百八十六話
4/7 二回目の更新です。
雄叫びにも似た声と共に、チェーンの擦れる不快な音が響く。
それらの正体は、手錠で後ろ手に拘束され、両足にも同様に手錠をつけられた亡者だった。
芋虫のように床を這いずるそれは、俺という獲物に一直線に近付いてきている。
「……器用なもんだな」
芋虫のように、と形容はしたものの、その動きは酷く機敏だ。
おおよそ普通の人間では成し得ないような動きをするそれを見て、俺はそう一人ごちた。
――ガア゛ア゛ア゛ア!!
足元へと接近した亡者が、叫び声をあげて首を振り、俺の足首目掛けて口を開ける。
俺はそれを足を上げてかわしてから、そのまま亡者の頭を踏み潰した。
「……」
ここは、以前訪れたシェルターの最奥。
先ほどとは打って変わって、しんとなった部屋の中で、靴についた血を払うようにトントンと爪先で床を叩きながら、思考に耽る。
"実験"に用いたゾンビは全部で三体。
最奥に閉じ込めた個体が一体と、その部屋の外、またシェルターの入り口付近にそれぞれ拘束しておいた。
残念なことに、と言えばいいのか、そのどれもが今と同様の有様だった。
一つ息を吐きながら、部屋の中央に視線を向ける。
暗闇の中で鈍く光る、結晶体。
ダンジョン・コアに似たそれは、確かに、ゾンビをグールに変化させたと言っていいだろう。
そうなると、やはりシェルターの全滅の原因がこれであったであろうことは想像に難くない。
またこいつが、魔力的なものであろうということも。
そうなると同様に。
ゾンビ共も、ウイルスなどの類ではなく、魔力的な影響でそうなっているというのも間違いはないだろう。
まあそいつは当初から、予想はしていたことではあったが。
ともあれ、こんな物騒なものはさっさとぶち壊すに限る。
……と、言いたいところだが。
「……」
俺は左手の指輪に魔力を込めると、アイテムボックスから強化ガラスで出来た二つのケースを取り出し、結晶の側に置いた。
そして背負っていたリュックを下ろし、ジッパーを開ける。
チュー、と小さな鳴き声をあげるそれを、片方のケースに入れ蓋をする。
もう一方には、もう鳴き声をあげることもないネズミの死骸。
これらは、駐屯地を出る前に萩さんから渡されたものだ。
先ほどの話と繰り返しにはなるが、萩さんはかねてより、今回のゾンビパンデミックの騒動が、未知のウイルスなどが原因ではないと考えていた。
その理由としては、死ぬとゾンビ化、ゾンビに傷つけられるとゾンビ化、というこの一連の流れが、パンデミック以降、少なくとも観測されている範囲内では人間にしか適応されていないからだという。
ウイルスの類であるならば、それは変異して然るべきで、この一連の流れは人間以外に起きてもおかしくないという理由だそうだ。
確かに俺がこの世界に還ってから、人間以外のアンデッドに遭遇したことはない。
異世界ではそれこそ色んな種類のアンデッドがいたものだが。
ともあれ、では今回の騒動の原因と思われる、このダンジョンコアに似た結晶の前では、人間以外のものにどう影響を及ぼすのか、それを実験してみて欲しい、というのが萩さんの考えだった。
なるほど、彼女らしいと言えば彼女らしい考えだが、これについては確かに、確認しておいた方がいいのは間違いない。
もしも人間以外にも影響が出るのであれば、今後"そういう状況になりかねない"ということにもなる。
ならば、それに対する備えもしなければならないだろう。
もっとも……本当に全ての生物に適応されるとなったのなら、もはや、人類が生き残る術などありはしないかもしれないが。
「……」
ダンジョン・コアに似た結晶は、相も変わらず怪しく光り続けている。
それは願望かもしれないが、おそらくだが、これは人間にしか作用しないのでは、という考えが頭に浮かぶ。
そしてもし本当にそうであるならば、それの意味するところは、人間のみに対する、明確な、悪意。
誰が、何の目的でこんなものを作ったのか、何故このような世界にしてしまったのか。
これが同じ人間の仕業なのだとしたら、到底理解の範疇を超えている。
世界を征服でもしようと思ったのか、それなのだとしたら、たとえ絶対の安全圏を作ったところで、その外には亡者が彷徨う地獄があるだけの話、何の意味もないだろう。
行き着く先は、混沌。
もはやこの騒動は、ただただ、人間が苦しむことだけを目的に起こされたものではないのかと勘繰ってしまう。
「……ちっ」
頭に浮かんだ単語が、何処か覚えのあるもので。
俺は一つ舌打ちをして、シェルターをあとにした。




