも珍しくない。
かつて騎士だったアンデッドが、どこかの門番になったり、かつて子をはぐくんだ竜が死後も子供を真守ろうとしたり。
ともかく、最初は彼女たちの在り様を理解するために苦労した。
何しろリタなどは、高価な菓子類を望むのに、実際には一口も口にしていない。
しかし彼女自身は食べ終わったと認識しており、ある程度味わった食物は知覚できなくなり、興味を示さなくなる。
はじめはアンデッドと人間の感性の差異に戸惑うばかりだった。
それでも、何年も共に過ごし、彼なりに学ぶ上で彼女達を理解できた。
目の前の存在も、それに近い。
精霊とは、魔法が命を持った状態。
風の精霊であれば、風の魔法が命と知性を得た姿。
アンバーであれば、雷の魔法が肉体と精神を得た姿である。
この世界には、魔力が存在する。
多くは地中や大気中、海中に存在し、その魔力が暴発して魔法が発生してしまうことがある。
精霊とは、ある意味では自然現象の一種であり、いわば自然魔法現象なのである。
余談ではあるが、人工的に精霊などを作る魔法や魔術も存在する。
これは術式的には、自然に発生している精霊と大差ない。
また、この時点での精霊は、知性が低い者も多い。
精霊が高度な知性を獲得するのは、人間などの高い知性を持った生物と契約したあとであり、するが故である。
それゆえに、アンバーはシルキーの命令を順守する。
その結果、ピーターとシルキーが合流できなくても、リタたちを殺しても、止まらない。
「……まずいな」
状況は厳しい。
アンデッドが使えない状況でできることなど、ピーターにはほとんどない。
そして出そうとすれば、雷光で消し炭にされる。
アンデッドなどのモンスターを攻撃しても、契約には反しない。
魔法という自然の摂理によって生み出された精霊にとって、契約の価値は人より遥かに大きい。
契約をして、名を得ることで契約前よりはるかに高い知性と力を得る。
人という高い知性の存在との契約によって、初めて精霊は高位の精霊たりえるのである。
ゆえに、契約からそれることはしない。
主の命令に逆らうこともない。
「それでも……」
ピーターもまた、己の信念のままに動くもの。
ゆえに、シルキーの危機を見過ごすことは出来ない。
彼女が窮地にあるならば、それを打破するために全力を尽くさねばならない。
「【スピリット・ブラインド】、【スピリット・ブラインド】、【スピリット・ブラインド】!」
ピーターは、まず魔術を連射する。
紫色のオーラを放つ、魔術の正体は精霊に特化したデバフ。
この一年で、対人用のデバフだけではなく、あらゆる種族に対するデバフをピーターは習得していた。
デバフというのは、単にステータスを下げるのではない。
そもそも、ステータスを多少減らしたところで、ピーターでは脱出できない。
今撃っているのは、一時的に視界を奪う魔術であり、当たりさえすれば逃げられる可能性ができる。
「はっ」
が、その魔術は当たらない。
そのほとんどが、そもそもアンバーのいる場所に命中しない。
中には、不規則な軌道を描いて外に飛び出していった。
いくつかはアンバーの方へと飛んでいったが、それもアンバーのスピードならば避けられる。
もちろん、雷電の檻は維持したままだ。
推測通り、雷の檻では肉体ははばめても魔術は防げないようだ。
まあ、雷魔術で防げるのであれば避ける必要もないので妥当ではある。
「やはり、まだ魔術の制御は不安定なようだな。その程度の魔術も御せぬとは、程度が知れる」
「アンバーさん、前からうっすら思ってたんですが、僕のこと嫌いですよね?」
辛らつな言葉で吐き捨てる白虎に、ピーターはふと思ったことを言う。
「勘違いするな。シルキー様以外のすべての人間が嫌悪の対象よ。もっとも、弱者が人の中でも特に嫌いであることは否定せぬ」
「つまり役満ってわけですか」
「随分、余裕があるな」
