四十九話
「先輩。救助、来ないですね……」
「何かあったんでしょうか。」
駐屯地の様子を見てきた翌日、警察署内の食堂で俺はユキとカエデとでテーブルを囲んでいた。
今は夕方の食事の時間で、見張りや他の警察官など以外の人たちが一堂に会していた。
「向こうの事情もあるだろう。それに生憎と昨夜から雨も降っているしな。」
「それだけだといいんですけどね……」
配給された白飯に口をつける。
残念ながらおかずと言えるものはふりかけや塩という粗末なものだったが、それでもこんな世の中でしっかりと食えているのはおそらくは幸せなことなのだろう。
それに不満を言う者は誰一人としていなかった。
昼間、今後の行動方針の会議をした後、俺は今カエデ達に言ったものと同じ台詞を織田さんに言った。
駐屯地にゾンビがあふれていたなど言える訳もない。
織田さんはあと数日待って救助が来ないのであれば、行動を起こすと言っていた。
物資ははまだあるのだが、貯水タンクの水もいつ底をつくかわからない。
それを見越してペットボトルの飲料水は常に調達していたから、たとえそうなってしまってもしばらくは大丈夫とのことだが。
俺の乗って来た車にも、水を優先的に大量に積んである。
取り敢えず予定では、まずはそこから手をつけるらしい。
それでさらにもう一日経って救助が来ないようなら、本格的に新しく調達場所を探しに動こうとのことだった。
勿論俺はそれに強く賛成し、その背中を押した。
「市役所のおじさん達、大丈夫かなぁ。」
ユキが、ボソリと言った。
それは、俺も気にかかるところだ。
駐屯地があの惨状ではどうにも期待は出来ないが、しかし自衛隊があの場を脱出している形跡がある以上は、生きている可能性もある。
ユキにしたって、半ば生存を諦めていたにも関わらず、こうして無事に生きている。
ならば、織田さん達と共に避難民を助けていた彼らも、どうか無事でいて欲しいと心から思う。
「きっと大丈夫ですよ。あんなにいい人達なんですし。」
「カエデちゃん……うん、そうだよね!」
「あっ!まって、ご飯中は!」
「何をしてる……」
カエデの言葉を皮切りにじゃれあい始めた二人に呆れて頭を抱える。
二人の様子を見て、相変わらず仲がいいわね、と避難民の食事担当の女性が笑った。
それにつられて、他の避難民達の顔にも笑顔が浮かぶ。
何を馬鹿なことをやっているんだと思ったが、それによって、救助ヘリがいつまでも来ないことで多少ピリピリし始めていた気もする避難民達のムードも緩和されたか。
ユキは最初からいる避難民で皆に慕われているし、カエデはこの中で一番幼いが、礼儀正しく、皆に可愛がられている。
そんな二人だから、他の避難民達も笑えるのだろう。
明るい空気を振りまいた二人を見て、俺もいつの間にか微笑んでいた。
+++++
夜も更けて、皆が寝静まった頃、気配感知に動きがあり俺は目を覚ました。
ユキの部屋の気配に動きがあり、どうやらカエデが部屋を出るようだった。
トイレか何かかと思ったが、どうやら目的地はここ、俺の部屋らしい。
カエデは俺の部屋の外までくると、小さくドアをノックした。
「……今開ける。」
鍵は、外に出るときだけかけていては怪しまれるだろうと、常にかけるようにしていた。
カチャリとなるべく静かに鍵をあける。
「……カエデか。どうした?」
「アザミさん、起きていたんですね……ふふ、不用心ですよ?」
いつだったかカエデに言った俺の言葉を、冗談で言ったのだろう。
ドアを開ければ、布をかぶせた懐中電灯を持ったカエデが、いたずらっぽく笑った。
「……ここは避難所だ。まあ女は用心するに越したことはないが。」
「はい。ちゃんと気をつけますね。あの、入っても、いいですか?」
もっとも、心配しなくともそんな狼藉を働くやつはここにはいないだろうとは思うがな。
冗談に対して真面目な返答をあえてしたのだが、カエデは素直に頷いてから、尋ねてきた。
「構わないが……」
こんな夜に、何の用事なのだろう。
俺がそう言うと、カエデは静かにドアを閉め、部屋の中へと入ってくる。
そのまま窓のそばへと移動すると、膝を抱えて座った。
「何かあったか?」
壁にもたれかかるようにして座るカエデの対面にあぐらをかいて、俺は声をかける。
「なんだか、眠れなくて。ご迷惑でしたか?」
「いや、大丈夫だ。何もないならそれでいい……夜に一人で男の部屋に来るのはあまり褒められたものじゃないがな。」
「あっ……ごめんなさい……」
俺がそう忠告すると、カエデは顔を赤くして俯いた。
カエデのその謝罪に一瞬、しん、とした空気が部屋の中に流れる。
「別に今更だ。ユキがまた変なことを言ったらカエデからちゃんと言っておいてくれ。」
ぼりぼりと頭をかいて、俺はそっぽを向く。
どうにも、やりづらい。
「ユキは寝てるのか?」
ユキの気配に動きはないのだから、寝ているのであろうが。
何を話せばいいかわからず俺はそう問いかける。
「はい。これからどうなるんでしょうね、と話をしていたら、先に寝てしまって。きっと、疲れていたんでしょうね。」
「これから、か……」
自衛隊の救助の話だろう。
残念だが、それはおそらくは、来ない。
「アザミさんは、どう思いますか?」
抱えた膝に乗せていた頰を離して顔を上げては、カエデが聞いてきた。
「……食堂では言わなかったが。おそらくは、救助は期待出来ないかもな。」
「そうですか……」
期待を持たせるのも良くないだろうと、俺が素直にそう言うと、思いの外カエデは静かにそう返事をした。
そこにあるのは俺の言葉に落胆したような表情ではなかった。
敢えて言うならばそこに多少の心配の色が宿っていたようだったが、それでも表情をほとんど変えず、ただ言われたことをそのまま受け取っただけの、ある意味平然とした顔だった。
「まぁ、来ないなら来ないで、なんとかなるさ。今までやってこれていたんだからな。」
俺はそんななんとも言えない表情をするカエデに向かって、必要なのかどうかわからないが、慰めの言葉をかける。
「……はい。」
カエデは俺の言葉に、ただ一つそう返事をしては、微笑む。
たとえ救助が来なくても、俺や織田さん達がいれば、ここの避難民は何も絶望する必要なんてない。
カエデのあの表情も、その信頼の表れなのかもしれない。
どうしようもなくなったら、その時はその時だ。
俺が奥の手を使うという方法だって、残されてはいる。




