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異世界還りのおっさんは終末世界で無双する【漫画版5巻6/25発売!!】  作者: 羽々音色
五章

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百五十四話


「私、ここに残ることにしたわ」


ごうごうと吹き荒ぶ風の音と、窓を叩く激しい雨音が聞こえる室内、目の前の女性はそう言って咥えた煙草にジッポライターで火をつけた。

ひと吸いして白い煙を吐き出すと、一瞬恍惚の表情を浮かべてから、俺の方へと視線を向ける。


「……別に好きにすればいいと思うが、向こうの駐屯地はそれで問題はないのか、萩さん?」


「グール、の情報はあなたに聞いたものも含めて送ってあるわ。あとは向こうでなんとかするでしょ。私がいてもいなくても、そこは変わらないわ」


萩さんはそう言って右手に持ったものを愛おしそうに見つめてから、また唇を近付けて咥える。

白い煙が、ふわりと部屋の中に散った。


「それにここにいれば、あなたのおかげで、こうして煙草も吸えることだし」


彼女はそう言って微笑んでから、また何度か白い煙を吐き出す。

そして名残惜しそうにその火を消したのをみてから、俺は口を開いた。


「……で、話はそれだけか?」


自衛隊本部との会議の後、萩さんに呼び出され一人部屋へと来たわけだが、そんな彼女の言葉に少々呆れながらため息をつく。


ちなみに会議の内容は、自衛隊と協力して行っている防壁作りについてが主だった内容だ。


先程から聞こえる喧しい音から分かる通り、外の空模様は最悪ときている。

天気予報など無くなってしまったが、こいつは所謂(いわゆる)、台風、というやつだろう。


俺だけが作業するならばやれないこともないが、さすがに台風が過ぎるのを待つしかなかった。


「んー、まあ、そうね」


「……」


「やだ、冗談よ、冗談……あの時のことを、もう一度謝ろうと思って」


「あの時?」


「……結局、カエデちゃんの話は、避難民の知るところとなってしまったわ。もっと上手く何か方法があったかもしれないし、そもそも騒動の場での私のやりようが不味かったわね」


萩さんはそう言って目を伏せる。


彼女の言うように、あの騒動の日から一週間も経たないうちに、カエデの話は駐屯地中に広まっていた。

腕の傷跡のことも、また作り話のことも。


あの日以降、色々と面倒だろうとカエデをなるべく外に出さないようにしていたが、しかしそのような状況になり、最終的には自衛隊が正式に例の作り話を避難民達に説明することとなった。

そうしなければ、結局はカエデが外で他の避難民と会うたびに、腕の傷跡についてどうこう尋ねられたりなどするだろうからだ。


勿論、カエデの意志は確認してある。


彼女はこれについても、何の不満も漏らさなかった。

むしろ何故だか、その顔に笑みを浮かべる余裕さえあった。


「もう終わったことだ、気持ちは受け取っておくがな。まあ、カエデは今は、そう気にしていなかったようだから、取り敢えずはいいさ」


きっとカエデがあんな顔をしたのは、以前俺に話していた、"今のこの世界で何かできることはあるんだろうか"という言葉が関係するのではないかと思う。

彼女はきっと、作り話なんかではなく、実際に自分自身の身体を調べられることを望んでいるのだろう。


おそらくは、調べたところで何か得られるものはないと思われる。

ゾンビ化を防いだのは異世界の得体の知れないものを飲んだからというだけの話で、その身体で何か抗体のようなものが出来上がるなんてことは考えにくい。

萩さんだって、カエデ自身でさえ、同じように考えていることだろう。


しかしそれでもカエデはなんらかの役に立てばという淡い期待を込めて、自らの想いに向き合っているのではないだろうか。


「それなら、いいのだけれど」


「あぁ。それに今回のことについては、俺にも責任がある。いや、と言うより、俺のせいでややこしいことになっているとも言えるからな」


それは、カエデの傷跡を隠す為にもっと何かやりようはあった、とかそう言う話ではない。


そもそもカエデの傷跡についてを隠していたのは、元を辿れば、俺の力を隠していることに起因する。

もっと言えば、俺が織田さんに最初から力のことを隠していなかったのならば、デパートはあんなことにはなっていなかったし、カエデがゾンビに噛まれることにもならなかっただろう。


「なんとなく、あなたが言いたいことはわかる気がするけれど。でもそれは、少し言い過ぎなんじゃないかしら、人には色々事情があるわ」


そんな俺の考えを見透かしたのか、萩さんはそう言って白衣のポケットから煙草を取り出すと、また一つ口に咥えた。

火をつけ煙を吐き出すと、弄ぶように吸い口を指で擦り、ぼんやりと火のついた煙草を見つめる。


「私だって、あなたのような力があったら、きっと隠すと思うもの」


「……」


「でも、私が男だったら、せっかくこんな世界なんだから、ハーレムでも作りそうなものだけど。柳木さんって真面目なのね」


眼鏡の奥の瞳がどこか遠くを見つめていたかと思えば、彼女はそう言って口元を緩めてこちらを見た。


最初に会った時と比べれば、随分と柔らかい彼女のその態度に苦笑する。

その視線に、敵意は全く含まれてはいなかった。


「そいつはどうも……話はこれで終わりか?」


「えーと、まあ、そうね」


「そうか。それなら俺は戻るとしよう」


そう言って俺は歩むと、ドアの前で立ち止まる。


「あぁ、そうだ。カエデについてだが、近いうちに調べることを許可する。ただし、調べるときは俺も同伴させてもらうが」


この様子であれば、萩さんについてはもう何か心配することもないだろう。

万が一に備えて、一緒にいれば尚更だ。


「あら、もう信用を勝ち取ったってことでいいのかしら」


「まあ……そうなのかもな」


茶化すような萩さんの言葉に、俺はそう返して部屋を出た。


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