現状把握と惨劇
ピーターが目を覚ましたのは、轟音によるものだった。
何かが爆発するような音。
巨大な生物が暴れた時の地鳴りのような音。
それで、ピーターは目を覚ました。
眼を開くと、そこは知らない天井だった。
起き上がりながら、ピーターは現状の把握に努める。
「何かの店、かな?」
不自然に空いたスペースは、なるほど売り場であると考えれば無理はない。
ピーターは、状況の確認に入る。
まずは、自身と契約下にあるアンデッドたちの状態確認。
ピーター自身のHPは、最大時の七割程度。
【降霊憑依】の反動もあったはずだが、そのダメージもかなり回復している。
一方で、ピーター以外のダメージがひどい。
リタは本体を半壊しているらしく、返答がない。
ミクも同じだ。
生きてはいるが、ダメージがひどくて修復が追いついていない。
ハルだけは、どうにか生きているが何もできない。
「ラーシンさん、かな」
いまだピーターの首と体がつながっていることから、ラーシンには本当にピーターを殺すつもりはなかったことがわかる。
であれば、ピーターを気絶させたうえで、生かすためにポーションをかけてこの家屋に運んだと考えるのが自然だ。
「…………」
本来であれば、敵対した相手を生かすなどありえない。
感情から言っても、理性から言っても、気絶した相手にとどめを刺さない道理がない。
つまり、ラーシンはピーターを敵であるとは見なしていない。
敵ですらない、はるか格下だと、そう見られているということだ。
そして、それは事実だった。
ラーシンを甘く見ていた、ということだろう。
相手は、出会った時点、つまりはおよそ十年前から上級職だった男。
レベルが百に達していることも想定内だったし、そもそも冒険者ギルドの追跡を一年躱し続けている時点でラーシンが相当な実力者ではあることもわかっていた。
それでも、今のピーターならば策を押し付けて奇襲に近い形にすれば無理やり押し切れると判断した。
強くなった。
レベルが上がった。
技術を磨いた。
魔術を学んだ。
それでもなお、彼には届かなかった。
ただ徒に、家族を傷つけただけだった。
「クソ、クソクソクソオ!」
拳から血が出るまで床にたたきつけて。
奥歯が擦り切れるほどにかみしめて。
それでも、彼の怒りと嘆きは止まらない。
ただ、悔しかった。
「ーー主様」
「……ハル。ごめん」
いつの間にか【霊安室】から脱出していたハルに声をかけられて我に返った。
おそらくは、見張りのために傍にいてくれたのだろう。
家族の姿を見て、不思議なほどすっと精神が冷静になっていくのがわかった。
「ラーシンさんは?」
「わかりません。私が意識を取り戻した時にはすでに、あの方しかいませんでしたので」
「それについては、私から話そう」
ハルの背後から、一体のぬいぐるみが現れた。
それは、白い虎のぬいぐるみ。
シルキーの配下、アンバーだった。
「やつは、あの後すぐに去っていった。悪魔による破壊をまき散らしながらな」
「アンバーさん?どうしてここに?」
「シルキー様のご命令だ。貴様が心配だからと見守るように頼まれたのだ。本当に危機的状態にあれば、助けるようにとも言われていた」
「なるほど」
「シルキー様は、ラーシンの件についてはなるべく手を貸さないことを、ピーターの意思を尊重することを望まれていた。その結果がこのざまだがな」
「…………」
返す言葉もない。
シルキーの手を借りていれば、そうでなくてもアンバーの協力さえあれば倒せたはずだ。
半球ではなく、地下部分も含めて丸ごと覆っているらしい、とアンバーは説明した。
「それより、今はこの状況を打破することが先決だな」
「何で、そうなったんです?」
急に現れた赤黒い壁。
どのようにしてそれが構築されたのかも、誰が出したのかもわからない。
「それを為したのは、一人の人物であった」
それは、いつの間にかそのドームの上に立っていたのだと、ルークは言った。
フード付きの黒いローブを着た女性で、髪は銀髪。
瞳は血のように赤く、それでいて感情のこもっていない、投げやりな冷血な視線を放っていた。
「彼女は自分を、【神祖】。“邪神”の眷属と名乗っていたよ」
当然、【真偽法】は発動しなかったぞ、とアンバーは付け加えた。
「はい、皆さんどうも初めまして、私は〈神祖〉、邪神〈不死王〉の眷属の一人だよ」
言葉の字面は明るいのに、どうにも感情がこもっていないせいで冷たい、突き放したような印象を受ける。
淡々とただ与えられた文を仕方なしに読みあげているような、投げやりに言っているようにも聞こえる、そんな声。
直後、数多の攻撃が飛来する。
