ピーターとラーシン
「閉じ込められた、ってわけね」
血でできたような赤黒いドームを見渡して、シルキーは呟いた。
同時に、確信する。
これができるのは一人しかいないと。
「ピーター……」
シルキーは、彼女同様外にいる弟子のことを考えた。
無事でいてくれと、祈りながら。
◇
「あれ、なに?ぴーたー」
ラーシンと言い争っていたピーターは、リタに言われて、街の中心を見て、気づく。
「なん、だあれ?」
それは、半球だった。
赤黒い、かさぶたのような半球だった。
いつの間にか、出現していた。
それにはなにがいるのか、どうなっているというのか。
上に人影がいるような気がするが、はっきりとはわからない。
ただあそこは。
先ほどまで、パレードが行われていたはずで。
パレードの音が聞こえていて。
つまるところ、シルキーやユリアがいるということだ。
「師匠、こちらピーター。ラーシンさんと遭遇しました。応答願います」
(ブローチが機能してない。あの殻が通信を弾いているのか?)
ラーシンがいることを、伝えてにもかかわらず。
返答がない。
応えられるような状況ではないか、あるいは、ブローチが機能していないかのどちらかである。
あの殻に通信を弾く効果でもあるのかもしれない。
いずれにせよ、この場において最早シルキーには頼れない。
そして、ピーターは一刻も早く彼女と合流する必要性が出てきた。
「ふうむ、どうやらもう始まったみたいだね」
「これは、なにがどうなって」
何がどうなっているのか、あれは何なのかまるでピーターには分からない。
しかしそれでも、これはまずいことはわかり切っている。
内部でのシルキーやユリアがどうなっているのかはわからないが、いずれにせよまずい。
ピーターは、想定外の事態に焦っていた。
一方冷静なラーシンは、振り返ってピーターの方を見て。
「私は、もう行くよ。理想のために進まなくてはならない」
「ーーっ!」
「君はさっさと逃げるといいよ。君のギフトならば街を覆う結界も抜けれるはずだから、戦渦に巻き込まれることはない。そう思って、わざわざ町の端まで移動したんだからね」
ラーシンの口調は、落ち着いている。
店のカウンターで、顧客やピーターと話していた時と大差ない。
この非常時に、だ。
「ラーシンさん、何で、平然としているんですか」
「それは、もちろん予定通りだからだよ。計画に狂いはない」
「…………」
あの球体も、ざわめきも、そして同時多発的に起こった謎の騒ぎも、爆炎も。
すべてが、想定内だというのか。
こんなことになると承知のうえで、彼は計画とやらに加担しているのか。
もしそうなら、ピーターの行動は決まっている。
「ラーシンさん」
「すみませんが、あなたの予定はここで崩れます」
「ほう?」
「いえ、僕たちが崩します」
いつの間にか、ピーターは【霊安室】からリタとハルを呼び出していた。
それはつまり、臨戦態勢に入ったということだ。
「なるほどなるほど。どのみち君のことだ、見逃してはくれないんだろうとは思っていたよ。止められるなら止めてみなさい、【サモン・デモン・ソルジャー】、【サモン・デモン・ファイター】」
「ハル!【降霊憑依】!」
ラーシンのスキル宣言と同時、数多の悪魔が出現する。
百体以上の蝙蝠の翼の生えた悪魔と、地に立つ三メートルほどの一体の悪魔。
それらは一体の例外もなく、三又の槍と、騎士を連想させる鎧兜で武装している。
デモン・ソルジャー自体は、何度もラーシンの店で見かけている。
だが、それほど大量な悪魔は十分に脅威だ。
散開されれば、一体一体潰しきるまでちくちく削られることになる。
「展開」
「っ!」
その一言で、デモン・ソルジャーが辺りに散る。
家屋を越えて、道を曲がり、あちこちに消えていった。
ピーターは、デモンソルジャーを止めたいが、どうにもならないと判断した。
各個撃破には時間がかかりすぎる。
そもそも、悪魔を倒す必要もない。
狙いはあくまで、悪魔の召喚者たるラーシンのみ。
彼さえ倒せば、悪魔も止まる。
「リタ!」
「りょうかい!」
ピーターは、【霊安室】からリタの本体を呼び出す。
ラーシンは、それを読んでいたのか後ろに飛んで屋内には入らなかった。
手の内を知られているのは、厄介だ。
「ウオオオオオオオオオオオ!」
「くおっ」
何より、一体だけいるデモン・ファイターという悪魔は脅威だ。
ステータスで、今のピーターとほぼ互角である。
これほどの量と質の悪魔で、何をするつもりかはわからない。
だが、それがピーターに勝つためだけのものではないのはわかり切っている。
