百三十八話
「あっ、あなたは、一体……」
多くの自衛官の視線が、俺へと集中していた。
ゾンビの返り血に塗れ、ひどい有様になっている俺の姿に。
そこに宿るのは殆どが畏怖の感情なのだろう、俺へと話しかけた自衛官の声はその震えを隠せずにいた。
それを無視して、俺はその隣にいる那須川さんに近付く。
「……こんなもんで、いいだろう?他の防衛線は問題ないんだな?」
「はい。問題は起きていないようです……」
「そうか、そいつはよかったな」
ぐるりと辺りを見渡す。
周囲には車両や防護柵でゾンビの侵攻を阻む簡易的なバリケードが作られており、それを軸に数多くの自衛官が警戒を続けていた。
ちらりちらりと、俺と那須川さんに視線を向けながら。
後方、俺が今ここまで歩んできた跡には、おびただしい数のゾンビの死体が転がっている。
……俺は那須川さんの頼みに応え、駐屯地に近付くゾンビの群れを殲滅した。
どうやら遠距離のうちに群れを発見できていたらしく、自衛隊が本格的に接敵する前に俺はここへとたどり着いた。
隊員に被害が出る前に、間に合ったのだ。
「……浮かない顔だな」
万事が上手くいったにも関わらず、那須川さんは暗い表情を浮かべていた。
「柳木さん、ありがとうございます……本当に、すみませんでした」
「まあ……そいつはもういいさ。だが今度の約束は、守って欲しいものだな」
そう言って俺に送られる視線の元を辿るようにもう一度周囲を見れば、自衛官達が緊張した面持ちでごくりと喉を鳴らすのが分かった。
その約束とは、自衛隊内のみで俺の話を共有する分には構わないが、今も行方が不明な国の上層部がもしこれから先見つかったとしても、俺の話は伏せておくこと。
そして、他の避難民など一般人にも同様に伏せておくこと、だった。
那須川さんから聞いている国の対応には、俺は心底腹が立っていた。
そんな国に対して、俺は自分の素性を明かしたいなどとは露ほども思わない。
どうせ碌でもないことになるに決まっている。
また詳細こそ聞いていないが、こんな世界になってなお、守られるのが当たり前と思っているような避難民がいるのであれば、そんな人達に対しても俺は同様の気持ちだった。
そんな力があるのなら自分達を守ってくれ、などと好き勝手に言われるのが目に見えているからだ。
それは那須川さんがこの駐屯地に着いた直後に言ったことと似たような言葉ではあるのかもしれない。
だが彼は少なくとも、間違いなく自分のためではなく他人のためにその言葉を発していただろう。
「はい……すでに本部にも、それは強く伝えてあります」
「それならいい。じゃあ後のことは、那須川さんに任せた。無理にすぐ救助に来てくれとは言わないし、最悪来れなくとも文句は言わん」
「いえ、必ず、迎えに行きます」
「……まだどうなるかはわからんが、少なくともひと月ほどは今の場所から動かないでおこう」
「……分かりました」
そう那須川さんとデパートへの救助の話をして、後ろを振り向く。
「後は頑張ってくれ。サクラ達についても、悪いが任せた」
「はい……柳木さん」
走り出そうとした俺を那須川さんが呼び止める。
振り向けば、彼は肘を張ってピシリと手を挙げていた。
「本当に、ありがとうございました」
見れば、那須川さんに倣って他の自衛官も彼と同様、俺へと敬礼をしていた。
その光景に少々の気恥ずかしさを覚えて、頭をかいて苦笑する。
「あー……そういうのは、いい。だが、気持ちは伝わったよ。それじゃあ、またな」
そう言い残して、俺は踵を返し走り出した。
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念の為駐屯地の周辺を軽く見回ってから、デパートへ向かう。
時刻はまだ昼間で、人の目があれば俺の姿を見られる可能性もあるだろうが、そんなことは気にしていられない。
……彼ら自衛隊は、俺のことをどう思っただろうか。
ほんの僅かに視線に含まれていた敵意。
それは畏れからくるものなのだろう。
那須川さんやサクラ達ならいざ知らず、俺のことを知らない奴がこの力をいきなり見たのだから、それは当然の反応とも言える。
彼らにしてみれば、その力がいつ自分たちに向けられるのか、分かったものではないであろうから。
だが別れ際に見せた彼らのあの対応なら、少なくとも危害を加えるようなことはしないと理解はして貰えただろうか。
その辺りは、那須川さんが上手く説明をしてくれると思うしかないだろう。
防衛戦へと移動する時に聞いた話では、あの駐屯地の燃料事情はある程度の余裕があるとのことだった。
ならば後は、俺が倒したゾンビ共の後始末さえ片付けば救援を出せることになる。
もしいつまでも救助が来ないようであれば、何かまたアクシデントが起こったか、救助をもともと出す気がなかったか、もしくは"俺がいるから"ということになる。
俺のことを信用ができないのであれば、自衛隊は救助を出さないだろう。
だが同時に、俺がいるからこそ救助を出す可能性も十分にあり得るはずだ。
俺のこの力を当てにする、という思惑でな。
少なくとも俺はここに来る前までは、この力を自衛隊に見せるつもりなどなかった。
那須川さんに言われなければ、先程のゾンビの群れの対応もしていなかったかもしれない。
だが俺は、結局は彼の言葉に頷いた。
それは単にあの時に言ったように、自衛隊に恩を売ってデパートの面々への救助をより確固たるものにする、という考えだけで行ったものではなかった。
そもそも俺は、那須川さん含め自衛隊の行動に感銘を受けていたのだ。
給料やら仕事やら、そんなものの無くなった今のこの世界で、彼らはそれでも自国民とはいえ見知らぬ他人を守ろうと奮闘している。
彼らのその姿は、俺が帰ろうとしている先、織田さんやあの場にいる警察官の面々と重なって見えて、また遠くの世界にいるかつての仲間達の姿を思い起こさせた。
同時に、異世界で体験した、旅先で救った人達に心からの感謝の気持ちを向けられたことも。
だからこそ、俺は手を貸すに至ったのだった。
「……」
リンドウやイーリスじゃあるまいし、何を考えているんだか。
こんな俺をみたら、ロベリアは大口開いて笑うに違いない。
かつての仲間の顔を思い出し小さく自嘲しながら、俺は帰路を急いだ。