刹那、雷光がほとばしり、ピーターを取り囲む。
一歩でも動けば、彼は電流に打たれて死ぬだろう。
だが、間に合った。
「失礼します。これは、どういう状況っすか?」
「貴様、これが狙いか」
アンバーは、気づいた。
魔術の光で、救助信号を送る。
それが狙いであったと。
「魔術を外したのも、わざとというわけか」
「ええ、まあ当てようとしたのもあったんですけどね?」
一発だけ妙な軌道を描いているものがあればアンバーとて不審に思っただろう。
だが、その大半がめちゃくちゃな軌道を描いていれば、ただ単に下手なだけだと思う。
あるいはアンバーがピーターに興味を抱いていれば、ピーターの魔術の練度から察することができたはずだが、それもできない。
嫌悪とは、無知と無関心から生じるものなのだから。
騎士団が来ていれば終わりだったが、どうやら一番の幸運を引き当てたらしい。
そう、ピーターは悟った。
ピーターの狙いはとにかく、音や光を立てて耳目を集めること。
そうすれば、冒険者や騎士団が来るのは自明の理。
問題は冒険者はともかく、騎士団側がピーター側についてくれるかどうかだったが、そこはかけるしかない。
そして、ピーターは二分の一を引いたというだけの話である。
「さて、どうしますか?これ以上は不毛だと思いますが」
「…………」
アンバーは、人を攻撃することは出来ない。
だが、腕利きのパーティを相手に人を攻撃できないという大きなハンデを背負った状態で勝てるのだろうか。
おそらくは、シルキーでも困難だろう。
そして、シルキーより弱いアンバーにはできるはずがない。
アンバーは、雷を閉じ込めたようなーー雷そのものの琥珀色の目を閉じた。
「……シルキー・ロードウェルとの契約における特記事項十三条。『契約下の精霊に生命の危機あり、なおかつ主の生命の危機があると断定できないとき、生命維持のための命令違反を許可する』」
「なんて?」
「通っていいぞ?」
「ああ、もう知らん。好きにするがいい。こちらも好きに動かせてもらう」
アンバーは、白い虎からぬいぐるみに変貌し、どこかに消えた。
あれは、精霊の持つスキル【擬態】によるものであり、副次効果として気配を消すことができる。
ただ、困惑する〈猟犬の牙〉とピーター達を残して。
「あの、さっきの虎は追ったほうがいいっすか?」
「いえ、あの虎は単なるぬいぐるみなので気にしなくて大丈夫です」
「……本当か?」
「少なくとも、〈神祖〉達の仲間ではないですよ」
「そうカ。まあ、それなら気にしなくていいよナ」
「現状がどうなっているのか教えていただけませんか?」
「ええと……」
ルークたちが言うには、〈神祖〉が現れた直後に、いきなり複数箇所で同時多発的に襲撃がおこったらしい。
そしてそれらは、全員〈神祖〉同様角を生やしていたらしい。
「人を吸血鬼に変える【眷属化】のスキルですかね。〈神祖〉についてもある程度調べたことがあります」
「え、あいつら人間なのカ?」
「見た目、みんなオーガだったけど」
「ええ、そのはずです」
ピーターは、“邪神”〈不死王〉について調べていた。
それは、反面教師的な意味もあるし、アンデッドについての先駆者について学ぶという意味もあった。
その過程で、彼の配下であった者達についてもある程度知っていたのだ。
【眷属化】は、血を分け与えたものを鬼化させて貫く体を改造し、ステータスを引き上げたりスキルを与えたりするスキルだ。
普通の〈吸血鬼〉であれば大した人数を【眷属化】できず、肉体改造にも限度がある。
だが、超級職である〈神祖〉であれば、その縛りもほとんどないのだろう。
「……とりあえず、お互い無事でよかったな。ところでリタはどうした?」
「ええと」
ピーターは、説明を始めた。
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