百二十二話
那須川さんらを引き連れ例の部屋へと案内すると、彼は顔を顰めながら唇を噛み締めていた。
薄着で、顔色も良くなくアザのある者もいるという、おおよそ人間らしい扱いをされていなかったかのような彼女らの様子を見て胸を痛めたのもあるのだろうし、彼女らをそんな風にした青年達に対して怒りを抱いたのもあるのだろう。
死体を確認してくれた女性は、戻るなり他の子達に階下の様子を話していた。
それからこちらへと向けられる視線には、その敵意の殆どが無くなっていた。
それにより一つ懸念していた、彼女らの中に実はやつらの仲間がいる、といったような線も消えたように思う。
俺は、バッグに応急手当て出来る程度のものが入っているから使ってくれ、と言い残し部屋を出た。
そもそも俺が近くにいては、那須川さんとナノハ二人は、気が気でないだろうからな。
それを抜きにしても、単にあの場にはあまりいたくはない、というのもあった。
酷い目にあってきたであろう彼女達に対し、どう接すればいいものか分からなかったからだ。
それは那須川さんも同じだろうが、少なくとも、俺なんかよりはマシな対応が出来るのではないかとも思う。
「……」
そんなことを考えながら、一度建物内を見て回る。
これもさっきあの場を離れる時に那須川さんに伝えていたことだ。
まずは建物内の安全を確保することが先決。
もっとも、こうして歩いてみる限りはその心配も杞憂のようで、また他に誰かがまだ囚われているというようなこともなかった。
青年達のアジトであるここは、一階は通路以外の部屋はきっちりとバリケードで塞いであるし、無駄に大きな音さえ立てなければ安全そうに思えた。
そこそこある、と言っていた食料については実際にはそれほど多くないようで、おそらくは都度外へと出ていたのではないかと思われた。
リーダーであっただろう青年が今日外に出ていたくらいだ、本当に人手は欲しかったのだろう。
建物の安全確認を終えて三階へと戻ると、先程の女性が部屋の外に立っていた。
俺を待っていたのか、こちらの姿を見るなり何処か安堵したような表情を浮かべた。
「取り敢えずは、建物内は安全なようだな。丁度いい、少し来てくれないか」
そう小さな声で呼びかけると、一瞬頭に疑問符が浮かんだかのような顔をするが、彼女は言われるがままに、そのセミロングの黒髪を揺らして近づいて来た。
すでに警戒心を無くしたようなその態度を見るに、那須川さんが上手いこと彼女らに事情やらを話してくれたのではないか、と想像する。
彼に任せて、正解だったか。
階段を上り四階へと着くと、少し離れて後ろをついてきた彼女が口を開く。
「あの……」
「ん、あぁ。少し、やってもらいたいことがあってな」
一体何故自分はここに連れてこられているのか、と言うような視線を送る彼女にそう答えてから、またも言い方が悪かったか、と自省する。
びくりと身体を硬直させる彼女を見て、慌てて言い直した。
「あー、いや……やつらの食糧庫を見つけたからな。大して食べていないんだろう。持っていってやればいいかと思ってな」
「そっ……そうだったんですか」
そう胸に手を当てほっとしたような様子を見せる彼女。
先程まで意識していなかった、いや意識しないようにしていたが、下はショートパンツに上は下着を付けていない状態で肌着を着ているだけという彼女のその格好。
言葉が足らないことで変な誤解を生ませてしまったからか、その格好に少々意識してしまい視線をはずず。
そんな俺の心中を察したのか、彼女も急に顔を赤くして身体を縮こませた。
「あー……服も、探しておく」
「よろしくお願いします……」
……後で外から取ってくるとするか、建物の中を探すより早いだろう。
やりづらさからぼりぼりと頭をかく俺を、彼女は何故だかじっと見つめていた。
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食事を運んでいくと、少女達は大層喜んだ様子だった。
那須川さんにも好きに食べてくれ、彼女達の様子見は頼んだと言い残し、俺はまだやることがあるとまたその場から離れた。
今は彼ら二人の前にいたいとは思わないからな。
二階の男達の死体からシャッターのリモコンやら何やら、必要そうな物を探し出してから、まずは死体を片付けた。
彼女達を思えば、そのまま放置するわけにもいくまい。
まあ、片付けたと言っても外に放り投げただけだがな。
拳銃などは彼女達が下手に弄ったりしては困るので、最初の見回りの時にすでにアイテムボックスにしまってあった。
那須川さんに何か言われたら、その時にどこかの部屋にしまってあると言って取りにいくふりをすればいいだろう。
その後は、先ほど考えた通り一度外へと出て側にあったアパレルショップから適当に服を見繕ってきた。
この場所が商店街なだけに、そんな遠出をしたわけではないからそこまで不自然ではないだろう。
すでに那須川さんらにはある程度の強さは見せているわけだしな。
そうして持ってきた服を少女らに渡しにいけば、この状況になってなお暗い色を落としていた瞳に、また少し光が戻ったような気がした。
今日まで辛い目にあってきたのだから、食事や衣服程度でそれらが帳消しになるわけではない。
だが少しでもその闇が晴れたのならば良かったと思う。
それにその程度のことで、未だほんの少しだけ向けられていた敵意が綺麗さっぱり消えたのは、俺自身気分が良かった。
「……」
そんなことをしている間に随分と時間は経ち、外は太陽が沈みかけていた。
俺は二階の階段そばの部屋の中で、一息ついていた。
那須川さんらには、取り敢えず今日のところは色々あったしまずは休んでくれ、と言ってある。
彼らにとってみれば初めての、駐屯地の外でのこの世界らしい悪意との邂逅。
そして濃密な死の危険を体験し、あげく俺のスキルの余波まで喰らって、疲れ果てているはずだろう。
那須川さんは、未だ俺に恐怖を抱いているようだった。
やはりこんな短時間では、威圧スキルの残滓が消えるわけも無い。
ナノハに至っては、言わずもがな、だ。
まともに俺と喋れるのはいつになるのか、それを考えると気が重い。
「ふぅ」
一つ、ため息をつく。
今日は、色々あった。
自衛隊の男と、共にいた少女を助け。
そして彼らを助けるためにまたこの世界で人を殺し、結果的に、囚われていたあの少女達を助けた。
いや、助けてしまった。
別に、結果的に助けたこと、それ自体を後悔しているわけじゃない。
凌辱されていた彼女らがそれから逃れられたこと、それ自体は良いことだろう。
彼女らにしてみれば今日という日は、望んでもいない相手に身体を好きにされ暴力を振るわれるという、そんな地獄のような日々から偶然救い出された幸運な日、なのかもしれない。
だが、同時にそれは……
「……何か、用か?」
気配感知で近付いていたのは分かっていたが、部屋の入り口に、ひとりの女性が立っていた。
「ここにいたんですね」
それは、昼間死体を確認して貰い、食事を運ぶのを手伝って貰った彼女だった。




