六十八話
女性警察官や避難民の移動、それらはトラブルもなく無事に終わり、物資の移動も大半が終わった。
もう一度、デパートと警察署を往復をすれば、全ての作業が終了する。
人が移動するたびに配置換えこそしていたものの、避難民の移動とともに警察署の男手も少なくなり、ガレージを開ける際などは多少の無理が効かなくなる。
その安全を確保するのに時間がかかってしまい、すでに日が落ち始めていた。
人気のない警察署は、いつにも増して静けさを感じる。
そんな中、俺と織田さんは留置所にいた。
「やっぱり、こいつも連れていくつもりなのか?」
「……そうだね。色々考えたけど、そうなった。」
それが良い選択だとも悪い選択だとも、彼の中ではっきりとは判断がつかないのだろう。
片手で頭を抱えながら、織田さんが言う。
「お、おい、何を話して……」
「お前は黙ってろ。」
「ひっ……」
まだ多少の"威圧"スキルの残滓があるのだろう。
俺がそう言ってカエデを襲った鼻ピアスの男の言葉を遮り睨みを利かすと、やつは小さな悲鳴をあげた。
俺とやつの顔を交互に見ながら、そのやりとりに織田さんは訝しげな視線を向けていた。
「こいつが、なんの役に立つ?トラブルの元になるのがオチだろう。」
「柳木さんの言うことは分かるさ。だから、迷っていた。」
「……何を迷う必要がある?」
「置いて行くにしても、武器もなく置いて行ったらそれは見捨てるも同じだ。だが当然武器は渡せない。」
「見捨てればいいだろう。こいつはカエデを襲った。さらに殺そうとした。そんなやつに、何を配慮してやる必要がある?」
「柳木さん……」
眉間にしわを寄せる織田さんの瞳をまっすぐに見つめて、俺は言葉を続ける。
「織田さん。俺は織田さんのことを尊敬している。だが、このことに関しては俺は反対させて貰う。リスクしかないだろう。」
「分かってる。分かってるさ。」
「迷ってる、って言ったよな。織田さんは、見捨てることも考えていないわけじゃない。」
「……そうさ。食料だって無限にあるわけじゃない。何かの拍子に悪さをするかもしれない。だから見張りに人も割かなきゃいけない。柳木さんの言う通り、連れて行くことはリスクを抱えるだけだ。だけどそれでも……」
「その言葉で十分だ。」
俺は織田さんの言葉の続きを遮ると同時、彼の腰についたホルスターから拳銃を抜き取った。
そんなことをされるとは露ほども思ってはいなかったのだろう、勿論なるべく悟られないよう動作を滑らかにしたのだが、とにかく織田さんは殆どそれに反応出来なかった。
「柳木さんっ!?」
慌てて俺に掴みかかろうとする織田さんを突き飛ばす。
その力関係は明白で、加減こそしたが織田さんは床に尻餅をついた。
「待っ……」
それは織田さんが言ったものか、鼻ピアスが言ったものか。
俺はその制止の言葉を聞かず、牢屋の網目の隙間を縫うようにそこに銃口を当てると、その引き金を引いた。
パン、と乾いた音が一度響く。
「なっ、なんで……」
「なんで?当然の報いだろう。」
腹から血を流しうずくまる鼻ピアスの男に、俺は冷たく言い放つ。
床から立ち上がろうとする姿勢のまま、それを織田さんは呆然と見ていた。
「何があった!?」
と、部屋のドアを開けて勢いよくスキンヘッドの彼と髭面の彼が飛び込んでくる。
銃声を聞きつけて来たのだろう二人は留置所内の状況を見てわけがわからぬと言うような様子で目を丸くしていた。
ふいに、ゴロゴロと外で雷の鳴る音が聞こえた。
「やっ、柳木さん……キミは……」
「……これで、迷う必要も無くなったな。」
ゆっくりと立ち上がり俺へと近づいてきた織田さんが、震える瞳を向ける。
俺はそう言う彼に、そっと拳銃を返した。
いつの間にか、外には雨が降り出していた。
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空が雲に覆われたことで予想よりも早く外が暗くなってしまい、一夜を警察署で過ごすことになった。
デパートにいる面々は心配するだろうが、こう言う場合もあるとあらかじめ折り込み済みなので、そこまで問題はないだろう。
今日でお別れとなる長い間世話になった警察署の自室で天井を見上げていた。
俺はただただ冷静に、やつを撃ち殺した。
今後を考えれば、それは合理的な判断だと思う。
織田さんだってそれを分かってはいるだろう。
だが彼はその選択をしようとは思っていなかった。
見捨てようとすらも。
彼は自分に助けを求め、頼り、慕う、そんな避難民や部下達を、苦悩しながらも殺している。
だがそれはあくまでゾンビとなってしまったからそうしただけだ。
あのカエデを襲った男はまだ人間であり、それが理由で、織田さんは迷っていたのだろう。
生きている人間とゾンビは違う。
その考えが間違っているとは言わない。
だが俺にとっては、あの男とゾンビにたいした違いなどなかった。
むしろ、悪意を持って頭を働かせる人間の方が、よほど害になるだろう。
異世界に居たくそったれな連中はもとより、この世界でも例の半グレグループの件でそれを身近に感じてしまった。
それなら、そういったクズは殺してしまえばいい。
俺は、間違っているのだろうか?
織田さんや、あの場にいた二人の視線を思い出し俺は頭を振った。
俺のしたことの正否はどうであれ、あの男を殺したことそれ自体については、間違いなく皆にとってはいいことのはずだ。
それで俺が咎められても、それならそれで、別にいいじゃないか。
俺はいつものように、織田さんがやれないことをやったまでだ。




