第45話 「吸い寄せられましたわ」
……誰一人、目撃情報が無いのは少しおかしい。
あまりにも、不自然な話である。
「確か、私達が最後にリンお姉様を見たのは……。」
姉リンは妹二人に『貴女達は、お父様とここでじっとしていなさい。いいわね?』と言い残し、そして戦場の様子を見に外に向かって行った。……その後、戻って来ない姉を心配し。姉ナコッタが、姉リンを探しに向かい外に出た。
ラミスの記憶が正しければ。姉リンは戦場の様子を見に、外に向かった筈なのだが……。兵士達に聞いても誰一人、リンの姿を見たものが居なかったのである。
人が霧の様に忽然と消える事など、本当にあり得るのだろうか?
「リンお姉様に宿る神々の力も、気になりますわね……。」
妹三人に、古の神々の力が宿っているのだ。当然姉リンにも、神々の力が宿っていると考えるのが普通だろう。姉リンの行方が分からないのも、もしかすると神々の力が関係しているのかも知れない。
敵の情報。
この城に居ると思われる敵の数は、およそ五千との事。メイド達によると、用意しろと命令された数がその程度らしい。
その五千とは別に、城外に出たヘルニア兵が約二千弱居る模様。
怪物、豚。
隊長や将軍の命を奪ったある怪物とは、恐らく豚の事だろう。兵士達は恐ろしい豚の姿をした怪物、と言っていた。
ラミスが見た限りではあの怪物、豚の数は五体。
鉄よりも鋼鉄よりも硬い怪物、豚。
いくら公国が誇る英雄達と言えど、流石にあの様な化け物を複数体同時に相手するのは、無理があると言わざるを得ない。
「流石にあの豚さんは、化け物過ぎますわよねぇ……。」
伝説の怪物なのだから、仕方ないだろう。
得られた情報は、以上である。
ラミスは次に、姉リンの部屋に向かった。
「……お姉様、入りますわよ。」
ラミスはこの部屋に、姉リンが居ない事は理解していたが。……一応、話し掛けてみた。
「まあ、いらっしゃる筈ありませんわよねぇ……。」
当然居ないだろう、そんな簡単に発見出来るなら苦労はしない。
ラミスは、何かしらの手掛かりになるかと思い、姉リンの部屋に来てはみたものの……。
特に何も目ぼしい物は、見付ける事は出来なかった。
部屋から出ようとするラミスの目に、姉リンが使っている鏡が目に入る。
……すすすと、鏡に吸い寄せられるラミス姫様。やはりラミスも年頃の女の子である。しかもラミスにとって、鏡を見る事など体感的には三十年振りなのだ。……ちょっと、わくわくして鏡を覗き込むラミス姫。
そこに映し出されるのは、絶世の美女?それとも優雅な、お姫様?
……はい。
残念ながら鏡に映し出されたのは、そのどちらでもなく。
ゴツイ鎧の、兵士の姿だった。
「ですわよねぇ……。」
……当然である。ヘルニア兵士に見つからない用に、ゲイオルグの鎧を身に付けているのだから、至極当然である。
──!?
ラミスは、慌てて振り返った。
何やら、人の視線を感じるのだ……。
…………。
「お姉様、いらっしゃるの?」