この国を変えるという発言と無関係ではないだろう。
シルキーや、護衛対象の王族にも何かが迫っていると考えるべき。
ここで止めないという選択肢は最初からピーターにはない。
だから、ここで切り札を切る。
「ミク!」
「はい!」
「むっ!」
彼の指示通り、【霊安室】から飛び出したのは、最後の仲間であるミク。
〈僵尸〉である彼女はアンデッドとして格納することが可能であり、
彼女は、ラーシンに組み付き、全力でしがみついた。
ただし、全筋力ではなく、全能力で。
〈僵尸〉の特徴である念動力を自分も行使し、ラーシンを締め付ける。
常人であれば骨が砕けるだろうが、それだけでは終わらない。
彼女の拘束によって、ラーシンの視界は物理的にふさがれている。
その隙に、ピーターは悪魔の守りをすり抜けて、彼の背後まで到達した。
悪魔は、彼の指示通り動く傀儡である。
しかし、逆に言えばそれは彼の指示が的確に発されなくては、悪魔はその全力を発揮できないということでもある。
「これ、は」
ラーシンが、今日初めて焦りの混じった声をあげて。
彼の背後に回った竜骨の怪人が、右腕の刃を振るう。
「【ハルバード・ブレイク】」
己の外骨格を部分的に破損させて放つ一撃。
常人であれば、原型さえもとどめないであろう圧倒的な暴力。
そんな最大威力の一撃は。
「まあまあ、悪くはなかったかな」
あまりにあっさりと、ラーシンに止められていた。
「え?」
ピーターは、疑問を含んだ声を上げた。
攻撃を止められたこと自体に、ではない。
何に攻撃を止められたのかについての疑問だ。
いや、ラーシンだ。彼が自分に腕でピーターの右腕をつかんで止めていた。
しかし。
ラーシンは、こんな風に鎧兜を付けて、三又の槍を持っていただろうか。
ラーシンは、山羊のようなねじくれた角を生やしていただろうか。
ラーシンは、蝙蝠のような翼を生やしていただろうか。
これでは、まるで人ではなく悪魔のような。
「まさか」
「――【魔人降臨・魔人戦士】」
ようやく気付く。
ミクが、目にもとまらぬ速さで吹き飛ばされていたこと。
そして、先ほどまでいたはずのデモン・ファイターがいなくなっていたこと。
「悪魔と、融合して」
ラーシンと、彼の使う悪魔が融合合体している。
使い魔と融合合体するスキル自体は珍しくない。
ピーターが切り札として行使する【降霊憑依】がそうであるし、〈従魔師〉や〈召喚士〉なども同系統のスキルを持っている。
だから、〈拝魔師〉系統の彼が同系統のスキルを使ってくること自体は想定内だった。
想定外だったのは、彼がこちらの奇襲に完全に対応しきったこと。
「ふむ、悪くないね。私の知らない手札で虚を突き、なおかつ背後から最大火力の一撃を叩き込む。正しい方法、正しい戦術だね」
先ほどまでの攻防を、特に何とも思っていないらしく淡々と感想を述べる。
まるで他人事のように、冷静だった。
ピーターは、距離を取らない。取れない。
ラーシンが彼の腕を、潰れるほどにしっかりと掴んで離さないからだ。
「だが、君は一つ見誤った。私の戦闘能力を把握していたつもりで、把握しきれていなかった」
ステータスも、技術も、自分より格上。
「君では、私を止められない」
そういわれた直後、ピーターもまた吹き飛ばされた。
「ぴーたー!」
リタが悲鳴を上げる。
そんな彼女を、見もせずにラーシンは告げる。
「大丈夫、心配しないでほしい。殺してはいないよ。……殺すつもりもない」
リタの本体に空いた穴を通してピーターを見ながら、ラーシンがそういう。
「とはいえ――一応無力化しておく必要はあるかな」
刹那、リタの反応速度をはるか超えて。
リタの家の壁に、無数の穴が開く。
ラーシンの槍による攻撃、ではない。
彼の従える無数のデモン・ソルジャーによる攻撃だ。
ダメージに耐えきれず半壊したリタの本体は、霊体も維持できなくなり、【霊安室】へと帰還する。
「おやーー」
「ーー」
「なるほどねえ、さっきから見られているのは気づいていたけど、面倒な相手だな」
「ーー」
「やるかい?」
「――」
「そうか、やらないのか。まあいいよ、君のような怪物がいてくれるなら、ピーター君を守る手間が省ける」
「――」
「君はどうせ、それ以外できないだろう。ああ、そうだね一言言伝を頼まれてはくれないかな?」
「――、じゃあねピーター君、しばらく安静にしているんだよ。次目覚めた時、国は大きく様変わりしているはずだからね」
そんな彼の言葉は、ピーターの耳に入っていなかった。
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