第86話 「気が付くと、そこは馬車の中でしたわ」
…………ガラガラガラ。
ラミスは馬車の中で揺られながら、すやすやと寝息を立てていた。姉リンに会い、強敵の剣士に勝利を収め、姉ナコッタを救う事に初めて成功したのである。
姉を救う事が出来安心したのか、今迄の戦いの疲れが出たのか。……ラミスはぐっすりと眠っていた。
「むにゃ?」
「あ、起きた。」
「……ふふふ、ラミスおはよう。良く眠れたかしら?」
「はにゃ?」
……ガラガラガラ。
…………。
ラミスは眠りから覚め、辺りをきょろきょろと見回す。そして馬車の窓から頭をひょこっと出し、辺りを眺める姫様。
馬車の外にはグレミオ達兵士の他に、大勢の村人の姿があった。
馬車の中には姉二人と、重症のクリストフ将軍、それに村人が四人座っていた。
…………。
本来であれば、ラミスは「大変お見苦しい所を、お見せしてしまいましたわ」等、村人達に挨拶をする所だが。この様な状況で、変に村人達に気を使わせたく無いラミス姫は、ただにっこりと微笑んでいた。
「お、おはようございます……姫様。」
「ふふっ。おはようですわ、皆様。」
恐らく、歩くのが辛そうな小さい子供達やお年寄りを見兼ね。優しい姉達が、馬車に乗せたのであろう。
流石お姉様、優しいですわ。
「うふふ、可愛いですわー。」
ラミスは小さい子供を抱き上げ、微笑みかける。
────────。
ラミス達一行が北の街に着く頃には、既に日が落ち夜が更けっていた。
ラミス一行は伯爵家に向かい、伯爵に挨拶をする。一応念の為、ミルフィー達が来ていないか?と、伯爵に確認してみるが、残念ながらミルフィー達はまだ来ていない様だ。
姉二人は「?」と、何の事だか分からない様子だった。
「ミルフィーなら、隣のサイドデールに居るんじゃないの?」
姉リンはそう言ったが。当然ながら、姉二人はミルフィー達が帝国襲撃の報を受け、東の山まで戻って来ている事などは知らないのだ。
……そして、ヘルニア帝国軍と豚に襲われているかも知れない事も。
それはラミスだけが知っている情報なのだ。神々の力で実際に未来を見た事のある、ラミスだけが知る情報なのである。
「…………。」
姉ナコッタは何も言わず、ただ黙っていた。
……頭の良いナコッタの事だから、何かそういう可能性も考えて、少し不安になったのかも知れない。
部屋に入るとすぐにラミスを抱きしめ、無事を喜ぶ姉ナコッタ。
姉に抱きしめられ、ラミスもまた再会を喜んだ。
……ああ。お姉様が生きている。
あの辛い出来事を思い出すと、ラミスの目に涙が溢れ出した。
「ナコッタお姉様……。」
ラミスはどんな状況であれ。生きている姉ナコッタに再び会えた事に、心の底から喜んだ。
姉リンはそんな二人を、微笑ましそうに見ていた。
…………。
しかし、本当に喜んでいいのだろうか?……ラミスはこの後の事を考えると、不安に押し潰されそうになった。
姉ナコッタを助ける。……それはつまり、妹ミルフィーを見殺しにするという事なのだから。
そう改めて思い起こすと、ラミスは酷く絶望に駆られた。……しかし、ラミスにはもう妹の無事を祈る事しか出来ないのだ。
しかし、この事を姉二人に告げるべきなのだろうか?
…………。
ラミスの脳裏に、あの辛い出来事が頭を過る。姉ナコッタにしがみつき、泣き叫ぶ二人の姿を……。
…………。
ラミスは思い悩んだ。果たしてそれは、どちらが正しいのか。
何度考えても、答えは出て来なかった。




