四十六話 不二楓7
自衛隊の救助ヘリは何事もなく往復して、市役所にいた9人全員を海近くの駐屯地へと運んでいきました。
二往復目のヘリを待つ間は、そもそもが定員オーバーのため荷物は多く運べないとのことで、織田さん達が念のために、急ぎでドローンを使っての物資運搬を市役所側から警察署側に行っていました。
警察署の方の救助は、最初はまた明日にでもすぐ来るものかと思いましたが、実際は早ければ明後日、遅くとも一週間以内には必ず来る、とのことでした。
その理由は、駐屯地付近での救助もあるかもしれないし、また燃料もそれほど余裕があるとはいえないため、その確保の作戦も同時進行で行わなければならないからだそうです。
織田さんは歯噛みしていましたが、しかし二往復目のヘリで駐屯地から運ばれてきた支援物資と、市役所から運んでおいた食料、そして今現在警察署内に確保している物資があれば、二週間ほどは耐えられると判断して、仕方なしにその提案を飲んでいました。
支援物資が運ばれてきた段階で、そんな予感はしていたようでしたが。
今、織田さん達は近いうちにここを離れることになるため、銃器など危険物の類の整理に追われているようです。
ここを留守にすることになるから、その間に誰かが入り込みそれらが簡単に手に入るようではまずいので、厳重にしまうとのことでした。
もっとも弾薬の類は自衛隊の方でも足りなくなりそうなので持てるだけ持っていくらしいですが、詳しい話は私にはわかりません。
「先輩、私達、助かるんですね。」
すでに陽も落ちて、アザミさんの部屋の中、ユキさんが穏やかな表情で言いました。
「……そうだな。」
アザミさんはそんなユキさんへと優しく微笑みました。
「カエデちゃんも、良かったね!」
「はい。アザミさんに助けていただいて……ユキさんや、避難所の皆さんにもよくしていただいて……本当に、良かったです。」
「殆ど先輩のお手柄でしょー。私に気をつかっちゃってー。カエデちゃんは本当可愛いんだからー、このこのー。」
「きゃ!」
ユキさんはいつもこうして私に抱きついたりしてからかってきます。
きっと、こんな世の中で暗くなりそうになるのを、明るい気分にさせようとしてくれているんだろうなと思います。
そんなユキさんの気遣いを嬉しく思うし、事実こういうじゃれ合いで少し気分が楽になっている私もいます。
ユキさんは、とても綺麗で可愛くて、優しくて明るくて。
初めて会った私なんかにとてもよくしてくれて。
私も大人になったらこんな人になりたいなと思うような素敵な女性です。
「あまりはしゃぎすぎるなよ。」
呆れた様子で私たちを見るアザミさんが、それでも口元に笑みを浮かべて言いました。
アザミさんは、優しい人です。
初めて会ったあの日、アザミさんが、取り敢えずは助けると決めた、と確かに言ったのを今でも覚えています。
"取り敢えず"。
私は、この言葉にずっと不安を覚えていました。
それは、いつか見捨てられるのではないかという不安。
でもそんな私の不安をよそに、アザミさんは風邪を引いてしまった私の、一緒にいて欲しい、というワガママなお願いを聞いてずっと付き添い看病してくれました。
それによって私の不安は解消されたかに見えましたが、しかし、私の風邪が治ってアザミさんが外へ出ていってしまった時には、また同じように不安に襲われました。
一晩経っても帰ってこなくて、まずアザミさんが無事か心配しました。
けれども、段々と、ついに見捨てられたのかなと、そう思うようになっていきました。
お母さんを楽にしてくれた時に睨んでしまって、せいぜいがご飯を作ってあげられる程度で何の役にも立てず、更には風邪まで引いて手を煩わせてしまって。
とうとう嫌気をさされたのではないかと、そう考えるようになってしまったんです。
だからあの雨の夜、アザミさんが帰ってきたときは、本当に嬉しかったんです。
無意識に、抱きついてしまうほどに。
アザミさんはそもそもホームセンターに戻らないという選択肢自体なかったのだと思います。
ついでだとは言っていましたが、アザミさんが服を持って来てくれたことからそれをひしひしと感じて、私は胸がいっぱいになっていました。
私はそんなアザミさんを信じずに、自分勝手に不安になって。
だけどアザミさんは、戻るなりそんな私を気遣ってくれた。
私は、本当に嬉しかったんです。
「……どうした?俺の顔に何かついてるか?」
「あっ!な、なんでもないです!」
ただ、私はあの夜のことでひとつだけ、何か引っ掛かりのようなものを感じていることがあるんです。
アザミさんは就寝前、自分の用事で、まだ機能している避難所を探していたと言っていました。
アザミさんは、私がホームセンターに逃げ込んだときに見たたくさんの感染者を、殆ど倒して来たと言っていました。
そして、私と会ってからも何度も外へ行き、無事に帰ってきています。
ホームセンターとここの距離だって、外の様子があれでは大変な道のりです。
また、私を感染者に慣れさせるというただそれだけの理由で、あのさして広くもない非常階段内に何度も感染者を一人だけ誘い込んでいました。
私がここへと避難した日も、一階フロアに感染者の姿はなくて、それもきっと逃げやすいように全てアザミさんが排除していたのでしょう。
アザミさんは、感染者のことが怖くないのでしょうか。
この避難所には会社の後輩で仲の良さそうなユキさんもいるし、人との触れ合いもあるでしょう。
だけれど、アザミさんにとっては、本当は、避難所なんて必要ないのではないかという考えが浮かんでくるのです。
つまり避難所を探していたのだって、ひょっとすると、ただ単に、私をそこへ避難させようと思ってのことだったのではないでしょうか。
アザミさんは、リーダーの織田さんにいて欲しいと言われたからここにいると言っていました。
じゃあ、これから私達が自衛隊の方々に救助してもらって、織田さんの手伝いをする必要がなくなったのなら、それはどうなるのでしょう。
「あの……アザミさん。向こうの避難所でも、一緒にいてくれますか?」
「ん?あー……向こうがどういう場所かもわからないしな。まぁ問題ないようならな。」
どうにも歯切れの悪いアザミさんのその返答に、私はまた少し、新たな不安を募らせました。




