シルキーの心構え
元来た道を思い返しながら歩いていき、どうにか結界を貫けて王宮に帰り着くころにはすっかり夜になっていた。
ピーターはある程度防寒対策もしてはいたが、それでも肌寒く感じた。
既に祭りが終わって、建物の外に人の気配がないことも原因か。
祭りの跡など、汚物が辺りに落ちていそうなものだが、流石聖職者の町というべきかそういうものは除去されていた。
ちなみに結界には保温の効果はない。
あくまで、外敵の排除と内側からの門以外からの脱出を許さないためのものだ。
もう少しわかりやすく言えば、例えば受刑者の脱走防止であったり、税金の未払い対策である。
街の外と内側をつないでいる四つの門を通る際、人数やもちこんだ物品に応じて税がかけられる。
マギウヌスはさほど厳しくないが、逆にハイエストはそのあたりが厳格だ。
それが悪いというわけではない。治安を守るため、あるいは税収を確保するため、必要なことではある。
閑話休題。
肌寒いと感じるほどまでに、夜遅くに帰ってきてしまったピーターを待っていたのは、こめかみに青筋を立てたシルキーだった。
「お、そ、い」
鬼気迫る表情で、すでに帰っていたシルキーは自室でピーターを睨んでいた。
ピーターの率直な感想を言うとすれば、申し訳ないと怖いが半々である。
その怒りたるや、普段体のどこかしらにくっついている芋虫とカラスと虎のぬいぐるみは部屋の隅に固まって縮こまっているほどだ。
因みに、一番かわいそうだったのは、椅子代わりになっているがゆえにどこにも逃げられないカバのぬいぐるみ――ラピスラズリである。
椅子代わりゆえ、振るえることさえ許されないのだから。
ピーターも正直逃げだしたくなったが、後ろにリタとミクがいるのでぐっとこらえた。
「……すみません」
「何でこんなに遅くなったの?」
ピーターは、有体に理由を話した。
知り合いを見かけたこと。
追いかけているうちに道に迷ってしまったこと。
その際、私有地に入ってしまい、十人の方からひどく怒られてしまったこと。
そして帰ってきたときには、結果として日が沈んでしまっていたということ。
シルキーは、理由を聞くと、一応は納得したのか怒気がすっと引いた。
ついでに青筋もなくなっている。
「遅くなるなら、連絡くらいよこしなさいよ。そのためにそれを渡したでしょう?」
シルキーは、ピーターの胸元を見る。
そこには、一つのブローチがつけられていた。
離れて行動するのが前提であるために、ピーターに与えられた魔道具である。
魔力を込めることで、受信機を持っているシルキーに念話を送ることができる。
「緊急事態というほどではないかと思いまして」
「まあ、いいわ。これからはもっと気軽に連絡すること。……心配したのよ?」
「……申し訳ありません」
確かに、本来前夜祭が終わっているはずの時間帯なのに、まだ帰ってこなければ心配もするだろう。
弟子と師匠の関係性は様々だが、ある意味で師匠は弟子の保護者でもある。
親目線で心配されるのは無理もないとピーターは思ったし、いやではなかった。
「いいのよ、気を付けてくれれば。それより、ご飯の支度はこれから?」
「あ、はい!すぐにとりかかります!」
シルキーに言われて、ピーターはすぐさまエプロンと三角巾を取り出して宿内のキッチンへと向かった。
「ぴーたー、みてみて、わたしもえぷろん!おそろいだよ!」
「うん、可愛いね!リタ。でもほら、できればその、他の服を一切付けない状態でエプロンだけ着てもらうというのは」
『主様、それはダメです』
「だめだよぴーたー」
「お兄様、変なこと言ってないで、取り掛かりますよ。私も手伝いますから」
お説教の後は、いつも通りの光景。
リタが明るく騒いで、ピーターがそれに気持ち悪い笑みを浮かべながら彼女を甘やかし、彼女に甘える。
そしてハルとミクは、それを諫めたり補佐したりする。
そんな光景。
その景色をシルキーは微笑ましいものを見るように、穏やかな顔で見つめている。
「おか、師匠!肉料理と魚料理どちらがよろしいですか!」
「今日は肉の気分だから、肉でお願い」
「わかりました!」
シルキーは、気づいていなかった。
そんな光景を、五体の精霊が見つめていることに。
彼女が見ていると思っていた景色の中には、いつしか彼女自身も入っているということに。
彼女は、気づいていた。
普段通りに見えるピーターが、いつもより少しだけ、声のトーンをあげていることに。
彼が、少しだけ無理をしていることに。
◇
「まあまあ、おいしいんじゃない?」
シルキーたちは、ピーターのつくった夕食を食べていた。
メニューは、シチューとパン、それに肉と野菜を炒めた物である。
「それは良かったです」
結局、ピーターは新鮮な食品を買うことができなかった。
