百六十三話
「うそ!?アザミっち!?」
石階段を上りじいさんの家に着くなり、以前見た時よりもさらにプリン頭が強調された、小麦色の肌の少女が俺たちを迎えた。
彼女のその言葉に、そういえばそんな呼び方をされているんだったな、と思い出し苦笑する。
「……久しぶりだな、モモ」
「え、なんで!?てか無事だったんだ!」
「あぁ……モモも、元気そうだな」
モモの無事はここまでの道中でタケルから聞いていたが、そのテンションの高さに少々萎縮しながらそう返せば、彼女は瞳を潤ませながら笑みを作って大きく頷いた。
「な、モモ。だから言っておったろ、柳木君のことなら心配はいらんと」
「じいちゃんはそう言ってたけどさ、そんなのわかんないじゃん!」
「ま、今となっては、モモの言うような万が一の心配すら要らんということも分かったがな」
「ん?どういうこと?」
「……こっちの話だ」
そう言って、じいさんは悪戯っぽい視線を俺に向ける。
……年甲斐もなく、何をやっているんだか。
じいさんとしては、以前俺がこの力を隠しながら相手をしていたということが、少々悔しかったのかもしれない。
もしくは、このじいさんのことだ。
単に未知の力を目の当たりにして、多少うわついた気持ちになっていたりするのだろうか。
一緒に戻ってきた大人達は未だ困惑したような表情を浮かべているが、そんな彼らの様子を見て、モモはさらに首を傾げた。
「うーん?まあ、いいけど……あっ!ていうか、あいつらが走ったって聞いたよ!みんな、怪我とかしてないよね!?」
どうやらグールのことは町の皆の通信網ですでにモモの耳にも入っていたらしい。
彼女は外に出ていた者たちに心配そうな顔を向けた。
俺の訪問という予想外の出来事を受けてなお、そのようにちゃんと気を回せるモモの、変わらない優しさに無意識に笑みが溢れる。
「大丈夫だよ。いや、実は俺は危なかったんだけど……丁度柳木さんが来てくれて……」
「タケルっち、怖いこと言うのやめてよ……」
「……ごめん」
モモからすれば、その反応は当然だろう。
たまたま無事で済んだからよかったものの、もしタケルに何かあったのならモモの心はどうなってしまうか、想像に難くない。
タケルのことだ、どうせ無理を言ってゾンビ退治に連れて行ってもらっていたのだろう。
それを特別悪いことだとは思わないが、なんにせよモモが膨れっ面を晒すのも理解出来るというものだ。
「アザミっち、また助けてくれたんだね。ありがとう」
「気にしなくていい。ま、運が良かったんだろうさ」
そう言って、そばに立つタケルの頭に手を乗せる。
……実際、運が良かったのは事実だからな。
というのも、俺はこの町に来るのに、途中まで自衛隊と共にヘリで移動してきていた。
ヘリの騒音を考慮しある程度の高度を保って移動していたわけだが、しかし進むにつれ、俺は違和感を抱いた。
それは、駐屯地周辺を離れ、首都圏を抜け、さらに都市部を抜けてなお、眼下にグールの姿が確認できたことだった。
俺の当初の仮説では、グールは比較的人口密度の多い地域に発生しているはずだった。
だが実際には、どんどんと田舎の風景が見えてくるにも関わらず、その数こそ少ないものの、グールの姿がなくなることはなかった。
これから導き出されるのは、グールの発生条件が違うか、あるいは、グールは遠くの人の気配を何かしら感じ取り移動しているかもしれないということ。
考えてみれば、今いる駐屯地の壁の外には俺が定期的に"掃除"しているにも関わらず、いつまでも奴らの姿があった。
設置作業を長いことしていたからその音でやつらが集まってきているものだとばかり思っていたが、もしかするとその後者のような原因もあったのかもしれない。
そうであった場合、グールの存在を確認できていない他の地域にも、いずれやつらの手が迫る可能性が十分にあり得る。
