百八十四話
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!
「……それで、シェルターにゾンビを閉じ込めてきたってわけね」
ふー、という音と共に、白い煙が上へと昇る。
自らの口から吐き出された煙を呆けたように少し眺めてから、女性はこちらに向き直した。
「あぁ。数日後、また様子を見てくる」
「……それにしても、ダンジョン・コアね。また随分とファンタジックなものが出てきたものね」
俺の返事に、萩さんはため息にも似た調子で、また白い煙を吐いた。
彼女の言葉と全く同じ気持ちを抱いていた俺は、それにつられるように苦笑した。
俺はあのシェルターを捜索した後、一度地下通路へと引き返し、数匹のゾンビを殺さずに捕まえ、またシェルターへと舞い戻った。
それはダンジョン・コアに酷似したものの正体を確かめるためだ。
あの部屋にゾンビ共を閉じ込め、グールに進化をするのかと言う、実験。
多少悪趣味な実験ではあるが、こればかりは仕方あるまい。
もしも、それで実際に進化するならば。
あれはほぼ間違いなく、魔力的なものである可能性が高いだろう。
「そんな面白そうなもの、実際見てみたかったわね。色々と調べ甲斐がありそうなのに」
「……何事もないものであればそれこそ、調べてもらいたい気持ちはあるが。状況からして、写真で我慢してもらう他ないな」
萩さんの唇を尖らせながらの言葉に、俺はスマホを取り出すと画像フォルダを開く。
シェルター内部で撮った写真の中から件の物体の画像を探すと、それを萩さんに見せた。
彼女は興味深げに画像を見つめるが、しかしすぐに眉間に皺を寄せた。
「不思議ね。一見、綺麗な結晶かと思ったけれど。何故だか、酷く不快だわ」
「……ほう」
シェルターにあった結晶体は"危険感知"の反応は勿論あったのだが、それ以外でも単純に"嫌な気配"があった。
それはこうして画像で見ても感じるものであったのだが、萩さんも同じような思いを抱いたようだった。
「一応、聞いておくけれど。これは放置しても大丈夫なものなのかしら」
「……ダンジョン・コアそのものであるならば、多少面倒なことにはなるかもしれんな」
萩さんの当然の疑問に、俺は肩をすくめながらそう答えた。
具体的には。
新たな魔物の出現の可能性。
そして、周辺の"ダンジョン化"の可能性だ。
とはいえ状況的に考えれば、それらについては問題ないのではないか、と思っている。
何故なら実際にあの場に現れたのはグールだけだったし、道中の地下通路にも異変は見られなかったからだ。
あの物体がごく最近出来たものでない限りは、本来のダンジョン・コアとは別物であると考えても良いだろう。
そもそも、シェルター内部の惨状を見る限り、ごく最近できたものである、ということ自体、あまり考えられる話ではないしな。
「なんだか不安になる言い回しね……」
「その辺はこれからの会議の時にでも説明するさ」
萩さんはそんな言葉とは裏腹に、心配しているような表情を一切見せず、むしろ笑みさえ浮かべながら俺へと視線を向けた。
それに多少の疑問を抱きつつも答えれば、彼女は言葉を続けた。
「なんて。まあ柳木さんのやることだから、実際はそんなに心配してないのだけれど」
「……なんだ、それは」
「私、柳木さんのこと信頼しているもの」
唐突に投げられた萩さんの言葉に苦笑すれば、彼女はまた面白そうに笑みを浮かべた。
+++++
「……なかなか上手くはいかないものね」
「ん?」
「各地の駐屯地の問題がある程度片付いたかと思ったら、また新たな問題が出てくるんだもの」
「あぁ……」
スマホを片手に親指でフリックしながら、萩さんはそうぼやく。
画面には死体の顔が絶えず映し出されていて、タバコを吸いながらそうする彼女は、そこだけ見れば随分な異常者に映るかもしれない。
つい先程。
俺は自衛隊本部と会議を行った。
会議とは言っても、殆ど俺がやってきたシェルター探索の報告会のようなものであるが。
その会議ののち、俺は萩さんに呼ばれてこうしてまた彼女の研究室にいる。
「まあ。こっちの方の照会は、すぐに終わるでしょうね。知った顔もいくつかあるわ。逆に会議でも言ったけど、誰でも知るような顔がないのが、やっぱり気になるわね」
「……」
彼女が今見ていたのは、俺がシェルターで撮ってきた、グールの顔写真だ。
つまりは政府関係者や自衛隊上層部の写真であるのだが、それらに首相や大臣の姿はない。
それが意味するものは何かといえば、あのシェルターには国の超重要人物は誰も避難していなかったということ。
すでに自衛隊が捜索し終えている、パンデミック開始時に指令が出されていた国の極秘施設。
おそらくはそこに、彼らは全員避難していたということになるだろう。
そうなると、いくつかの疑問が湧いてくる。
まず前提として、自衛隊が調べ終えた施設では、シェルターのような事態にはなっていなかったという。
ゾンビやグールがいたなんてことはないし、争った形跡もなかった。
となると、彼らは自衛隊に何も告げずに何処かへといなくなったということになる。
それ自体随分とおかしな話ではあるが、ここで問題なのは、国の超VIPとそれ以外とで、避難場所が分かれている点にある。
そしてその片方、シェルターではあの惨状だ。
それではまるで……彼らは"そうなることを知っていた"かのようではないか。
「……萩さんは、どう考える?」
「柳木さんの考えていることと、きっと同じだわ。普通に考えたら、国の上層部が随分と怪しいわね。でも、そうね……」
灰皿に吸い殻を押し付けると、萩さんはそう言ってスマホの画面を消してデスクへと置く。
そしてまたポケットから煙草を取り出すと、カチリとライターで火をつけた。
「どうしたって、想像の域は出ないわね。情報が足りな過ぎる」
「……まあ、そうだな」
彼女の言うことはもっともだ。
状況的に怪しいとは言っても、本当のところがどうなのかは決まっているわけではない。
それに、俺が異世界での経験から随分と偉いさん嫌いになっているせいで、単にその色眼鏡で考えているというのが全くないとも言い切れないしな。
そもそもこの国の上層部は全て放って忽然と姿を消したんだ。
それを知っている萩さんも、俺と似たような思想になっていても不思議じゃない。
「……兎も角。柳木さんは引き続き、好きに動いてくれると私としては有り難いわね。今回の話、ダンジョン・コアも含めて、私俄然気になってきたわ」
「……」
「出来る限りのバックアップはするわ。自衛隊も、柳木さんが言うなら頷かずにはいられないでしょうし」
そう言うと萩さんは面白そうに笑みを浮かべる。
彼女からすればダンジョン・コアは自らが調べたいほどに興味のわく物体であろうし、また今回のシェルターでの惨状やそれによる疑問は、ともすればパンデミックの核心に迫るかもしれない話だ。
萩さんがそんな表情を浮かべるのは無理もないだろう。
「まあ、そいつは俺としてもありがたい話だな」
俺の言葉に、萩さんは煙草をふかすとまたひとつ笑みを浮かべた。
年末からインフルかかって大変な年末年始でしたorz
皆様も健康にはお気をつけください!




