百四十八話
11/7 二回目の更新です。
暗い室内で目を覚ます。
腕にはめた時計を見れば、じきに日も昇ろうかという時間だった。
「……」
また、異世界の夢か。
大方、先日那須川さんから救世主だのヒーローだの、そんな話を聞いたからこのような夢を見たのだろう。
途中から夢だと気付いてはいたが、かつての仲間とのやりとりが懐かしくつい楽しんでしまった。
もっとも、そのやりとりの内容自体は、そう楽しめるものでもなかったか。
「……んぅ」
少し離れた場所で眠るカエデが小さく声を漏らして寝返りをうち顔をこちらに向けた。
長い髪がはらりとその幼い顔の前に落ちて、それが鬱陶しかったのか一瞬だけ眉間に皺が寄る。
かと思えば、すぐにむにゃむにゃと口を動かしてはまた静かな寝息を立てていた。
カエデのその姿が、つい先程まで夢で見ていたイーリスの姿と随分と被って見える。
野営の時はあいつもこんな感じで眠っていたな、とカエデのその様子を見て小さく笑った。
夢を見たおかげでまだ鮮明に頭の中に残るかつての仲間の顔を懐かしむ。
今しがた見た夢は、まだ旅に出てそれほど時間も経ってない頃のことだったか。
夢の中のロベリアの言葉を思い出しては、ひとつ静かに息を吐く。
彼女があの日言っていたように、この世界の今の状況で、俺が救世主やらヒーローやら、そう言われるのは仕方のないことなんだろうと思う。
ナノハを救い、自衛隊を救い、そして今駐屯地を安全にしようと動いている。
これが彼らにとって救世主でないならなんなのだ、と。
勿論、俺はそんな扱いを望まない。
ただそこにあるのは、そういう立場なのだからあれをしてくれこれをしてくれ、とそう言われるのを危惧しての話。
それが無いのであれば、別にどう呼ばれようが特に問題はない。
そして自衛隊は、俺に多くを望まなかった。
だからこそ、俺がこの駐屯地に最初に訪れた時とは違い、先日の那須川さんの言葉にわざわざめくじらは立てなかった。
まあそんな呼称自体に面はゆさはあるし、やはりどうにも異世界での経験を加味すると、その呼び方は気分の良いものではないが。
「……」
しかしナノハが俺に向ける態度は、自衛隊のそれと違うと言えるだろう。
それは俺に期待し、頼る気持ちなのだと思う。
もっとも、子供ゆえの純粋な気持ちで、仕方ない部分もあるのかもしれないが。
だがそんな感情をここの避難民たち全員向けられたら、俺はどう思うのだろうか。
挙句、勝手な言葉を吐かれたりなどしたら。
実際はどうなるかなど分からないのに、それを想像してため息をつく。
織田さん達の例だってあるし、こんなものは杞憂だといいのだが。
……織田さん達と言えば、最近警察官の他にデパートの避難民の面々も、自衛隊を手伝っているらしかった。
駐屯地に来てなお行動する警察官達を見て、自分たちも何かできないかと、織田さん伝手で仕事をくれないかと頼んだそうだ。
最初は遠慮されたらしいが、むしろお願いする形で頼んだところ、自衛隊は快くそれに応じたらしい。
もっとも物資の管理などは自衛隊でやっているし、駐屯地には気軽には立ち入れない場所もあるしで、洗濯や掃除程度の以前と比べたら些細な仕事しか与えられていないようだが。
それらの雑務については、元々駐屯地にいた避難民の中にもすでに手伝っている人がそこそこの人数いたらしい。
基本的に元々いた避難民と、デパートの面々とではあまり交流の機会はないようだが、その中の人たちとは何人か仲良くなっている人もいるようだった。
ちなみにサクラは、元々いた避難民とは少し違うかもしれないが、その中の一人と言えるだろう。
サクラはむしろ暇を見つけてはナノハを連れてこちらの宿場にちょくちょく遊びに来ているようだった。
サクラは歳もそう離れていないからかユキと随分と仲良くしているようで、ナノハはナノハで、シュウにお姉さん風を吹かせているらしい。
シュウもそれを嫌がっているわけでは無いらしく、むしろ歳の近い少女に会えたのが嬉しいのか、恥ずかしがりながらも仲良くやっているようだとユキやカエデから聞いている。
カエデも、サクラと共にいた歳の近い少女たちとたまに交流しているようで、その話を時たま聞かされる。
それらの殆どはなんてこともない話だが、話をするその様子を見るに、デパートの面々をこの場所に連れてきて良かったなとも思う。
カエデやシュウは、まだまだ子供だ。
同じ年代の人との触れ合いも大事な時期なのではないだろうか。
少女たちにとってもそれは同じで、これまで受けてきた傷を癒すのに、そういった触れ合いが一役買うのではないだろうかと思う。
こんな世界になってそれは甘い考えなのかもしれない。
だがこんな世界だからこそ、という考えもあるだろう。
「ん……」
と、そんなことを考えていると、気付けば部屋の中に朝日が差し込んでいた。
それで目が覚めたのか、先ほどまで寝息を立てていたカエデがそう小さく声を出しては、こちらに視線を向けているのがわかった。
「あっ。おはようございます、アザミさん」
カエデの方を向けば、彼女はまだぼーっとした様子の瞳をこしこしと指で擦るとそう笑顔を向けてくる。
「あぁ、おはよう」
「今日もアザミさん、早いですね。ちゃんと休めているんですか?」
かと思えば、そう言って心配そうな顔を向けてきた。
「問題ない、十分休めてるさ」
「それなら、いいんですけど……」
「あぁ」
そう言って俺は立ち上がると、軽く伸びをする。
さて、日も昇ったし、そろそろ作業に出るとしようか。
じきに、仮の壁の設置も終わることだしな。
俺のその様子を見て、カエデは起き上がり軽く手櫛で髪を整えると、俺のそばへと歩み寄る。
いつもの流れで、俺が部屋を出ると察しているのだろう。
「アザミさん、気をつけてくださいね」
「ま、心配はいらないさ」
「もぅ……あと、無理もしないでくださいね。アザミさんはもっと休んでもいいと思います」
少しだけ不安そうな顔を覗かせて、俺を見上げながらのカエデの言葉に、小さく笑う。
夢で見たイーリスの表情とそれが、また被って見えたから。
その気遣いに、俺は夢でイーリスにしたように、カエデの頭に優しく手を乗せた。




