百五十五話
「あ、アザミさん、おかえりなさい」
「……随分と大世帯だな」
宿場の方に戻り部屋のドアをノックしてから開ければ、目に入ってきたのは、カエデの他に、ユキとサクラとナノハの姿だった。
「邪魔だったか?織田さんのところにでも行って時間を潰してきてもいいが」
「全然、全然大丈夫ですよ!むしろおにーさんを待ってたくらいです!」
女性密度の濃い空間に少々居心地の悪さを覚えそう提案すると、サクラが慌てて俺を引き止めた。
気配感知でいることは分かっていただけに、この空間を避けようかと一瞬考えたが、中に入ったのは取り敢えずは正解だったらしい。
「シュウはどうした?」
「あ、なんだか今日は織田さんのところに行きたいって言っていたので、私が預けてきましたよー」
「そうか」
単純に、シュウはこの空間に居づらかっただけなんじゃないだろうかと思いながら、そうユキに軽く返事をする。
「……それで、この大雨の中何の用だ?移動も大変だったろうに」
カエデが立ち上がりタオルを渡してくれたのを礼を述べながら受け取り、それで頭を乱暴に拭いながらそう聞けば、ナノハがじっとこちらを見つめているのがわかった。
先日那須川さんから聞いていた話を思い出して、随分とその視線がむず痒い。
「……おじさん。こっちの人たちは、おじさんのことを、知っているんだよね?」
「力のことを言っているのなら、その通りだが……」
そう前置きしたのは、彼女なりに気を遣ったのだろう。
こちらで俺が他の面々と共にいるということは、皆俺の力を知っていると思ってはいるが、念のために聞いたというところか。
正直まだまだ子供のナノハが誰かに口を滑らせても仕方ないかと少し思っていたが、その心配はあまりしなくても良さそうだな。
「……向こうの人たちがね、特別扱いしてどうだこうだって、悪口を言っていたの。だから嫌になって、おじさんに会いたくなったの」
「今日はお休みだと聞いていたので、丁度いいかなーと連れてきちゃいました」
二人の言葉からして、特に用事と言った用事のようなものはなかったのだろう。
ナノハとしては、俺との約束からその悪口に何かを言うことも出来ず、その煩悶とした気持ちのぶつけどころも分からず俺を訪ねてきた、と言ったところだろうか。
自分のことを言われたわけでもないのに頬を膨らませるその様子と、幼いながらも俺を慮る少女の気持ちに、自然と小さく笑みが溢れた。
「あっ、勿論、私が久しぶりにおにーさんに会いたかったというのもあるんですけどね!」
「……先輩、モテモテで良かったですねー」
「なんだ、それは……」
サクラとユキのその言葉に、タオル越しに頭を抑え、ため息をつく。
つい先程の萩さんとの会話を思い出して、余計に決まりが悪かった。
「……カエデさんには事情があるし、おじさんはヒーローなんだから、そもそも特別扱いくらいしても当たり前なのに……」
ナノハの唇を尖らせながらのその言葉に、ついに面と向かってそんな呼び方をされたかと苦笑する。
視界の端で、ユキが同じように苦笑する様が見てとれた。
一度大きく息を吐いてから、ナノハの前で腰を下ろして、優しく頭に手を置く。
「ナノハ。ナノハのその気遣いは嬉しいんだがな。子供の夢を壊すようで悪いが……残念ながら、俺はヒーローなんかじゃない」
置いた手と同じように穏やかな口調で、しかし彼女にそんな言葉を突きつけては、その頭から手を離す。
俺を見るナノハの視線は僅かに震えていて、期待を裏切られたかのような表情だった。
「……ナノハは特撮ヒーローが好きなんだったな、那須川さんから聞いたよ。今はどんな作品があるのかは知らんが……まあきっと、悪い組織でもあって、それに対抗する凄い力を持った正義のヒーローが出てきて、悪い奴らをばったばったと倒していく、みたいな話なんだろう」
子供の頃に見た記憶を思い出してそう言えば、目の前の少女はこくりと頷く。
「……だが、今外にいるやつらは別に悪い奴らなんかじゃない。この騒動がどうやって起きたものかは知らんが、言ってしまえばそれの被害者なんだよ。例えばテレビの中のヒーローが、悪い奴に操られた一般人を殺して回るか?」
俺の言葉に、ナノハは少しだけ目を見開いた。
周囲にいるカエデやユキ、サクラもこくりと息を飲んだ。
彼女らの、ゾンビに対しておおよそ無力であるその立場からすれば、俺の言葉は考えもしなかったことなのかもしれない。
ゾンビは人を襲う自らに危険を及ぼす恐怖すべき対象。
ただそれだけのものであっても無理はない。
殺すのに忌避感は抱いても、それは単に元が人間であったからというだけの理由で、ゾンビ共を被害者だなんて考えはしないだろう。
もっとも、そうだからと言って俺はやつらに慈悲などかけるつもりは毛頭ないが。
「それにヒーローなんてもんは、ただ凄い力を持ってるやつのことを言うんじゃない。力を持っているからこそ、それを自ずからどう使うのか考えているやつのことを言うんだろう」
悪ありきの正義の味方。
そいつも確かにヒーローだろう。
だがそもそも悪などなくとも、その力を何かのために役立てようとするその姿勢こそ、ヒーローの本質なのではないかと思う。
……異世界で会った、リンドウのように。
きっとあいつは、魔王なんてものが居なくても、その力を知らぬ誰かを救うために使ったんだろう。
今も、誰かを救っているのかもしれないな。
「俺は……最初、この力を誰かのために役立てようなんてこれっぽっちも考えちゃいなかった。ナノハやサクラを助けたのだって、カエデを助けたのだって、単に成り行きだ。そんな俺が、ヒーローだなんて馬鹿げてるのさ」
「……」
「それを言うなら、織田さんやここの自衛隊の人達の方がヒーローには相応しいんじゃないか……勿論、那須川さんもな」
最後にそう付け加えれば、目の前の少女はまた少しだけ目を見開いて、一度俯くと、顔を上げた。
つい先ほどとは違い、僅かに緩んだその表情を見てひとつ安堵の気持ちを抱きながら、もう一度その小さな頭の上に手を置く。
「俺は、そうだな。そんなヒーロー達を多少は手伝う気になった、ただのおっさんってところだな」
冗談めかしてそう言うと、ナノハはその顔に笑みを浮かべた。
漫画版六話も更新されておりますので、そちらの方も是非是非よろしくお願いいたします!orz




