百二十七話
早朝。
準備したワゴンに八人が乗り込んだ。
少女達はここを出ていくことに不安そうな顔をのぞかせていたが、しかし俺と那須川さんが決めたことであるならば、それに従うほか無いと理解しているようだった。
その辺りは、サクラが説明でもしてくれていたのだろう。
俺と那須川さん、どちらが車を運転するかは、かなり迷った。
視線感知や敵意感知がある俺が運転していれば、道中余計な生存者との遭遇をすぐに回避できるというメリットがあった。
しかし車体の大きいワゴンを扱うことにおいては、自衛官である那須川さんに軍配が上がるだろう。
それに車両の後方で何かあった場合を考えると、俺が後部座席に居て自由になっていた方がフォローも利く。
そして那須川さんはここからの駐屯地への道のりを、ある程度把握しているというのが決め手となって、運転は彼に任せることにした。
敵意などを感知した場合は、その都度言って道を変えさせればいいだろう。
那須川さんには、俺の指示になるべく従うよう言いつけてあった。
「みんな、大丈夫だよ。おにーさん達がちゃんと守ってくれるから……ですよね?」
車に乗り込んだ後もどこか落ち着きのない様子の少女達へとサクラがそう言って、こちらへ笑みを向けてくる。
本心では彼女も不安なのだろう、僅かにぎこちない表情がそれを物語っていた。
「あぁ。言っていた通り、もし何かあった場合は姿勢を低くして下手に動かずにいてくれれば、後は俺がなんとかしてやる。指示を出す時もあるかも知れんが、その時も言う通りにしてくれれば問題ない」
車内の丁度中心部分へと座れば、全方位の脅威にある程度は対処が出来る。
ゾンビ程度ならば、これで十分だろう。
助手席にはナノハが座っている。
最初は前方からの視界が通るそこは空席にしてナノハは後方に誰かに抱えてもらうかと思ったが、那須川さんの隣にいたいという彼女の希望でそうなった。
何にせよ運転する那須川さんはフロントガラスから丸見えであるし、それならば大して変わりはないとそこへと座らせている。
「それじゃあ、行くとするか。ま、安全運転で頼む」
「はい、任せてください」
少し緊張した面持ちの那須川さんの返事と共に、俺はシャッターのリモコンを押した。
+++++
予定していたルートを進めば、予想通りゾンビの数は少なかった。
道路上には車が放置されていたりもしたが全く通れないということは殆ど無く、またそうであった場合でも少し回り道をすればそこまでのルート変更を余儀なくされることもなかった。
これらのことがスムーズに行えたのは、この辺の地理にある程度明るい那須川さんが運転していたから、というのもあるだろう。
道中は有難いことにアクシデントが起こることもなく、予定していたよりも早いペースでの移動となった。
当初長めに見積もっていた移動時間も、早朝に出てきたこともあって、この調子であれば明日中にでも着けるかもしれない。
夕刻に差し掛かる時間に、宿を取ろうと人気の無い住宅街へと車を進めた。
「あれが良さそうだな」
周囲からの視線感知の反応がないことを確認して、そう言って俺が指さした先は、所謂ビルトインガレージと呼ばれる一階部分がガレージとなっている一軒家だった。
その家は玄関が二階にあるタイプで、この状況で一泊の宿を借りるにはちょうどいいと思われた。
このタイプの建物は防犯性にも優れている。
それが段差が苦手なやつら相手となれば、より侵入もされづらいだろう。
ワゴンをガレージのそばにつけさせてから、スライド式ドアを開け一人車を降りる。
周囲に数体いたゾンビを手に持つ刀で片付けるとシャッターに手をかけた。
ガレージ内にはゾンビの反応もなく、そのまま那須川さんの運転するワゴンを中へと迎え入れ、シャッターを閉めた。
残念ながらここから直接住居スペースには入れないようで、一度外に出なくてはならないようだったが、それはそれで俺にとっては好都合と言うものだ。
建物内にはゾンビの反応こそあるが生者の反応は無く、それならばと俺は運転席にいる那須川さんに声をかける。
「那須川さんはここにいてくれ。上が安全かどうか調べてくる」
「柳木さん、一人では危険です。それに、別にこのままここで休んでも……」
「決してここを離れないでくれ。何かあったら彼女らを守れないからな」
ガシャガシャと外からシャッターを叩く音がして、それに気を取られながらも答える那須川さんの訴えを無視し、俺はそう言って一人ガレージを出た。
+++++
鍵のかかった玄関を力でこじ開け、屋内を捜索した。
多少散らかってはいたが、食べ終えたゴミなどが一箇所にまとまっていたりと、そこには何処か生活臭が漂っているような気がする。
寝室の一つには咬み傷のある男性のゾンビが一体いて、それらから推測するに、彼はここを拠点としていたが手傷を負ってしまったというところなのだろう。
適当に屋内を探索した形跡を残してから、ガレージへと戻った。
戻る時に周囲に多少集まっていたゾンビ共もついでに片付けておいたから、屋内への移動も特に問題は起きなかった。
中に入って再度安全確認をしてから、休憩しながら夕食をとる。
食料はある程度持ってきていたが、せっかくだからと青年達の食糧庫にはなかった、嵩張る缶詰類をアイテムボックスから適当に見繕って、この家にあったと言って皆に提供した。
少女達だけではなく那須川さんやナノハも喜んでいたようで、それならば出した甲斐もあるというものだ。
食事後は適当に部屋割りを決めて、各々が休憩することになった。
とはいえ知らぬ場所で、安全確認はしたと言ってもやはり不安はあるようで、少女達はリビングで一まとまりになってはいたが。
ゾンビを何の苦もなく倒していた俺のことを凄い凄いと食事中からうるさかったサクラが、終わってからもなお俺へとそう言ってくるものだから、いい加減それに耐えかねた俺はリビングを出た。
那須川さんとナノハの気配を追って、一つ隣の部屋へと足を運ぶ。
「……ナノハは寝たか」
部屋に入れば、大声こそ出させていないがリビングの喧騒とは打って変わって、壁際に座る那須川さんに寄りそうようにして静かに寝息を立てているナノハの姿があった。
「柳木さん」
「一応明日の予定やらの確認をしておこうと思ってな」
「す、すみません。ナノハちゃんが、だいぶ疲れていそうでしたので……」
「いや、俺の方こそすまんな。運転、明日は代わろうか?」
見れば、那須川さんも酷く疲れた顔をしていた。
ほぼ休憩なしで半日も運転していたのでは、それも当然だろう。
ただ運転するだけでは無く、周囲に気を配り咄嗟のルート変更を考えながら、ゾンビをなるべく避け、転がる死体を出来る限り踏まないようにしているのだから、余計にだ。
「いえ、大丈夫です。柳木さんには、先ほども任せてしまいました。これくらいは、やらせて下さい。それに、明日からのルートは、もうだいぶ勝手の知った場所に入りますから」
「……そうか。今日はだいぶ進んだ。もしかしたら明日には着けるかもしれないな」
「はい」
心配なのは向こうの駐屯地の無事だが、それは祈るほかないだろう。
以前訪れた場所のようにゾンビが群れていなければいいのだがな。
那須川さんはそばにあった座布団にナノハの頭を乗せて、ぽん、と軽く撫でてからこちらを向く。
彼女を起こさないよう小さな声で、俺と那須川さんは明日の予定を話し合った。




