七十五話
「ん……?」
気配感知の反応により、俺は目を覚ました。
二つの生者の反応だ。
周辺にアンデッドの反応もあるが、それについては至近距離でない限りは特にアラートは設定していなかった。
この配置だと、外でゾンビ共に囲まれているようだな。
「くそっ!」
「タケルっち!どうする!?」
聞こえて来た声は、まだ幼さを感じる声だった。
子供、か。
だが、この瞬間だけ助けたところで、どうなる?
その後も、俺は責任を取れるのかよ。
「ちっ。」
しかし脳裏にカエデの顔が浮かび、俺は一つ舌打ちをして、すぐに立ち上がると店前のシャッターを開けた。
「こっちだ、来い!」
すぐそばにいたゾンビを蹴り間合いを離し、もう一体の頭に斧を振り下ろし屠る。
結構な時間眠っていたのだろう。
大分と昇った朝陽が差す中、アーケード街の一直線の道を塞ぐように多数のゾンビがこちらへと向かってきていた。
呼びかけに驚いたようにこちらを向くのは、少年の手にはバール、少女の手には木刀と、それぞれ武器を持っている高校生くらいの男女の二人組だった。
「急げ!」
こちらと二人の直線上に立つゾンビ共の頭を後ろから斧で片っ端から叩き割り、もう一度呼びかける。
二人は俺の姿に気付くとすぐさま走りだした。
二人が無事に店内に入ると、俺は勢いよくシャッターを閉めた。
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ガシャガシャと外のゾンビ共がシャッターを叩く音が聞こえる中、俺はバックパックからLEDランタンを取り出すと、それをレジカウンターへと置いた。
「……すみません、ありがとうございます。助かりました。」
最初に口を開いたのは、ぱっと見冴えない顔つきでぼさぼさになった頭が余計にそれを強調させている、全体的に少し筋肉質なことを除けば、どこにでもいるような少年だった。
「いや。怪我はないか。」
「はい、大丈夫です。モモは?」
「……大丈夫。ありがとう、ございます。」
先程外で出していた声とは打って変わって随分と大人しくそう言ったのは、元は根元まで染めていたのだろう、今は所謂プリン頭となった少しウエーブのかかったセミロングの、小麦色の肌をした少女だった。
その見た目に加えて、制服姿でいかにもギャルとでも言えるような様相だが、少しは考えてあるのかスカートの下にはジャージのようなものを履いている。
「まあ、二人とも無事だったようで何よりだ。」
俺はそう言うと、店内をぐるりと見回して、寄せていたテーブルを店の入口へと立て掛ける。
少々外のゾンビの数が多い。
シャッターを叩く音で周りのやつらが集まって来てしまっているようだな。
頑丈そうではあるが、もしも破られたら面倒だ。
こんなものだけでは進行は止まらないが、少し時間稼ぎ出来れば十分だろう。
数個をそこに置いて、あとは破られたら適当にキッチンにでも入ってカウンター越しに倒せばいいか。
裏口から逃げる手もあるが……そちらの方にもシャッターの音につられてそこそこゾンビがいるようだ。
「一旦向こう側に移動しよう。もしシャッターが破られたらカウンター越しに叩く。」
俺はそう二人に告げると、バックパックを持って移動する。
二人は、素直にそれに従った。
こうして俺が作業している間に感じるのは、二人からの敵意を含んだ視線だった。
まあ警戒反応としての許容範囲内といったところではあるのだが。
二人とも、酷く疲れ切ったような顔つきだった。
血で汚れたその服装からも、彼らが並々ならぬ経験をパンデミック以降してきたのであろうことは想像に難くない。
こんなまだ子供だろう二人が、そんな風になるしかない世の中に、俺はため息をつく。
「……武器はそれだけか?」
何気なく俺がそう問うと、二人は一度顔を見合わせ、こくりと頷いた。
それを見て俺はバックパックから拳銃を取り出す。
同時、ぶわりと敵意の反応が強くなった。
拳銃を取り出したのだからそれはある意味当たり前の対応なのかもしれないが、しかし助けた者にそれを向けられるのはどうにも複雑な気持ちだ。
そう思いながらも俺はレジカウンターにリボルバーを置き、次いで予備の弾丸を置いた。
これらは、織田さんから避難所を出るときに貰ったものだ。
「そいつはくれてやる。使い方はわかるな?弾を入れて撃つだけだ。」
いらぬ警戒を抱かれぬよう二人から距離を取る。
「もしシャッターが破られたらそれで応戦しろ。扱いには気をつけろよ。」
そう言って、先程よりは小さくなったがなおも向けられる敵意感知の反応に、俺はまたもため息をついた。




