第84話 「何も聞こえませんわ」
──ドゴォ!!
「ぐはっ。」
姫の奥義が決まり、地に沈む凄腕の剣士ゲイオス。
……勝った、そうラミスは確信する。
流石に姫の夜叉咬みをまともに喰らって、起き上がれる人間などいないだろう。……いや、いない筈だった。
──!?
「ぐっ。……油断したわ。」
おもむろに起き上がる、ゲイオス。
「……そっ、そんなっ。」
早く止めを!……もう一撃。
そう考え、急いでゲイオスに止めの一撃を放とうとするが。
…………。
ラミスは動けなかった。
「……意地が悪いですわね。貴方こそ、まだ実力を隠していたなんて。」
ラミスは、先程とは比べ物にならない程の。ゲイオスの恐ろしい殺気に当てられ、動けずにいた。
……ラミスは、ゲイオスという男の実力を見誤っていたのである。ゲイオスは、全く本気を出していなかったのだ。
…………。
ラミスは理解していた。……恐らく次の攻撃は回避出来ないと。
……ラミスは死を、覚悟せざるを得なかった。
──ヒュッ。
無情にも放たれた、ゲイオスの剣がラミスに襲いかかる。……ラミスはそのゲイオスの剣速に、全く反応出来なかった。……いや。正しくは攻撃された事自体に、全く気が付いていなかったのである。本気を出したゲイオスの剣速は、それ程までに速かった。
──ガキィン!
…………。
しかしゲイオスの放つ、その高速の攻撃は止まっていた。
──!?
いや、正確には止められた。と言うのが正しいだろう。ラミスの目ですら追えない、その高速の刃を弾く事の出来る人物。
……それは。
「お待ちしておりましたわ。……お姉様。」
「ちょっとアンタ!よくも私の可愛い妹の顔に、傷を付けてくれたわね?……覚悟は出来てるんでしょうね!!」
プンスカと御立腹の、リンお姉様見参。
……ラミスの勝算、それは。
姉ナコッタに宿る神々の力を解除し。姉リンに、この西の村まで駆け付けて貰う事だった。
ラミスは城を出る前に、姉リンの部屋に行き。すぐに、西の村へ駆け付ける様に頼んでいたのだ。
……半分は賭けだった。
だがどうやら、今迄の全ての推測が的中していた様である。
姉リンの登場に、少し安堵するラミスだが。しかし、問題はここからなのだ。
神々の力を、その身に宿すリンお姉様と。恐ろしい迄の殺気を放ち、まだ実力の全てを出していなかった凄腕の剣士ゲイオス。
……一体、どちらの方が実力が上なのか?
「リンお姉様……。」
…………。
ゲイオスは、姉リンに剣を向けて名乗りを上げる。
「我が名はゲイオス。ライ・G・ゲイオス。……小娘、貴殿の名を聞こう。」
「……こここここここ。」
「誰が、小娘ですってー!私はラミスの姉だから、ラミスより年上で。お姉ちゃんなんだからねっ!」
ムッキー!と、プンスカお怒りのリンお姉ちゃん。
「……そっそうか、それはすまん。」
釣られて謝り出す、凄腕の剣士ゲイオス。
「とりあえず、名前をだな……。」
「はんっ。アンタに教える訳無いでしょ?ばーか。てかさー、アンタ。よくも私の可愛い妹の顔に傷を付けてくれたわねー?絶対に許さないんだからね!ラミスー。こいつは、このリンお姉ちゃんが。ぎったんぎったんにして上げるから、安心しなさいっ!!」
バーン!!
…………。
「お、おお……そ、そうか。」
「お姉様。……私ちょっと耳が悪くて、何も聞こえませんでしたわ。」
……ラミスは、何も聞いてない事にした。




