百六十五話
平和な世界ではたくさんのオフィスデスクが置かれていたであろう職員室は、今や隅の方に使われなくなったパソコンや書類が乱雑に置かれているだけだった。
子供の頃を思い出す学校特有の懐かしい匂いに反して、その様子は何処か物寂しさを感じさせた。
「……話は、分かりました。しかし考えをまとめるのに少々時間をいただきたい」
そんなだだっ広く感じる空間に、町の代表者たちが集まっていた。
一時間ほど前。
俺は町のゾンビ共をあらかた殲滅した後、住人が分散して避難していた各所を巡り、彼ら代表者たちを小学校の方に護送した。
無線でのやり取りだけでは、さすがに効率が悪いだろうからな。
当然、俺の力を目の前で見る者もいるという事態になったりもしたが、それは今更というものだろう。
すでに彼らの中には、数多のゾンビを一人で蹴散らす俺の姿を見ている者もいるのだから。
そして今は、丁度那須川さんら自衛官が、この町へ来た経緯を彼らに話し終えたところだった。
ちらちらと、視線がこちらに向いているのがわかる。
先の時もそうだが、それに含まれるのは怯えが主だろう。
今やじいさんから、以前町を追い出した者だ、と話を聞いているのだから、余計にその感情が湧いているのかもしれない。
気にしていない、とちゃんと言っておいたんだがな。
「ええ、構いません。すぐに決められることでもないでしょうから。何か質問もあれば遠慮なくどうぞ」
「助かります」
そう、那須川さんと町の代表の一人が言葉を交わしてからしばらく。
ふいに、じいさんが立ち上がり口を開いた。
「……一つ、確認しておきたいことがあるんだが」
「なんでしょう」
そう那須川さんに瞳を向けるじいさんの表情は、少々穏やかとはいえないものだった。
なにか今から懺悔でもするかのような、そんな重々しい雰囲気が感じられた。
「……実はわしらの中には、人を殺しておる者が何人もいる。感染者のことではない、生きた人間をだ」
「……」
「そんな者たちでも、受け入れようと思っているのか?」
一瞬、しんとなった空気が辺りに流れた。
……なるほど。
本来ならいかなる理由があったとて、殺人を犯した人間がのうのうと生きてはいけない。
たとえそれが襲われ反撃してのことであったとしても。
だがそいつは、以前の世界での話だ。
しかし国に仕えている自衛隊からの話、と考えるのならば、それを疑問に思うのも当然の話かもしれない。
「……じいさん。また、何かあったりしたのか?」
「いや。わしが言っているのは、柳木君に以前話したことだ。もっとも、余所者をこの町から追い出したことも結果殺したということになるなら、もう少し増えることになるのかもしれんがな」
「……あれ以来、無法者の類は来ていなかったか。そいつは良かったな」
じいさんの自虐めいた言葉に、首をすくめる。
俺や自衛官の顔色を窺う町の皆の視線は、不安が大半だろう。
じいさんは、相も変わらず強い眼差しのままだが。
それらの視線を受けて、俺は一度小さく息を吐くと、口を開く。
「取り敢えず、そのことなら何の問題もない。勝手で悪いが、もう自衛隊には話してあるんだ」
駐屯地に新たに多くの避難民を誘致する。
当然、その彼らがどんな者たちなのかは説明してあった。
この町の人たちは、決して悪人なんかではない。
そいつは、以前じいさんと語り合った時に重々承知していた。
タケルのように仕方なく人を殺し、そして余所者を信じられなくなったというだけのこと。
それにそもそも殺人という話をするならば、俺自身が那須川さんの目の前でそれを行なっている。
勿論自衛隊もそれは知っているし、力を見せた今となっては、それが"仕方なしに行われた"ものであったとすら、彼らは思ってはいないかもしれない。
だが彼らは俺を受け入れている。
それは俺が有用だから、という考えがあってのことかもしれないが、しかしそれならば、この町の人たちについても同様だ。
むしろ俺なんかよりは余程受け入れて然るべき存在だろう。
「それに……少なくとも今は文字通り、"法律"ってものがないようなものなんだ。国自体、政府自体が無いんだからな」
そう言って、那須川さんの方を見る。
こくりと頷くと、彼が俺の言葉に続いた。
「柳木さんの言う通り、こちらの町の方々の事情は知っています。そして、すでに政府がないというのも事実です。また、各国の状況が今現在どうなっているのかも、定かではありません。我々は独自の判断で、事態に当たっているのです」
那須川さんの発言に、どよめきが起きた。
実は今回の計画にあたり、自衛隊と話し合い、この事実を明かすことを決定していた。
この町の住民が移動するのであれば、すでにいる駐屯地の避難民にも明かす手筈となっていた。
大掛かりな移動をしてもらい、また農業をしてくれという頼みごとを聞いて貰うのだから、それくらいは明かしてほしいという俺の話を、自衛隊は承諾したのだった。
もっともそんなにあっさりとそれを承諾したのは、自衛隊としても、駐屯地の避難民からの、国の対応はどうこう、という声に黙秘を続けるのもいい加減限界が来ていたというのもあったのかもしれない。
そもそも多くの避難民はそれに薄々勘づいてもいるだろうからな。
「……自衛隊は、そんな状況で知らん避難民たちをずっと守り続けている酔狂な連中だ。だからそれを踏まえて、単純に今回の件をどうしたいか考えてくれりゃいい」
まだ困惑した様子の町の代表者たちに向けて俺がそう言うと、徐々にその声が収まっていく。
「まあ、万が一自衛隊が何かおかしなことをしでかしたら、俺がぶっ潰すから心配しなくていい」
「柳木さん、それは洒落にならないです……」
まあ、それもこの町の皆が俺自身を信用していないなら、意味のない話だが。
そう冗談めかして言うと、また一瞬しんとなった空気が流れた。
この力を見せた矢先に今のは少々ブラック過ぎたか、と馴れない発言に自嘲しながら頭をかけば、その空気を破る一つの笑い声。
「くっ、はっはっ!柳木君がそう言うなら、心配はいらんかもしれんな」
「……まあ、少なくとも今ここにいるよりは、安全に過ごせるだろうさ」
じいさんの言葉にそう返せば、彼は当然だとでも言いたげにもう一度笑って、町の皆の方に振り向いた。
「どれ、それじゃあ皆の衆、早く話をまとめるとしようか」
漫画版第10話も更新されておりますので、そちらの方もよろしくお願いいたします!orz
キリリとした表情のポニテカエデちゃん、必見でございます!




