百十五話
駐屯地の状況から学び、銃火器の使用は極力控えるようにし、使うにしてもサイレンサーを装着して使用することを言付けておいた。
しつこいようだが、もし避難民が来た際もデパートに入れないことも重ねて約束させている。
デパートの守りもその周辺からさらに固めて、殆ど閉じ込めるような形にしてしまったが、予定では数日程度の距離までの遠出で抑えようと思っているから大丈夫だろう。
別に出られないようにしたわけではないしな。
そんな準備を1日で終えて、俺はまた外へ行こうとしていた。
「……おじさん、気をつけてね。」
まだ声変わりもしていない、幼い声でぼそりとそう言われて、俺は少しだけ驚いてその声の主を見た。
カエデとユキに挟まれるようにして立つ、死んでしまった元自衛隊の息子、シュウだ。
シュウとはデパートに戻って以来、他の避難民達よりも同じ空間にいる時間は長かった。
しかしそれはカエデとユキが大抵いつも一緒にいるからで、そんな四人の空間でも俺とシュウは大した会話はしていなかった。
正直な話、口に出してこそいないが、怖がられているものだと思っていた。
いや、ともすれば、強い敵意のようなものこそ感じないが、恨まれているのでは、とすら思っていた。
もし俺がもっと早くにここに来ていたら、彼の父親が死ぬことはなかったかもしれない。
いやそもそも、もし俺が最初から織田さんに全てを打ち明けていたのならば。
俺自身それに対して多少の罪悪感に似た気持ちを抱いているのだ。
怪我をしたり、死んでしまった警察官に対しても。
ゾンビに噛まれてしまったカエデに対しても。
だからこそシュウがそんな風に考えてもある意味仕方がないのでは、と思っていた。
「あぁ……大丈夫だ。」
シュウから発せられた言葉に努めて優しい声色で返事をする。
その頭に手を乗せようとすると一瞬ピクリと体を縮こませるが、しかし手を置けば思いの外すんなりとそれを受け入れたようだった。
「何も心配することはない。だが、ありがとうな。」
「……ずっと、言えなかったけど。」
「うん?」
「カエデねーちゃんを治してくれて、ありがとう。ユキねーちゃんを、みんなを助けてくれて、ありがとう。」
泣くのを我慢しているのか、ふるふると震えながらシュウが言う。
……俺の考えていたことは、案外と当たっていたのかもしれない。
そして今こうして、改めてこのようにシュウが話すのは、彼の中で何かケジメがついたとか、そういうことなのではないだろうか。
「……強い子だな。」
まだこんなに幼い子供が、父の死を受け入れ、それをすぐに乗り越えるのは並大抵のことではないだろう。
そんな嘘偽りのない気持ちを言葉に乗せて、俺はシュウの頭をぐりぐりと撫でてやる。
少し照れたように、少年は瞳を潤ませながらはにかんだ。
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まずは一度、ダメで元々と内陸の駐屯地を見て回った。
周辺は駐屯地の数も多い地域なので、万が一無事な場所もあるかもしれないと考えてのことだった。
しかし予想通り、そこらは全て前に見た駐屯地と似た惨状が広がっていた。
むしろ全方位を町に囲まれている分、より酷い状況と言っていい。
守りがぶち破られている場所も少なくなかった。
付近には皇居や議事堂など重要施設もあるからそこへも足を運んでみたが、同様の状態だった。
この状況で、果たしてこの国の偉いさん方は何処かへと無事に避難出来ているのだろうか。
内陸の駐屯地まわりに時間を費やしてしまったおかげで、数日間は殆ど目的の駐屯地への距離が稼げなかった。
日が昇る前に、ゾンビの数もまばらな地方都市から少し外れた町のマンションの一室で、仮の宿を取る。
"気配感知"でこの建物内に生存者の気配がないことは探索済みだ。
鍵の掛かった金属製のドアを力任せにバキリとこじ開ける。
中に入ると、玄関のすぐ横に洗濯機が置いてあり、その横にキッチンがある。
その反対側にはドアがあり、そこはユニットバスのようだった。
キッチンから続くドアを開ければ、ベッドと脇に避けられた小さなテーブル以外、特に目立つもののない片付いた部屋があった。
生活感のないその部屋の状況からして、元いた住人はパンデミック発生時何処かへと避難したのだろう。
果たして今も生きているのかは分からないが、一晩の宿を勝手に借りることに気持ちだけでも感謝をする。
「……」
視線の先、綺麗にベッドメイクされたそこへと寝転がるのはなんだか気が引けて、床へと寝転がる。
また暗くなるまでここで時間を潰すとしよう。
……ここへと来る時、都市部を抜ければ僅かだが人の気配があった。
夜間移動で人目を気にせず飛びながら移動していれば、遠目には明らかに人為的なバリケードなんかも見えて、そこにコミュニティが存在しているのではと思わせた。
しかし勿論、と言えばいいのか、俺はそれに関わるようなことはしなかった。
目についたコミュニティ全てに手を差し伸べていては、本来の目的を遂行するのに途方もない時間がかかるだろう。
それにそもそも、助けてしまったのならばある程度の責任は負わねばならない。
そこがどうにもならないようなコミュニティであったならば、その一つの問題をクリアするのに一体どれ程の時間を要することだろうか。
冷静にそう考える自分を薄情だと言う、異世界へと転移する前の自分が居ないとは言わない。
しかし俺は俺の目的のために、その過去の自分の言葉に耳を貸す気はなかった。
今回向かう先はタケルやモモと出会った方向とは真逆の方向への移動となるわけだが、いずれ向こうへと行くことにもなるのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら、俺は眠りについた。
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銃声により、俺は目を覚ました。
部屋の中はじわじわと蒸し暑く、異世界での良くない夢を見ていたせいか、酷く寝覚めは悪い。
聞こえてきた方向的には窓側に面する通りの方だろう、と脳が勝手に判断して、立ち上がりカーテンの隙間から外を覗く。
そこからぐるりと見渡せば、道路をまばらに歩いているゾンビ共の視線が遠くのある一点を捉えていた。
「……自衛隊?」
そこに居たのは、迷彩服に身を包んだ男と、まだシュウと同い年くらいであろう幼い少女だった。




