17話 器となる重要な記憶。
17話 器となる重要な記憶。
聖堂雅は、今でこそ、身長170センチ股下百センチ体重52キロの九頭身というパーフェクトスーパーモデル体型の超絶美少女だが、中一の冬までは、ただのデカいデブ。
ルックスに多大な不具合を抱えた醜女だった。
当時は、ニキビも酷く、髪の手入れさえ怠るほど容姿に無関心だったため、周囲の心ない連中からは、『白い汚豚』・『ドリアン系ブス』・『ゴブリン突撃部隊隊長』などと散々なあだ名で呼ばれ蔑まれていた。
「汚豚、俺は、友達の気持ちが知りたいんだ。だから、お前は、今日から、俺のサッカーボールな。ボールは友達! というわけで、これから、色々と体験させてやるから、随時、感想をレポートするように。いいな」
「――工藤、お前は、だから、ダメなんだよ。もっと美しく蹴らないと、真にボールの気持ちを理解させる事はできないんだよ。ほら、こんなふうに」
「うわ、吐いた。おいこら、武藤。レバーにぶち込んでんじゃねぇよ。あーあー、もう、クツにかかっちゃったよ。ほら、汚豚、はやく、なめて、なめて」
性格は今とさほど変わらないが、しかし、幼さゆえに、現実に即した知識が乏しかった。
小学校を卒業したばかりの、勉強しかしてこなかった世間知らず。
だから、正しい抵抗ができなかった。「イタイ」「ヤメロ」そんな事を口にしたところで、迫害の手が止まることはない。むしろ激化する。
その地獄の行きつく先は、いつだって、
『キサマらのスベテをオワラせてやる』
自殺か虐殺の二択。彼女が選んだのはその両方。
ただ彼女ほど本気で『その二つを完遂させようとした者』は少ないだろう。
(明日、終わらせる。どんなことがあろうと、少なくとも、工藤だけは絶対に終わらせる。あえて数日前から使っている、この無駄に大きなサイズのリュックサックなら、チェーンソーだって、バレずに持ち込める。明日、あいつらは終わる)
彼女の計画は完璧だった。
なによりも完璧だったのは決意。
――復讐後に自殺する覚悟。
『死ぬ気』で臨めば、女子中学生でも、男子中学生の五・六人を殺す程度は朝飯前。
(チェーンソーの刃を首にあてる。それを五回ほど繰り返すだけの簡単なお仕事)
頭の中で念入りにリハーサルをした。
チェーンソーの使い方も入念にチェックした。
問題はなにもない。そう思っていた。
――起こった問題はひとつだけ。
「君ら、いつも楽しそうでいいね♪ ぼくちゃん、そんな楽しそうに笑った事とかないから、本当に、君らの人生が羨ましくて仕方がないよ♪ ところで、突然だけど、世界中の皆と思い出を共有するって素敵だと思わない?」
「は? お前、誰? てか、なにを――」
「君らが、そこのブスで遊んでいるシーン、実は密かに録画してたのさ♪ えへっ♪ その映像を、ぼくちゃんのチャンネルで流させてもらうけど、別に問題はないよね♪ ちなみに、現状、ぼくちゃんのチャンネルの登録者は二十万人くらい♪ こんな時のために、用意しておいてよかった♪ 備えあれば嬉しいな♪ たくさんの視聴者に、君たちの青春の一ページを共有してもらって、楽しんでもらおうね♪」
「てめぇ、何ナメた事言ってんだ。ミスターZ気取りか。あんまり調子のって――」
「世界中の人間に、君達の笑顔を見てもらうのさ♪ ああ、なんて素晴らしいんだろう♪」
「……や、やれるもんなら、やってみろよ。そんなクソみたいな脅しに俺が――」
「そこのデカいブスの口に、無理やりゴキブリの死骸を詰め込んだ、この傑作シーンなんて、喝采が起こるんじゃないかな♪ 彼女の使用済み生理用品を展示した、この斬新極まりないファンタスティックショータイムなんて、ほんと最高だったから、劇的に鬼バズるはずさ♪ 想像するだけでも高揚が止まらんね♪ にゃは♪」
「ヤバいぞ、工藤。脅しじゃない。こいつ、ガチで録画してる」
「お、お前、わかってんのか? それをネットに上げたりしたら、普通に犯罪だぞ。肖像権の侵害と、あと、脅迫だ。退学になるぞ。少年院にだって――」
「え、そうなの? 世知辛い世の中だなぁ、しゅん。でも、まあ、仕方ないよね♪ みんなが幸せになるためだもん♪ 退学も逮捕も、甘んじて受けなきゃね♪ えへへ♪」
「おい、こいつ、目がイってる。ヤベぇぞ、完全にラリってやがる」
「ぁっ、つか、こいつ才藤だよ。あの、頭ブチギレてるって噂の」
「ぇ……まさか、小学校を三つ崩壊させたっていう、例のキ○ガイか?」
「さあ! ともに、吹き荒れること間違いない『いいね♪』の嵐に身を委ねよう♪ ぁ、そうだ! まずは、君らの親、この地区の市長、PTA会長、教育委員会の皆様方に、君らの花のような笑顔を見てもらおう♪ そうしよう、それがいい♪」
「わかった。降参だ。望みを聞く。だから……頼むから……やめてくれ」
★
あの日、あの時、聖堂は泣きながら尋ねた。
『なぜ、私の邪魔をした! さいとうれいじ! なぜ!!』
『希望に救いを求めても無駄だって気付いたからさ♪ だから、『彼』と共に、黙って絶望を殺しつくそうって決めたんだよね♪ それは、きっと、ぼくちゃんと『彼』にしかできない事だから♪ こんにちは、はじめまして♪ このぼくちゃんこそが、ミスターZの片腕♪ コードネームは『聖なる死神』。この薄汚れた世界を、とびっきりの邪悪で照らす漆黒の輝きさ♪』
