五十七話
坊主頭に尋問したのは、今知っている情報の真偽を確かめるためだ。
色黒の男がまさかあの状況で嘘を言うわけはないとは思うが、しかし下っ端ということで、そもそも嘘の話を吹き込まれている可能性もある。
何せ一人で警察署に向かわせているわけで、ヘリでいなくなるかもしれないし、警察官たちに尋問されたりするかもしれない。
うっかり口を滑らす可能性があり、そんなやつに本当のアジトの場所など教えておくのは得策ではないだろう。
しかしその心配は意外にも杞憂だったようで、坊主頭の口からの情報と殆ど食い違いはなかった。
そもそもアジトを襲撃されるとは思ってはいないらしい。
確かに、このご時世にわざわざ銃を持った集団相手に喧嘩を売りに行くやつはいないだろう。
それに、たとえ警察署の面々と戦うことになったとしても問題がないようだった。
それは先程盗み聞きした恨みという単語が関係しているらしい。
この集団は、元々は半グレの集まりなのだそうだ。
ゾンビが溢れる前、何度も商売の邪魔をされたり手下がパクられたりしたという話で、そのリーダーが特に織田さんと個人的に因縁があるとのことだった。
「……成る程な、わざわざ警察相手に敵対するのもおかしな話だとは思ったが。つまりお前らは、根っからのクズという訳だな。」
「ひっ……」
"威圧"はすでに解いているが、まだその恐怖は残っているのだろう、坊主頭が怯えた表情で俺を見上げる。
「アジトにお前ら仲間以外の奴はいるのか?」
「いっ、いません!」
「本当か?女を攫ってきたりくらいはするだろう?」
「い、生きてる女がいなかったんです!本当です!」
それならば、向こうで余計な気を割かなくてもいいか。
もっとも、先程のこいつら二人のような、殺意を含むような敵意をアジトで向けられたのなら、相手が誰であろうがもう遠慮はしないつもりだったがな。
俺はへたり込む坊主頭を引っ張り立ち上がらせると、その首根っこを掴んで歩かせる。
そのままトイレまで連れてくると、アイテムボックスから結束バンドとロープを取り出し、頑丈な剥き出しの配管を選んで男をそこに拘束した。
「あ、アンタは一体……」
「さっきお前が言ったことが本当かどうか確かめてくる。嘘だった場合、どうなるか分かっているな?」
「ほ、本当だ!嘘は言ってない!あ!ま、待ってくれ!」
その場を立ち去ろうとすると、坊主頭が俺を呼び止めた。
「あ、あいつの!あいつの頭を割ってからいってくれ!頼むっ!」
「……どういうことだ?」
「あいつはあのままだともう死ぬ!だから頭を!」
あいつ、とは、俺が片腕を"もいだ"金髪のことだろう。
俺が坊主頭に尋問をしていた時は情け無い声を上げていたが、今は顔を青くしてぐったりと倒れ、動かなくなっている。
だが、それと頭を割るのと何か関係があるのか?
もう苦しませず殺してくれという意味なのだろうか。
いや、そう言えば俺が金髪にやられたフリをした時も、同じことを言っていたような……
と、その時だった。
「ん?」
"常在戦場"の気配感知に、唐突にアンデッドの気配が現れた。
それは、先程極限まで弱まっていた金髪の反応が無くなり、そこに新たに生まれた反応だった。
掠れた息を吐き出すようなうめき声をあげて、ゆっくりとそれは起き上がり、こちらへと歩いてくる。
「な、なんとかしてくれっ!」
拘束された部分をがくがくと揺らしもがきながら、男が俺へと懇願してくる。
理解出来ない現象に遭遇した俺はゾンビに対し前蹴りで間合いを離すと、改めてスキルの反応を確かめる。
やはりこいつは、間違いなく、アンデッドだ。
床に落ちていたバールを持ちゾンビの頭に叩きつけると、振り返りややほっとした様子の坊主頭の胸ぐらを掴む。
「どうなってる?何故やつはゾンビになった?すでに噛まれていたのか?」
「ひっ!ち、違います!し、死んだら、みんなああなっちまうんです!か、噛まれてなくても!」
……なんだと?
ゾンビになるのは、ゾンビに呪いを受けた者だけのはずだ。
だが現実に、金髪はああしてゾンビ化している。
それに、未だ俺に怯えるこいつが、嘘をついているとも思えない。
詳しく聞きたいところだが……まあ、いい。
時間もそうある訳でもない。
万が一アジトの場所が嘘だった場合余計に時間もかかるしな。
それに、今こいつが言ったことの真偽は、これから行く場所で"実際に確かめれば"いい話だ。
「"それじゃあ行ってくるから、大人しくしてろよ?まあ逃げようにも逃げられないだろうがな。"」
俺は震えて小さくなる坊主頭へそう言うと、倒れた金髪のゾンビを一瞥し部屋を出た。




