四十七話
「くそっ……一体いつになったら来るんだ……」
警察署内の一室で、織田さんがイライラとした様子で言った。
あれからすでに期日である一週間が経った。
未だに、救助ヘリは来ない。
ここ連日はずっと晴れていて、天候によるトラブル、などということもないだろう。
避難民達の間にも落胆の色が見えて来ていた。
このままでは、それによるストレスから避難民たちの間で今まで起きていなかったトラブルなどが起きてもおかしくは無い。
幸いにも当初の見込み通り、食料や水はまだまだ足りてはいるが、それも残るはあと一週間ほどの量で、じきに食糧調達へと出ねばならないだろう。
しかし救助を待つということは、外に行くのも躊躇する状況でもある。
その間に入れ違いで救助が来ては、面倒なことになる可能性があるからだ。
また今まで比較的安全に調達を行えていたスーパーはすでに使えず、そうなると別の場所を探さなければならないのだが、それが非常にリスキーだ。
織田さんにとってみれば、せっかく部下達がそれらのリスクを負わずに助かる道が提示されたんだ。
それがいつまでも来ないとあっては苛立つのも仕方のないことだろう。
ここに来て、俺は迷っていた。
異世界から持ってきた俺のこの力。
これを人の目など気にせず使えば、織田さんの抱える悩みなどそのほとんどが吹き飛ぶだろう。
しかし、自衛隊が機能しているという事実を目の当たりにして、やはりそれを行使するのは躊躇われる。
何より、今更そんなことをすること自体が、どうにもおかしい話ではないか。
それならばなんでもっと早く言ってくれなかったと、そういう話にもなるだろう。
隣に立つ織田さんに向かって、俺は口を開いた。
「今更言うのもなんだが……」
「うん?」
「俺がカエデと乗って来た車に、何かあった時のために水と食料をパンパンに積んできている。もし物資が足りなくなったらそれを使おう。」
さすがに、俺の力のことは言えない。
だがせめて何か出来ないものかと、念のためホームセンターから運んで来ていたもののことを織田さんに伝えた。
「柳木さん……いいのかい?」
織田さんがそう聞くのは、それらは俺とカエデのものなんじゃないのか、という意味なのであろう。
それを提供してもいいものなのかと。
「今のような時がその何かあった時さ。元々、ここのために持って来ていたものだったしな。」
わざわざ普段の食糧調達のルーティーンから外れたことをするのは危険が増すから、伝えてはいなかったが。
「そうだったのか……そこまで、準備してくれていたんだね。」
「それを言って、変に気を回されて回収作業に苦労をかけさせるのも嫌だったからな、後出しになった。すまん。」
「いや、そんなことはないよ。ありがとう、使わせて貰うよ。ガレージを詰めれば、車ごと回収も出来るだろうし、なんとかなるはずだ。」
そのときには俺が矢面に立とう。
そうすればそこまで織田さん達を危険に晒すこともないだろう。
織田さんは止めるだろうが、これは譲れない。
「まあ今は待つしかないんだ。待って、物資が少なくなってきたら、そのときにでも回収しよう。」
俺はそう織田さんに言って、肩を叩いた。
それにしても、自衛隊は何をしているのだろうか。
話からしてすぐに来るとは思ってはいなかったが、しかし期日を過ぎても来ないのはどうにも嫌な予感がする。
これは、一度見にいった方がいいだろうか。
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深夜、俺は駐屯地の様子を見てこようと、アイテムボックスから黒のライダースーツを取り出してそれに着替えた。
ここに避難する時には使わなかったが、バイク屋から調達しておいたものだ。
これならば、夜の闇に紛れやすいだろう。
こんな時のためにと思い、夜自室に一人でいる時は常に施錠していた部屋のドアを、しっかりと確認する。
幸運にも外は雨が降り出していた。
濡れるのは癪だが、雨雲でよりその闇を深くした外は、行動するには好都合だ。
今回は見張り以外の皆が寝静まってからの行動だ、時間もそうある訳ではない。
地図で確認した駐屯地はここからホームセンターの比ではないほど距離も遠いが、しかし人目を気にせず行けば、向こうで少々時間を食うことになっても日が昇る前には帰って来られるだろう。
手袋をはめフルフェイスのメットもかぶり、窓を開けて外に出ると、縁に手をかけてぶら下がりそれを静かに閉める。
風は強くないから鍵をかけていない窓がガタつくということもないだろう。
3階から一気に地面へと飛び降りると、襲いかかってくるゾンビの胸ぐらを掴み放り投げた。
壁沿いに静かに進み、警察署屋上から見られない死角をなるべく通り離れる。
今は市役所に見張りがいないから、専門職じゃない俺でもこれくらいの芸当は軽く出来る。
異世界のハイクラスの盗賊やレンジャーなら、白昼堂々ど真ん中突っ切っても見つからないことが可能だったかもしれないな。
その後しばらくは道路を走っていたが、ゾンビ共がちょっかいをかけてくるのが段々と面倒になり、建物の上を跳躍しながら移動する。
飛行魔法でも使えれば移動も楽だったんだが、こればかりは仕方ない。
移動中は視線感知や気配感知にも特に反応なく、やがて俺は駐屯地の側に着いた。
そこからは地上を移動して、付近の高い建物の中へと入りその様子を窺う。
「……やはりそうか。」
魔力で強化した俺の目に映ったのは、敷地内に溢れる蠢くゾンビ共の姿だった。




