六十四話
「おかえりなさい、アザミさん!」
機動隊のプロテクターを脱ぎ、怪我のチェックも終えた俺がガレージから居住区へ戻るなり、カエデはそう言って俺へと飛び込んできた。
「怪我はありませんか?大丈夫ですか?」
それを受け止めうろたえる俺に、矢継ぎ早にカエデは問いかけてくる。
「あ、あぁ……と言うか離れろ、みんな見てるだろう。」
「ふーん、みんなが見てないならいいんですねー。」
「いや、そう言うことでもなくてだな……」
カエデと共に俺を迎えたユキがそれを茶化してくるのにどう答えていいものか困りながら、カエデを引き離す。
俺や織田さん達が無事に戻ってきたと聞き他の避難民達もそれを喜んでいたので、その衆目の中で子供とは言え抱きつかれているのは少々の気恥ずかしさがあった。
カエデは一瞬、むぅ、と口を尖らせるが、怪我がないなら良かったです、とすぐに笑顔を見せた。
そのまま部屋に移動すると、カエデとユキもそれに付いてきた。
「先輩が無事に帰ってきて私も安心しましたよ。それに……今こうして3人でいられることにも。」
「その節は、心配をおかけしました。」
「大丈夫だよー。何があったかは分からないけど、仲直り?したみたいでよかったよー。」
ユキはそう言って隣に座るカエデの頭を撫でた。
顔をほころばせ、カエデは顔を赤くしてされるがままだ。
「ってカエデちゃん、何でそんなに赤くなってるの?」
「えっ!?そ、そんなことないですよ?」
ユキにそう言われてか、さらに頬を染めるカエデ。
大方、昨日のことでも思い出しているのだろうか。
もじもじと恥ずかしそうにしては、俯いていた。
その様子を見ては俺にも羞恥心のようなものが芽生えてしまい、ついと壁の方に視線を向けた。
そんな少しのぎこちなさを感じる空気を察してか、ユキが恐る恐るとでも言ったような面持ちで口を開いた。
「まっ、まさか、先輩……」
「そんなことはないから、その先は言うなよ……」
ユキの視線に、具体的な言葉を出さず呆れた表情で俺は答えた。
ユキが何を考えたのか実際は分からないが、しかしおそらくは"ロクでもない"ことだろう。
それについてを、今のカエデに言葉に出して聞かせるのは、あまりよろしくないだろう。
ユキもつい口に出ただけなのだろう、俺の返事にハッとなるとバツが悪そうに口元を押さえた。
しかし当のカエデは、キョロキョロと俺とユキを交互に見ては、首を傾げていた。
その様子なら大丈夫か。
そう思ったのも束の間、カエデは急にぼっと火を吹いたかのように赤面すると、ユキを押し倒す勢いで触れては口を開く。
「ユキさん!違いますよ!ふ、二人でちょっと話したいことがあっただけで、何も、や、やましいことは……」
そう釈明してくれるのはありがたいのだが、だんだんと自信なさげに声を小さくするのはやめて欲しい。
「えっと。あの時から、そう。少し、アザミさんの迫力に負けて、怖かったんですよ。それで、避けてしまっててごめんなさいって、謝っただけなんです。」
理由は分からないが、ただ怖い。
カエデは昨日そう言っていたのだが、何故だか今そんな理由を話し、ユキに弁明する。
「それにあの時のことは、もう気にしてない、って言えば嘘になりますけど。でも、そこまで神経質にならなくても、もう大丈夫ですよ?」
「うーん?それならいいんだけど……なんかそれでもごめんなさい、カエデちゃん。」
「いえ。だから、ユキさんもそんな気にしないでくださいね。」
「うぅ……カエデちゃーん!」
「きゃ!」
二人でそう会話をしては、ユキがカエデに抱き着く。
たかだか数日見ていなかっただけなのに、そんな二人のやりとりを見るのがなんだか随分と懐かしく感じてしまい、俺は苦笑した。
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深夜。
俺はライダースーツを着込み、先日襲撃した半グレのアジトであるデパートに来ていた。
やつらを壊滅した後にやった、作業の続きをするためだ。
このデパートは、やつらが根城にしていただけあり、非常に立地がいい。
立体駐車場からそのまま店内に入れる構造になっているし、その駐車場もやつらがやっていたようにワゴンで塞げばゾンビの侵入を防げる。
外出する際も内側からワゴンに入りそれを動かし、そこで出来た隙間から車で出るだけでかなり安全に出入り出来る。
ワゴンの鍵は車に挿しっぱなしになっていた。
やつらがかき集めていた物資もまだ豊富に残っていたし、また一階から下、特に地下の食料品コーナーはやつらも手を付けていない。
貯水タンクが空になってしまい、また新たな避難民が来ていない現状、もはや警察署にいる意味もなく、ともすればここを新たな拠点とする可能性もあるのではないか。
もっともおびただしい血の跡がたくさんあるから、それを気にしないのであればだがな。
そうでなくとも、ここは物資調達に大いに役立つはずだ。
そう考えて、俺は後日の探索エリアに入るここを多少"綺麗に"しようと思ったわけだった。
先日は、あの日新たに生まれたゾンビを一掃し、一階のゾンビを適当に蹴散らしながら入り口全てと、地下へ通じる階段とエスカレーターにバリケードを作ったところまで作業を進めていた。
一階を隅々まで見回りゾンビを倒していき、その気配がなくなったことを確認すると、地下へと降りてゾンビ共を屠る。
店内に大量に死体があっては邪魔だろうし、後で全てとは言わないまでも外に運ぼうと思っているからなるべく欠損しないよう、頭を刺すように倒しては階段側にぶん投げる。
死体も運び終わり地下のゾンビ掃除が終わったら、次は駐車場での作業だ。
こちらは外に置いてある車を適当に駐車させていく作業だ。
そこらの燃料の入った車を持ち上げ運んでいく。
勿論、災害時のマニュアルを厳守してくれたのか、余裕もなくそのままにされているだけなのか、鍵のささった車を選んでだ。
アイテムボックス内の携行缶にガソリンは多少詰めてはあるのだが、それをそのまま置いておくよりはこの方が多少安全度も高いだろう。
警察署の燃料事情も今は厳しいらしく、またガソリンの補給はガソリンスタンドなんて便利な代物が使えない以上、その辺の車から補給するしかない。
それをするには、食糧調達よりもかなり危険が伴う。
当初はガソリンをそんなに使うことになるだろうとは思っていなかったのもあって、集めていなかったのは失敗だったな。
さすがに立体駐車場を満車にするわけにはいかないが、多少停めるくらいはいいだろう。
これでガソリンについても大分楽になるはずだ。
後は……そうだな、アイテムボックスを使って、その辺の荒れた店舗から飲料の類をバックヤードの倉庫にでも運び込んでおくとするか。
我ながら随分と無邪気な作業ではあるが、織田さん達がこれらのことを不自然と思ったところで、背に腹は変えられないはずだ。
別に俺の仕業と思うこともあるまい。
それで織田さん達が助かるのなら、安いものだ。
予定した時間ギリギリまで動き、完璧とは言えないまでも、俺はなんとか作業を終わらせた。




