34話 やめろ。
34話 やめろ。
「で、こんなところで何をしていたんでちゅか?」
ケロっと表情を戻して、
そんな問いかけをしてくるという、
情緒が虚空を彷徨っている女を前にして、
才籐は、腰を据えて、対処法の思案を開始する。
(迷宮関係や人生関係の問題で、ただでさえしんどいのに……いつまでも、こんなドギツイ狂人の相手をしていたら、こっちの大脳が本格的に破壊されちまう。ここは、少し気合いをいれた逃亡を謀るべき。しかし、定石通りのグローバルカウンターはおそらく悪手。相手は高度なクレイジーを操る真正の変態。『認知領域外の現象レベル』で錯綜しているであろうルナティッカーが相手ともなれば、こちらも本気を出さざるをえない。ふふっ。仕方がない……見せてやろうじゃないか。形而上の不可侵領域、神のインパルス。認識スイッチ切り替え完了。さあ、聖なる絶望を数えろ)
才籐は、コホンと息を整え、表情を固定させ、
「ぼくちゃんは、迷宮について考察していたんですよ、エロいお姉さん」
ニッコリと固定された笑顔のまま、
「実は、このぼくちゃんこそが、あの迷宮の設計者でしてねぇ。いやはや、なかなかの出来だと自負しておるのですが、いかがでありんしょう。真理の迷宮は、攻略本ガン見推奨の死に覚え系クソ難関激鬼マゾダンジョン。百人、千人とロストしながら、一歩ずつゆっくりと下に降りていく、心ポッキーゲーム。そんな、非人道的な殺戮ダンジョンを創っちゃうだなんて、ほーんと、ぼくちゃんってば、つ・み・ぶ・かぁい♪ ――ここまでのお話は、御理解OK? あんだすたーん?」
真実を凶器とする狂気。
嘘は脆いが、事実は強固。
目の奥がガチで黒く輝いている歪んだサイコパスに抱く恐怖は想像を絶する。
相手の表情が変わっていくのを見て、才藤は作戦の成功を確信した。
才藤の計算は完璧だった。
問題は――
「そんなことは、もちろん、知っていまちゅ」
「……ぇ?」
「レイたんが神様なんでちゅよね。見れば分かりまちた」
「……」
「この、いくら修理しても全く歪みが直らない『産まれた時から末期症状』ともいうべきクソ世界を創った、最低の神様」
「……か、神ぃ? ……お、俺が? ……ぁぁ?」
「いやぁ、さすが、神様。神々しいでちゅねぇ。こんなカス以下の世界を創造しただけあって、なんともドス黒く輝いて」
「ち、違う……」
「やっぱり、アレでちゅか? 人が苦しんでいるのは楽しいんでちゅか? そうでちゅよね。そうじゃなきゃ、こんなイカれた世界は創らないでちゅよね」
「……だから……違う……」
「天から人を見下ろして、誰かが苦しんでいるところをニタニタしながら見ているのはどんな気分でちゅか?」
「――ちがうっ」
才藤は、イスをガタンと倒す勢いで立ち上がり、
「俺は神なんかじゃない……ふざけるなっ」
真摯な目で、まっすぐに彼女を見つめる。
お得意のファントムトークが機能していない。
ただただ純粋な忌避と嫌悪を伝えようとしている。
「俺は、ただ、迷宮を設計しただけだ。ほかは知らん。……世界なんか創っていない」
「迷宮の設計だけ……でちゅか?」
「そうだ。俺は神じゃない」
「本当でちゅか?」
「断じて、神なんかじゃない。俺だって神を恨んでいる。なぜ、こんなに俺ばかりを苦しめるのかと、全力で問いただしてやりたい」
「……ふぅん……神は別枠でちたか……でも、まあ、結局」
そこで、酒神は深淵をのぞくような目をして、
「クリアできなかったら世界が終わるようなゲームを設計したんでちゅよね? ははは、やっぱり最低でちゅねぇ。どっちもどっちでちゅ」
「……ぅっ」
「一つ聞いていいでちゅか? どういう神経をしていたら、あんなクソゲーを創れるんでちゅか?」
無邪気に、呑気に、無神経に、
――つまりは、冷徹に、そんな事を訪ねてきた。
「だ……」
『他人』相手に、
何を言っても無駄な事は知っている。
「黙れ……」
本気で伝えたい想いは、いつだって虚空を彷徨って消えていくだけ。
自分自身にすら伝える方法なんてないんだ。
そんな事くらい、才藤は、ほとんど生まれた時から知っている。
だから、今まで、才藤は、一度も癇癪など起こした事はない。
「まったく面白くないし、そもそもバランスはクソだし、そんでもって一々センスがないし……何より、クリアできなかったら世界が終るとか、厨二にもほどがあるんでちゅけど。全体的に、痛々しすぎて、マジしんどいんでちゅけど」
才藤は、今まで、一度も、自身の想いを言葉にした事などない。
スカして、イナして、シャに構える事で、
どうにかこうにか、必死に自分を守ってきた。
ファントムトークを駆使したり、
『聖なる死神』なんていう、
ちょっと何言っているか分からない、
『厨二全開の痛々しい存在』を演じたりして、
必死に目を閉じて、
全力で耳をふさいで――
けれど!!
「黙れ、クソがぁ!! 何も知らねぇくせに!!」