それは弓矢であり、ナイフであり、様々な属性の攻撃魔法などといったありとあらゆる遠距離攻撃手段だった。
中には、テイムしたモンスターなどを用いて攻撃させているものもいた。
苛烈な攻撃ではあるが、それは仕方のないこと。
まず第一に、状況証拠から見て彼女が間違いなくこのドームを築いた張本人であること。
王族にも攻撃をするなど、冗談ではなく、当然始末しなくてはならない。
攻撃をしたものの中にはこの行事における護衛として雇われたものもいたのでなおさらだ。
もう一つは危機感と恐怖。
〈不死王〉の名はいまだに恐ろしいと認識されている。だからこそ、眷属を名乗った時点で攻撃されても仕方ない。
まして、伝聞で伝わる〈神祖〉と姿が同じであればなおさらだ。
「やったか?」
誰かが発したその言葉は、誰もが心中で思っていたことであろう。
だがしかし。
「ええと、攻撃はやめていただいてもいいかな、正直無駄、無意味だから」
爆炎が晴れた時、彼女は健在だった。
服は破れ、あちこちの皮膚が焼けているが……命に別状はない。
単純に防御力が高いのか、そうでなければHPの総量が高いのか、いずれにせよ攻撃はまるで意味をなしていない。
「皆さんに言わなきゃならないことがあってね、こうして話をしています。その話というのは、他でもない、私の仲間のことなんだけど、お」
どちゃり、と首が落ちて転がり、胴体から血が噴き出す。
背後から回ってきた剣士に首を跳ねられたからだ。
剣士風の男は、それを誇るように剣を持った腕を掲げる。
そのポーズ自体は正しい。
邪神の眷属を不意打ちとはいえ葬れたのであれば、それは誇るべきことだ。
「うーん、邪魔」
「ごぶえっ」
葬れたのであれば。
いつの間にか、彼女の首を跳ねた剣士、彼の首が落ちている。
斬り落としたのは、彼女の手の中にあるいつの間にか出現していた赤黒い刃。
彼女が流した自分の血を操って出来た刃である。
色からして、王族貴族たちのいる山車を閉じ込めた黒い殻と同質のものであると推定できる。
「【鬼血創操】――吸血鬼系統の基本スキルなんだけど、意外と今は知られてないんだね。それともうっかりしたのかな?」
ゆっくりと起き上がった彼女の首と胴体は繋がっていた。
それどころか、外傷一つない。
体はもちろん、ローブも無事である。
ただし、倒れた拍子にローブがめくれて頭部が完全に見えていた。
すなわち、吸血鬼の頂点であることを示す十一本の角が。
彼女こそは、かつて起こった”邪神戦争”の生き残り。
超級職に切り刻まれ、燃やされ、凍結され……それでもなお死ななかった怪物。
”無尽流血”の名で呼ばれ、畏れられたもの。
「改めて、名乗らせてもらおうかな。私は、〈神祖〉レヴィ・マリーブラッド。吸血鬼系統超級職にして、“邪神”の眷属さ。話を続けてもいいかな?」
彼女に対して、追撃はなかった。
「さてーー。早速だけど、本題に入ろう。私たちは、日々世の中をよくするために仲間とともに活動をしているんだ」
王族を閉じ込めるというあからさまなテロ行為に及んでおいて何を言っているんだ、と思ったが空気を読んで何も言わなかった。
不死身の怪物で、超級職。
まして、王族を閉じ込められており実質的に人質を取られているのと同義なのだから。
だから、実力者であってももう何もできない。
「だけどね、内部に裏切り者が出てしまってさ、そいつがこの聖王都ハイエンドにいることを知ったんだよね。一般的に、裏切り者は粛清しないといけないわけだよね」
うんうん、と彼女は白々しくうなずいて。
「さて、本題なんだけど、その粛清に関して君達に協力を求める、ということさ」
「君たちがその裏切り者を殺してくれれば、私達はこの街から撤退するよ」
「私たちにもそいつが今どんな見た目なのかはわからないんだ、申し訳ないね、でも納得してほしい」
「そうしてくれないと、私たちはしらみつぶしにこの町を探し回るからね、もちろん、君たち住民の犠牲は度外視で」
彼女が指を弾いた瞬間、あちらこちらで爆炎や衝撃音が上がった。
一泊遅れて、そこから悲鳴と怒号が飛ぶ。
「ちなみに、急いだほうがいいよ。あちこちに仕掛けた私の部下たちが、街ごと潰そうと今動いている最中だからね」
「なっ!」
その場にいた騎士や冒険者たちが驚愕の叫びをあげる。
「だからこれはゲームだよ、君たちが隠れ潜む裏切り者を殺せるか、私達が君たちを一掃するのか、どっちが早いか。お楽しみに!」
その場には、空虚なまでに明るい彼女の声と、悲鳴と衝撃音だけが響いていた。
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