■との再会
もう、十年以上前になるだろうか。
一人の少年がいた。
彼には三人の兄がいて、父親がいた。
ごく普通の〈農家〉の息子だったが、少しだけ違うところがあった。
それは、親が村長であるということ。
そして母親を早くに亡くしているということだった。
そう、少しだけだったのだ。
「出て行け、死んでしまえ、この恥知らず。なぜおまえのようなものが生きている」
――父親にある日突然追い出されてしまうまでは。
◇
兄を名乗る、ピーターに良く似た顔の人物。
間違いなく、ピーターの生物学上の兄。
そんな人物を見ての、彼の反応は。
「失礼します」
素通りだった。
「あの、お兄様、いいんですか?」
「いいの?」
リタとミクが聞くが、それすらもピーターは無視した。
「構いませんよ、知らない人ですから」
「待ってくれ、ピーター!」
「は?」
がっしりと、肩を掴まれる。
振りほどこうかと思ったが、荒事を起こすと面倒だと判断してそのままにした。
彼は、
「父のことは謝る!ほかの二人も、僕も、お前を恨んでなんかいない、憎んでもいないんだ。本当なんだ!」
「それで?」
「だ、だからもう一度話し合おう!僕たちは家族だろ!」
「違うよ、誰だお前」
ピーターは、敬語を使わない相手は二種類だけだ。
家族、慣れ親しんだ、心から信じられる存在と。
敵。最低限の礼節を尽くす価値もない相手だ。
なるほど、ピーターの兄たちはピーターを殺そうとしなかった。
殴ったのも、蹴ったのも、唾を吐きかけたのも、そして追い出したのも全ては父親だ。
だが。
「あの時、助けてくれなかったじゃないか!」
「…………っ!」
ピーターが殴られた時、誰もかばってはくれなかった。
いや、わかる。
きっと誰もが、驚きと恐怖で動けなかったのだ。
父親の凶行は、あまりにも突然だったから。
けれど、それがどうした。
本当に家族なら、そういう時に止める者じゃないのか。
職業が〈降霊術師〉で、穢れたアンデッドを使う職業で、あの“邪神”と全く同じ職業で。
そんなことで攻撃する親を止めなかったのなら、同罪だったんじゃないのか。
そして、同罪ということはつまり、彼にとっては敵であるということだ。
彼は、もう農家の息子のピーターではない。
冒険者のピーター・ハンバートである。
敵対した相手には、決して心を開かず許さない。
そういう生き方をしてきた、そういう道を選んだ。
「追い出された時、僕がその後すぐに出ていったとでも思っているのか?」
「ち、違うのか?」
「そんなわけないだろ!」
そんな簡単に家を、故郷を、家族を捨てられるわけがない。
茫然としたままボロボロと涙を流して、誰も助けてくれないと気づいて、ピーターは村を出ていったのだ。
何時間も、家の外で誰かが助けてくれるのを待っていたのだ。
そう簡単に、家族を捨てられるわけがない。
傷を負った状態で何時間も歩きながら泣いて、哭いて、嘆いて。
リタに救われて、様々な人と出会って、生き抜いて。
社会の中で家族とともに、バラバラになった心をつなぎ合わせて、ようやくピーターはピーター・ハンバートとして生きていけると思っていたというのに。
そのくせ、何をいまさら関わろうというのか。
そう言おうとして、ピーターは思い出した。
今ここが祭りの真っ最中であることに。
「すみません、お騒がせしました。僕は、先に戻りますね」
「え、ええ」
「ピーター待ってくれ!」
「はいはい、落ち着いてくださいね、お兄さん」
ピーターは、ラーファたちに一礼して、その場を去った。
リタやミクには、そしてラーファとジョージには悪かったが、もう既に祭りを楽しむ余裕は残っていなかった。
「ピーター、良かったの?」
「あんなのは、家族じゃない」
ピーターは、ぴしゃりといった。
覚えている。
楽しかった日々を。
家族からもらっていた温かさを。
覚えている。
殴られた時の痛みを。
故郷を追われた辛さを。
罵倒された悲しみも。
一瞬にして天国が地獄へと裏返ったあの時のトラウマを。
「お兄様……」
ミクが、オッドアイを向けてピーターを見つめる。
「あいつらは家族じゃない。だから、話し合う必要なんてない」
「でもぴーたーは、ゆりあとはわかいしたよね?どうしてきょうはだめなの?」
そう。
殺されかけたとしても、彼は和解している。彼の精神性ならばそれができる。
ピーターが敵対したのは、リタのような大切な人や、無辜の一般市民にまで危害が及んだ時のみ。
ピーターのみに被害が及んだ時、ピーターが怒ったことはなかった。
ユリアの時も、リタやハルが傷ついていればピーターは許さなかっただろうが、和解し、友人にまでなっている。
無論、それは自棄の傾向が強いという欠点であり、別にそうしないことが悪いわけでもない。
けれど、ふだんの彼とはあまりに違いすぎる。
だから、リタは戸惑ったし、ピーターに尋ねる。どうしてなのかと。
「僕が、僕であるためだ」
「…………?」
「僕は、ピーター・ハンバート。かつての家族だったものを見限って、君たちを家族として選び、歩むものだ」
家族を見限って、ピーター・ハンバートを名乗り、新たな家族を迎え入れたのが彼である。
「だから、家族と和解してしまったら、それは今までピーター・ハンバートとして歩んできた道のりを否定するような、君たちとのつながりを否定してしまうような気がして」
「お兄様……」
ピーターの性格は保守的だ。
もう、傷つきたくない。
二度と家族を失いたくない。
だから、家族という神聖な関係に、不純物を持ち込みたくなかった。
「ぴーたー、それは」
リタが、何かを言おうとして。
「ごめん、リタ、ミク、【霊安室】に戻っていて。一人に、してほしいんだ」
「……承知しました」
「うん」
とにかく、今は一人になりたかった。
先ほどのことは、あまりにも彼の処理能力の限界を超えている。
見覚えのある男と、ばったりと出会った。
「あの、ラーシンさん?」
「……ああ、ピーター君、お久しぶりだね」
シルクハットをかけており、首からロケット付きのネックレスを下げている。
一年たったが、ラーシンは依然とまるで変わりなかった。
少し、老けただろうか。
いや、気のせいだろうと思う。
人がたかだか一年でそこまで変わるとは思えなかった。
『リタ、ハル、ミク、すまない。力を貸して欲しい』
『『承知』』
『りょーかい』
「……どうかしたのかい?」
「いえ、なんでもありません」
ピーターは、努めて普段通りに話そうとした。
「すまないね、今日はちょっとやるべきことがあって……」
「すみません。良かったら、もう少し別の場所まで行きませんか?」
ピーターは、内心断られるかもしれないなと思いながらラーシンに提案した。
「……わかった。そこまで言うならいいよ、少し歩こうか」
しかし、ラーシンは、素直に快諾してくれたので、ピーターにとってはありがたかった。
ピーターは、胸につけたブローチに触れた。
使う時が来るかもしれないと思いながら。
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