それはこの町についても同様だろう。
また、高度を高くしてあるとは言え、地上のゾンビたちは間違いなくヘリの音に反応してそれを追ってきていた。
直線的に目的地に向かっていては、グールを町に引き入れることになりかねない。
それらを考慮し、自衛隊には大回りで山の方から町に入ってもらうこととして、俺はヘリから飛び降りて一足先に町へと来たのだった。
もう少しその判断をするのが遅かったのなら、タケルは無事では済まなかったかもしれない。
「モモ、柳木さん凄かったんだよ!」
タケルは一度俺を見上げて少し照れくさそうな顔をしてから、あの場のことを思い浮かべているのか、興奮した表情でモモに向き直る。
その口から放たれる続く言葉を聞くモモの表情とは対照的に、じいさんや周囲の大人たちの顔は少々複雑そうだ。
当然だろう。
タケルが見たものとは比べ物にならないものを、彼らは見てしまったのだから。
俺があの場に着いた時、さすがというべきか、じいさんたちはグールの殆どに対処をし終えるところだった。
タケルの救出に走り出す者もいた中で、俺はそれに先んじてグールを蹴飛ばしながら頭を刎ねた。
彼らからしてみれば、何もない空間に俺が突然現れて、グールが血を噴き出しながら空高く吹っ飛んでいった、という訳の分からぬ光景を見たことになる。
「アザミっちやっぱ凄かったんだねー!」
「うん、本当に」
「……で、結局アザミっちは、なんでここにいるの?」
再度疑問の視線を投げかけてくるモモに対し、首をすくめる。
同じ説明となるが、まあ仕方ないだろう。
タケルと似たような反応を返すモモを見ながら再度同じことを話していると、遠くにヘリの音が聞こえてきた。
那須川さんたちも、じきに到着するか。
「……どうなんだろー。うちは移動した方が良さそうに思えるけどなー」
「俺もそう思う。あの感染者がたくさんきたらもうどうなるかわからないし……」
タケルとモモが不安そうな顔を浮かべるのは当たり前の話だ。
よほどの変わり者でなければ、じいさんも含め、町の大人たちも同じことを考えるだろう。
まあこれからの話し合いでそれらは決まるわけだが、しかしその前に、おそらく俺は一仕事しなければならないだろうな。
と、そこまで考えたところで、腰につけた無線機に連絡が入る。
『……柳木さん、聞こえますか?』
「……あぁ」
『じきに指定のポイントまで到着します。ヘリの着陸も問題なさそうです」
「そいつは良かった」
『ですが問題が。ヘリの音で感染者が集まってくるのが見えます。対応できないこともないかもしれませんが、少々数が多く……』
当初グールはこの町にはいないだろうと想定していたが、この状況ではな。
グールはゾンビを呼び寄せる。
その習性からして、そうなるだろうと思ってはいた。
タケルを助けた場に来る途中も、以前来た時よりもやつらの姿が随分と多かったからな。
じいさんの話からして、"余所者"が町の外からグールを引き連れてきてしまった、ということもあるのかもしれないが。
「分かった。俺が向かおう」
『すみません、柳木さん』
「いや、いい。俺が言い出したことだしな」
那須川さんがそう言うのは、俺に頼るからという意味もあるのだろうが、何よりも、俺がこの力を自衛隊以外に見せることになる可能性が高い、ということに対してだろう。
想定外の出来事ではあるが、しかしこればかりは仕方ない。
それならそれで、この後の交渉の材料にでもしてくれりゃあいいさ。
むしろ、背中を押されたくらいの気分だ。
力をまた知らぬ他人に見せるかもしれないこと。
それに対して俺がそんな気持ちを抱くのには理由があった。
実を言えば。
今の俺には、ある種の覚悟とでもいうべきものが、芽生え始めていたのだから。
漫画版第9話も更新されております!
カエデちゃんカワユスな回ですので、是非是非よろしくお願いいたします!笑




