百四十二話
「……アザミさん」
LEDランタンの灯が消えた暗い室内に、カエデの声が小さく響いた。
この暗闇ではよく見えてはいないだろうが、ソファで横になる彼女が、そのすぐ近くで床に寝転がる俺にぼんやりと視線を送っていた。
「なんだ?」
「……今度はきっと、自衛隊の方々は、来るんですよね」
「まあ、可能性はそこそこ高いだろうな」
俺がデパートに戻ってきてから、織田さんは皆にこれからの予定などを説明した。
その時に彼は俺から聞いたことを、殆ど包み隠さずに話した。
それを聞いたデパートの面々の反応はと言えば、様々だった。
まだ自衛隊が機能していて、他に多くの生存者がいることに胸を撫で下ろす者。
これでまた一つ安心だと、素直に喜ぶ者。
そして新たな場所に移ることを、不安がる者。
とはいえ概ねは、何にせよ織田さんや俺が決めたことだからと、当初自衛隊を探しに行くと決めた時のように、そこに何かしら反対の感情はないようだった。
グールが現れたというのも、理由としては大きかったのかもしれない。
「えっと、あの。もし救助が来て、みんなが無事に駐屯地に着いたら……アザミさんは、それから、どうしますか?」
僅かに震えた声でそう尋ねるカエデに視線を向ける。
答えを待つ彼女は不安げな表情をしながら、その身にかけたタオルケットをきゅっと小さな手で握っていた。
「そうだな……すでに自衛隊には俺の力をある程度は見せた。彼らに多少は手を貸そうとは思っている」
もし彼らが俺たちを救助しに来るのであれば、俺はそうしようと思っていた。
成り行きで力も見せた以上、そこでこの力を使わないと言うのもおかしな話だろう。
以前から考えていた、"国にいいように使われる"ということと似たようなことが起こるのではないか、という不安が無いわけではない。
だが同時に俺は、そうはならないのではないだろうか、という確信にも似た期待も抱いていたのだった。
そもそも俺が異世界で王族やら貴族やらに悪感情を抱いていたのは、やつらのその自己保身の強さと、またそのために俺達勇者パーティーに無理を強いていたからだ。
王国のやつらのニヤケ面は今思い出しても虫唾が走る。
だが自衛隊は、少なくとも那須川さんは、あんなやつらとは違った。
彼らは自分たちのためではなく他の人たちのために、自らの命を張ってゾンビ共と戦っていた。
そんな彼らが、自分の身可愛さに俺に全てを押し付けるなどということをするだろうか?
またこれは単に気持ちの問題ではあるが、そんな彼らになら、多少は使われてやってもいいじゃないかと、今は思っているのだ。
……消えた国の上層部に対しては、全くそうは思わないがな。
「さっき言っていたな。この世界で自分には何が出来るのか、と。まだ子供のカエデがそんな風に考えている。そんな中、おっさんの俺が何もしない訳にもいかんだろうさ」
それに救助に来るということは、俺が守りたいと思っているこのデパートにいる面々が、彼らの世話になるということだ。
ならばそこで俺が何もしないというのは、よりおかしな話にもなるだろう。
好き勝手に使われる気はないが、出来るだけのことはしてやりたいとは思っている。
「まあ、難しいことはわからんから、ゾンビ共を倒すくらいしか出来ないだろうがな」
そう言って、小さく笑う。
俺の力を彼らのために役立てるのならば、取り敢えずはそれがメインになるだろう。
ゾンビを倒し、自衛隊と協力して安全圏を広げていく感じだろうか。
もしくは何処か小さな島の安全を確保して移動するというのも一つの手なのかもな。
その場合は軍事施設を手放すことにもなるから、難しい問題かもしれないが。
そのあたりは、もし救助が来たら彼らと相談でもすればいいだろう。
「そんなの、今一番必要とされてる力じゃないですか……ていうかその前に、えっと、アザミさんは、その、おっさんなんかじゃないです!」
唇を尖らせてカエデがそう力説する様を見て、吹き出す。
言葉にはしないが、相変わらず"いいこ"なことだな、と。
「もう、なんで笑ってるんですか……でも、そうなんですね、安心しました」
「……随分と、嬉しそうだな?」
見れば、俺に問いを投げかけた時の表情とは打って変わって、カエデは満面の笑みを浮かべていた。
「え?あの、なんで……あっ、ずるい!アザミさん真っ暗でも見えるって言ってましたもんね!?」
そう言うなり、カエデは顔を真っ赤にしてタオルケットを一度頭から被ってから、ちらりとこちらを覗くように少しだけ顔を出した。
その様子が随分と可愛らしく、俺はまた小さく吹き出す。
「あー、なんだか、すまんな」
「うぅ……」
正直な話。
さっきカエデに言った、自衛隊を手伝う云々の話は、確かにそう考えてこそいるが、その半分は建前みたいなものだった。
カエデが先程あのような質問をした意図について、俺には心当たりがあった。
それはゾンビに噛まれたあの日、カエデが俺に吐露した気持ち。
俺と共にいたいと願っているからこそ、彼女はそんな質問をしたのではないだろうか。
そういえば、以前警察署にいた頃にも同じ質問をされたような気がする。
あの時も、彼女は同じような気持ちでいたのかもしれない。
俺は何故だか、そんなカエデの気持ちに応えてやりたかった。
彼女と共にいて、彼女を守ってやりたいと思ったのだ。
……もっとも、こんな自惚れにも似た感情を、その本人に話せるわけもないがな。
「さて、それじゃあ、そろそろ寝るとしようか」
なおも顔を赤くして少し恨めしそうに俺の方を見るカエデに苦笑してそう言うと、俺は寝返りを打って彼女に背を向けた。
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