百八十五話
4/7 一回目の更新です。
「あっ!おかえりなさい、アザミさん!」
「……あぁ、ただいま」
宿舎に戻ると、カエデがいつも通りに俺を迎えた。
いや、その顔には僅かながらに、何か普段とは違うものが感じられるだろうか。
「……あの、えっと。少し、疲れていますか?」
「ん?いや、そんなことはないが」
「それなら、良いんですけど……」
シェルターでの一連の出来事からの、"よくない想像"のせいだろうか。
どうやらカエデに気を使わせてしまう程度には、俺の顔は曇っていたらしい。
それを払拭するように口角をあげると、俺はカエデに問いを返した。
「……カエデは、何か話したいことでもありそうだな?」
「あっ、はい、そうなんです。分かりました?」
俺の表情を見て安心したのか、はたまた気付いてもらえたことに喜んだのか、カエデは笑みを浮かべて頷く。
その反応に、自分に対し少々の驚きと、可笑しさのようなものを感じた。
いつの間にやら、そんな機微も感じ取れるような間柄になっていたんだな、と。
「まあ、なんとなく、な」
「ふふっ、嬉しいです」
そういうとカエデは、今度は真剣な表情になると、言葉を続けた。
「えっと、それで、話というのは、アザミさんに見てもらいたい、ことがあるんです」
「……ほう?」
見てもらいたいもの、ではなく、こと、と表現したその言葉に首を傾げる。
「さっきまで、いつもみたいに魔力の鍛錬をしていたんですけど……」
カエデにはあの日以来、身体に宿った魔力の安定を図るための鍛錬を教えてある。
彼女は素質があったのか、もう随分と魔力は身体に馴染み、以前のようにバランスを崩すなどということは無くなっていて、もうすでに成人男性顔負けの力や運動能力を見せるようにもなっていた。
もはや自身の身体の変化に完全に慣れたと言ってもいい彼女は、なお暇を見つけては自主練に励んでいる。
あの日俺にいった言葉は、やはりそれほどまでに彼女が強く願っていることなのだろう。
「えっと、同じようにできるかは分からないですけど、見てて、くださいね?」
そういうとカエデは、一つ深呼吸をすると、ボールを抱えるように胸の前に手を出した。
常在戦場の気配感知で、カエデの存在が強くなっていくのがわかる。
俺は魔力自体は感知できないが、これはカエデの中で魔力が練り上げられ、彼女自身が強化されているということに他ならない。
ここまでは、以前から知っている反応だ。
違ったのは。
「……!」
カエデの両の手のひらの間に、一筋の光。
はっきりとは見えないが、か細い光が、確かにそこには存在した。
「……ふうっ」
眉間に皺を寄せたカエデがそう息を吐くと、何事もなかったかのように光が消える。
じんわりと額に浮かんだ汗を手の甲で拭うと、カエデはもう一度息を整えるように呼吸をしてから、俺へと視線を向けた。
「……えっと、なんて言えばいいんでしょう。ど、どうですか……?」
もちろんそこに仕掛けなんてあるとは思っていなかったが、しかし俺は無意識に彼女の手をとった。
わ、とカエデが恥ずかしそうにびくりと震えたのを見て、俺は慌ててその手を離す。
「いや、なんだ、すまん」
「いえ、全然、全然大丈夫です」
「……しかし、そうか。さすがに今のは驚いたな」
カエデの魔力が光となって、両の手のひらの間に現出した。
彼女が見せたものは、サムライのクラスの俺には出来ない芸当だ。
それは即ち、"空間への魔力の放出"。
そして、それの意味することは。
「結論から言うと……カエデは"魔法を使える可能性がある"」
「ええっ!?」
そう。
俺とは違い空間に魔力が放てるということは、魔法が使える条件が揃っているということでもあるはずだ。
もっとも。
「……まあ、残念なのは、その魔法を教えられるやつがいないところだが」
イーリスやロベリアでも居ればそれこそいくらでも教えてもらうことができただろうが、生憎とここにいるのが俺ではな。
異世界では時折ロベリアのやつから魔法の講釈を聞かされてはいたが、さすがに魔法自体使えない俺が教えてやれることなどほとんどない。
せめてステータスボードでもあれば、属性適性の判断くらいは出来たかもしれないが……いや、それを知ったところで、か。
「あー……だが、なんだ。何かの拍子で使えるようになるかもしれんし、少なくとも、身体の外に魔力を出す、というのは難易度も高いしそれ自体魔力の鍛錬にもなる。カエデが成長している証だ、誇っていいさ」
最初は驚きと期待感にあふれた様子だったが、今は少々しょんぼりしているカエデに、そう付け加えてやる。
「そ、そうです、か?」
「あぁ」
その言葉に多少効果はあったのか、カエデは上目遣いで俺を見上げた。
そんな彼女の頭に手を置きながら、俺は言葉を続ける。
「ただ言った通り、身体に魔力を循環させるよりも、消耗は激しい。これからも練習するのはいいが、絶対に無理はしないことを約束してくれ」
「はいっ、わかりました!」
そう嬉しそうに強く頷くカエデを見て、思う。
カエデはともすれば、本当に、彼女の願う存在になれたりするのではないか、と。