とはいえ、道中で自炊をしたように彼は食品をアイテムボックスに入れているためにそこまで問題はない。
正直、ピーターとしてはもっとクオリティをあげたかったのだが、食材を購入できなかったので仕方がない。
料理の味は、概ね食材で決まるというのがピーターの料理に対する信条である。
無論、料理人の腕の見せ所でもあるのが料理ではあるのだが、ピーターは彼の料理の腕前が高いとは思っていないし、彼の料理がうまいとされているのはすべて贖罪の良さによるものだと思っている。
実際、彼の料理は本職の〈料理人〉などには遠く及ばないので、食材がメインと言うのも無理がない。
――どうだ、この野菜。
――こうやって丁寧に育てさえすれば、作物は必ず答えてくれるんだ。
「ぴーたー?」
「ちょっとピーターどうしたのよ?おいしくなかったとか?」
「いやまあ、もう少しクオリティをあげたかったな、と」
それ自体は嘘ではない。
固まっていた理由は、昔のいやな記憶を思い返していたからだったが。
「そう?十分おいしいと思うけれど」
「そうですね、十分おいしいと思います。これなら毎日食べたいですね」
「まああらかじめ仕込んでいたものですからね」
さすがに夜遅くに帰ってきて、そのまますぐにまともな料理は作れなかった。
ゆえに、数日前に作ったあまりものにひと手間加えて出しているのだが、それでもシルキーたちは満足してくれているらしい。
「ピーター、アンタ何か悩んでるんじゃないの?」
「え?」
ピーターはどきりとした。
図星を、完全に無警戒の状態で突かれたからだ。
何を言えばいいのか。
嘘はつけない。
苦手だし、何より彼女に虚言を吐きたくはない。
しかし何を言えばいいのだろう。
最近見ている悪夢と、フラッシュバックする過去についてか。
あるいは、誰にも共有できていない今後の悩みについてか。
「実は、その」
「なによ、はっきり言いなさいよ」
「実は、師匠にお金を貸していただけたらな……と」
「は?」
シルキーもまた、思いもよらない返しをされて戸惑った。
ピーターは、現在無一文であることと、その後たまたま出会った友人におごられて借りを返したいことを語った。
「もちろん、マギウヌスに戻り次第魔力でお返しますので……」
「別に返さなくていい、というかあげるわよ」
シルキーはアイテムボックスから金の入った袋を投げてよこした。
慌てて受け取る。ハイエストの金は硬貨のみであり、紙幣などはない。
「しかし無一文だったとは思わなかったわ。両替所を使えばよかったのに」
「すっかり忘れていまして」
マギウヌスには両替所がある。
マギウヌスの両替所とは、魔力を他の国の通貨に交換できるというものだ。
もちろん手数料として余分に魔力を取られはするが、基本的に他の国全ての貨幣をそこで得ることができる。
因みに、ハイエストの両替所ではそれができない。
魔力が金銭として使用できるのは、マギウヌスの領内のみであり、国際的には厳密には認められていない。
実際、国外との貿易も外貨と物品の交換である。
「というか、本当に貰ってしまってよいのですか?」
「いいのいいの。そも、金銭の貸し借りは対等だから成立するの。アンタに当てはまらないわ」
「な、なるほど」
「まあ、こっちのお金はいくらでもあげれるものね」
「と、いいますと?」
「私がアンタに魔力を渡すとなると手続きが面倒くさいのよ……。基本的に違法だし」
「ああ……」
彼女は超級職。
魔力が膨大であるがゆえに、市場に及ぼす影響もまた無尽蔵。
ゆえに、マギウヌスでは超級職が金銭として運用できる魔力に大幅な制限をかけている。
弟子に金を渡すなど、もってのほかというわけだ。
「しかしピーターの知り合いがたくさんいるのなら、暫くここにとどまってもよさそうね」
「そうですね、できればそうしたいです」
ユリアにラーファ、アラン、〈猟犬の牙〉、そしてラーシンも含めればハイエストにおけるピーターの知り合いや友人がほとんどここにいることになる。
〈猟犬の牙〉のメンバーたちとは彼らの仕事が終わり次第会う約束をしているし、他の人たちとも会って話したいことや訊きたいことがまだまだ山ほどあった。
これはハルやリタも同じだろう。
ミクは彼等とはあまりかかわりがないが、ユリアやラーファとは楽しそうに話していた。
出来ることならば、護衛が終わってもしばらくとどまって過ごしたい。
まあ、アランやラーファは忙しいのですぐに戻ることになるかもしれないが。
そんなことを考えていた時に。
「それで、ピーター。まだ隠していることがあるでしょう?」
シルキーにそんなことを言われて、危うくお茶を吹きそうになった。
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