『何を言っているかサッパリ分からんが、とにかく、貴様が余計な事をしたせいで、私は、望む復讐を果たせなかった。死ぬこともできなかった。復讐と自殺の邪魔をした貴様を、私は絶対に許さない。貴様は、私が、必ず殺す。覚悟しておけ』
ボロボロと涙を流しながら宣言したのも今は昔。
――『聖堂雅の人生』は、才藤が動いてから大きく変わった。
まず、誰からも迫害されなくなった。
戯れや気まぐれで他人を傷つけるクソ共を、才藤が、その手で狩りつくしたから。
つまりは、才藤が、全校生徒だけではなく、教師からのヘイトも、すべて自分自身に集めきったから。
その結果、才藤は、学園中から嫌われ、ついには『脅威』だと判断された。
『彼はまずい。本格的にまずい。腐ったミカンなんて次元じゃない。追い出さないと、この学校が潰されてしまう。みなさん、一丸となって、彼を追い出しましょう』
教師や教頭や校長だけではなく理事会までもが一つになって、才藤の出席日数やテストの点数を改竄した。
才藤零児という、たった一人の生徒を、
『聖職者達』は、
総出で、学校から追放した。
――などという、そんな珍事は彼女にとってどうでもいい事。
『どこにいようが関係ない。この身がある限り、地の果てまで追いかけるだけ』
さらには、『とある難解で崇高な理由』のために始めたダイエットが完璧に成功した。
『唯一の目的』のために始めた体力作りと美容対策が絶大な効果をもたらした。
パーフェクトな高校デビュー。
いまや、彼女の評価は、ローティーン誌でカリスマ的人気を誇った国民的美少女モデルと比べても遜色ない、日本一のマンモス校の歴史上でも一・二を争う超絶クールビューティ。
彼女の人生は軌道に乗った。
それもこれもすべて、才藤のせい。
絶対に、許さない!!
『さいとうれいじ……貴様だけは、必ず、この手で殺してやる』
その目的のために、彼女は、脂肪をそぎ落とした。
七十九キロを、脂肪の皮を残さずに五十二キロまで落とす過程は茨の道だったが、本当の地獄を知っている彼女からすれば屁でもなかった。
そして、毎晩かかさず美肌パックを装着するようになった。胸を大きくするため、女性ホルモンを大量に分泌させるために、自分で毎朝最低二十分は揉むようになった。
命であるキューティクルを完璧な状態に保つための方法は『この世に存在する全ての理論』を試した。三浦大根と呼ばれたセルロイト仕立ての極太い脚を引き締めるために費やした総エネルギーは想像を絶する。
血反吐を吐きながら、全てを賭して、完璧な美少女になるための研鑽を積んだ。
すべて、才籐零児を殺すため。
すべての努力は、やつの息の根を確実に止めるためのもの。
『この手でブチ殺すまで、私は貴様のそばから離れない』
少しでもオシャレに見えるよう制服を改造しているのも奴を殺すため。
スカートを限界まで短くしているのも、一挙手一投足が美しく見えるよう仕草から何から一々気をつけるようになったのも、すべて、才籐を殺すため。
麗人になる事で、何がどうなって才籐を殺せるのかは、彼女もイマイチよくわかっていない。だが、そんなことはどうでもいい。
親や教師の、血管がはち切れんばかりの必死の抵抗・猛反対に真っ向から立ち向かってまで、こんなクソ高校にきたのは、言うまでもなく、標的の動向を監視するため。
才藤と同じクラスになれたと知った際、
『ふはぁああああああああ!!』
と叫んで喜んだのも、獲物を殺せる最高のチャンスとポジションを得られたから。
彼女の部屋の壁全面が才藤の盗撮写真で埋め尽くされているのも、もちろん、その迸る殺意を風化させないため。
財布や定期入れなど、所持品の至る箇所に、ヤツの写真をセットして、定期的に眺めているのも、当然、キリングモチベーションを保つため。
時折、ノート等に、才藤雅などと書いてみる行為も、全ては、才籐を殺す為のもの。
その行為の何がどうなって、才籐の絶命に繋がるのかは、彼女自身も分かってはいない。
しかし!
そんな事は!
どうでもいい!
去年の二月、ヤツの鞄に忍ばせたチョコに毒を入れ忘れたのは、一生の不覚。
翌月に受け取ったクッキーを食べないで神棚に飾ってあるのは、勿論、毒を警戒しての事。
――あん? わざわざ毒で殺さなくても、練習したチェーンソーで首をチョーンしたらいいんじゃないかって? 落ち着け、バカが。標的は以前と違い一人だ。
たった一人を確実に抹殺するのが目的であれば、むしろ、毒殺の方が成功確率は高い。
――なに? 毒入りのチョコを食べさせるには、信用させることが肝心? 躊躇せず口に運ばせるほどの信頼を勝ち取る事は、常日頃から、その口で殺すと明言しているのだから、絶対に不可能? ははっ。愚かな。
それは、その、つまりは、しかして……だから……その……まあ、それゆえに、うん、つまり、そういうことなのである。すべては、深遠な理由の積み重ねの果てにある、と、まあ、そういうことだ。とにかく、そういうことなのだ。




